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第155話 悪徳の町

 グリムナの裁判の終了から1か月ほどの時が経っていた。


 季節は春になり、山の中にも暖かい風が吹いている。しかしそれ以上に大陸の南の方へと徐々に移動しているグリムナ達は歩いているという事もあり、熱さすら感じることも多くなっていた。


「見えてきたな、あれがボスフィンの町か」


 グリムナ達は遠くに見えるオクタストリウム共和国の首都ボスフィンの町を遠くに臨んでいた。このペースで進めばどうやら今日は屋根のある所で休めそうである。グリムナは裁判が終了すると逃げるようにローゼンロットを離れた。理由はいろいろあった。

 まず一つは裁判は終了したものの今一つベルアメール教会側の意図が分からなかったこと。あまり長居してもどんな因縁をつけられるかわからないからである。実際メザンザとしては彼の身柄を拘束してラーラマリアに引き渡すことが最大の目的だったのだが、聖剣エメラルドソードを手に入れて上機嫌になっていたメザンザが彼を見逃してくれたに過ぎないのだから。


 ただ、『上機嫌になっていた』というのだけが唯一の理由ではなかった。手に入れたエメラルドソードをラーラマリアに下賜したとき、メザンザは彼女の変貌ぶりに驚いた。ボサボサの髪に乾ききった唇、見開かれた眼は焦点が合っておらず、まるで疲れ切った浮浪者の様であった。彼女は同時期にローゼンロットにグリムナがいることを知ってもまるで関心を示さなかった。

 何か、今のラーラマリアにグリムナを引き渡してもそれはまるで意味がないことのような気がしたのだ。それよりは無辜の民を犯罪者に仕立て上げることで民意を失うことのダメージの方が大きいように感じられた。そして、彼はグリムナの身柄を開放する方針を立てたのだが、当のグリムナ達はそのことは当然知らない。


 ほかにグリムナがローゼンロットから離れたかった理由は、『会いたくない人間』がそこに何人かいたからだ。まず第一に死ぬほどめんどくさい女、熟女騎士アムネスティである。公判の最中に突然プロポーズしてきて、即座にグリムナはそれを振ったが、あのキチガイ女が次に何をしてくるのかが分からない。面倒ごとになる前に離れたかった。

 そしてもう一人、ラーラマリアの存在。公判中にフィーがレニオを証人として呼んだことからも、彼女がローゼンロットに滞在していることは分かっていた。しかしコスモポリで見せた彼女の異常な状態。死ぬほどプライドの高かった彼女が傍にいてくれと涙ながらに懇願してきたが、グリムナはそれを拒否した。

 気まずい。気まずいだけでなく、何かとても嫌なことが起こりそうな、そんな予感がした。


 グリムナは俯きがちになっていた視線を前に向けてボスフィンの町を睨む。


 そして一番の理由はヤーンである。


 途中、アムネスティに身柄を拘束されたことで随分と時間を無駄に消費してしまった。聖騎士ブロッズ・ベプトからの情報でヤーンがヴァロークから逃れてこの国にいることは分かっている。木を隠すなら森の中、人を隠すなら大都市である。このボスフィンは逃亡者にとってはうってつけの町である。しかし随分と時が経ってしまっている。まだ彼はこの町にいるだろうか。早く見つけて、彼を保護しなくてはならない。


 オクタストリウム共和国はピアレスト王国や森林王国ターヤに比べると緑が少ない。砂漠まではいかないが、国土の多くをステップ地帯が占め、まばらに森林と人の町がある、といった感じである。今の季節はまだ穏やかな日差しだが、これが夏になると容赦なく旅人を襲い、無計画な旅をすれば町にたどり着く前に遭難、行き倒れになってしまうこともそう珍しくはない過酷な環境と化す。


 国土としては大きいが、その多くは前出のステップ地帯に寄る辺なき遊牧民が住み、南部は亜人種や魔人が住む魔王国、ウェンデントートと接している。ウェンデントートとオクタストリウムは未だ国境が画定しておらず、防衛にも気を払っているものの、今のところ魔王は人間と敵対的ではなく、それどころかオクタストリウムは彼らの地でしか産出しない特殊な資源や魔道具と、ほかの諸国との貿易中継地点として荒稼ぎをしている状態である。この大陸で唯一の共和国であり、貿易立国、少し特殊な国なのだ。


 町に着くと、簡単な検問のような質問を大きな門のようなところで受けて、存外に簡単に中に入れた。しかし門とはいっても巨大ではあるが簡素なつくりであるし、それに続く城壁はところどころ、いや、ほとんどが崩れていて用を成していない。それどころか城壁の外にも多くの住民の住居が点在していた。そういった家はたいていみすぼらしいバラックのような作りで、それが貧民街であることは容易に見て取れた。おそらくは無許可で家を建てて住み着いている者達であろう。


 城壁の内側の建物はレンガ造りでしっかりした建物であり、大きな街道はちゃんと舗装されていた。それでも一歩大通りを外れると途端に薄暗いうらぶれた街並みが続いており、怪しげな男たちがたむろしたりしている。あまり治安はよくなさそうであった。


「結構発展しているな……魔王国、ウェンデントートとの貿易で儲けてるんだっけ? 魔族は何も生み出さず、奪うだけだって聞いてたけど、普通に交易できてるんだな……」

「その情報は多分フィーさんの口から出まかせですから……」


 グリムナが呟くとヒッテがそう補足した。以前にフィーは北の森のエルフの隠れ里出身という事を隠して大陸の南端、魔族の治めるウェンデントートの出身のダークエルフだとうそぶいていた。それは単に「なんとなく、その方が格好いいから」という無茶苦茶な理由であったが、その時に言った彼女の情報がグリムナの中には混じっていたのだった。


「そんな無駄話はいいから早く宿を探したほうがいいぞい」


 雑談をしているとバッソーがグリムナにそう話しかけた。彼が言うにはこの町は大変に治安が悪く、条件のいい、セキュリティのしっかりした宿を早めに見つけないと後々面倒なことになるという。時間はまだ昼を少し過ぎたくらいであったが、グリムナは大通りに面した大きい宿に宿泊を決めて、その後、夕食の時間までは各自分かれて早速ヤーンを探すために情報収集にいそしむこととした。

 バッソー、フィーはそれぞれ単独で。ヒッテは治安が悪いためグリムナと共に行動をする。それぞれがヤーンの人相書きを手に、聞き込みを開始する。


 ヤーンも人の目をしのぶ身、あまり大通りでの情報は期待できないであろうと、道を一つ外れた裏通りを重点的にグリムナは聞き込みを始める。


 聞き込みは正直言ってあまり順調ではなかった。何しろ大人から子供に至るまで、いくらかチップを渡さなければまともに話も聞いてくれないのだ。そしてチップを払ったとしてもまともな情報が入るとは限らない。中には情報もそこそこに怪しげな店に連れ込んで物を売ろうとしたり、ただ雑談がしたいだけの老人だったりと、無駄に時間だけが過ぎていく。

 はなはだしくは無駄に話を引き延ばし、その間に仲間に周りを囲ませて金品を奪おうとする不逞の輩までいた。もちろんそんな不埒な奴はグリムナが片っ端からキスをして改心をさせたが。


「ふぅ……思った以上に難航しそうだな、これは……バッソーとフィーは大丈夫かな」


 グリムナが建物の壁に寄りかかってため息をついた。正直に言うとグリムナもラーラマリア達と旅をしていた時にオクタストリウムに入国したことはあったが、首都ボスフィンに入るのはこれが初めてであった。噂には聞いていたものの、ここまで治安が悪く、住民が不親切だとは思っていなかったのだ。

 グリムナが一息ついていると、彼の腕にヒッテが寄りかかって頭をうずめてきた。最近は大分彼に心を開いてきているがあまり他人に心を許すことのない彼女がこういった姿勢を見せることは珍しい。


「どうした? ヒッテ。少し疲れたか?」

「この町にいると……少し頭が痛いです。ずっと人の悪意にさらされているみたいで……」


珍しく弱音を吐くヒッテの頭をグリムナは軽くなでながら言った。


「ローゼンロットじゃ本当に助けられた……ありがとうな、ヒッテ。早めに宿に戻って休もうか?」


 そう尋ねると、ヒッテはまだ大丈夫だ、と答えた。しかし彼女が割と強がりを言うことをグリムナは知っている。自分も少し疲れてきたし、まだ日が沈むには少し時間があるがもう宿に戻ろうか、と考えていた時であった。彼らに近づいて声をかける少女がいた。


「お兄さん、人を探してるの? それともどこか休めるところを探してる……? 女の子同伴で休めるところを」


 その少女はフード付きのマントを目深に被っていた。

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