第152話 十分に発達したカラテ技術
著名な武術家が残したカラーテの三法則の一つに「十分に発達したカラテ技術は、魔法と見分けがつかない」というものがある。
ビショップ空手十段、大司教メザンザの戦い様はまさにそれそのものであった。
先ずイェヴァンはサガリスを戦いやすい片手剣の大きさにして突きを繰り出す。メザンザはその突きを両の手で挟んで無刀取り、剣の峰を挟んだまま前蹴りで返すがイェヴァンはこれを膝で受けて剣を抜き、間合いを取る。
そのままイェヴァンは次の斬撃に切り替え、今度は間合いの外から剣を途中で伸ばして攻撃、メザンザはそれを苦も無く手刀で撃ち落としてから跳躍しての飛び蹴り。イェヴァンはそれをすんでのところで前転受け身で転がりながらメザンザと位置を入れ替え、着地の瞬間を狙って鞭の形状にしたサガリスで攻撃するが、メザンザはこれを見もせずに飛び越えて空中での後ろ蹴りで返す。
横に跳んでそれを躱したイェヴァンは今度はサガリスを三股の鞭に変えて攻撃する。空気の抵抗を受けながら不規則にしなって襲い来るそれをメザンザは受けの手を出さず、またを内側に引き絞り、肘をまげて拳の甲を外側に向けてやはり上半身も引き絞り、受ける。
三戦立ちの構えである。
サガリスは鈍い音をさせてメザンザを襲ったが、いずれも皮膚の表面に血が滲んだだけでダメージにはならなかった。先ほど複数の聖堂騎士団員を肉片に変えたこの攻撃が、ローブだけをまとった男を傷つけられなかったのだ。
しかし彼の体が硬直していることを見抜いたイェヴァンは即座に間合いを詰めて金的を蹴り上げる。だが骨を蹴ったような感触しかなく、彼女は反撃を恐れて即座に間合いを取った。メザンザは苦痛に身をよじるような姿を見せてはいない。この攻撃も失敗であった。
コツカケ……腹筋の特殊な操作により睾丸を体内に引き上げ、金的攻撃を無効化したのだ。
間合いを取ったイェヴァンは遠間から目潰しに地面を蹴り上げての石礫での攻撃。これをメザンザは左手を地面と水平に、左手の先に右ひじを乗せ、こちらは地面と垂直にする。その状態から両手を回して受ける。
廻し受けである。
その受けは轟音とともに大きく動いて石礫を弾き、それどころか手の当たっていない石や砂も両の手の風圧で無力化した。
「なんだこの強さ……魔法? ……いや、魔力は感じない。純粋な体術なのか……」
イェヴァンの表情に焦りが浮かぶ。
ちなみに他のカラーテの三法則は「高名で年配のカラテ家が『可能である』と言った場合、その主張はほぼ間違いない。また『不可能である』と言った場合も、やはり可能である」「カラテ家の限界を測る唯一の方法は、カラテ家を殺すことである」の二つだ。
「なかなかの使い手じゃ……久々に血も騒ごうぞ」
そう言いながらメザンザがボロボロになったローブを紙でも破くかのように引きちぎると、その上半身が露わになった。頭部よりも太い頸部、甲羅でも背負っているのかと見紛うほどの僧帽筋と広背筋、腹のシックスパックは一瞬肥満かと思うほどに膨れ上がっており、丸太のように太い腕の前腕部は鍛錬と幾多の実戦によりその皮膚までもが硬質化している。
ズボンの上には黒い、使い古された帯を巻いている。衣服の下に帯、それは異様なことではあったが、なぜか彼に於いては自然なことのように感じられた。それは要によって用いているのではなく、彼の心意気なのだろう。
「師より皆伝を受けて四十余年、これほどの使い手とまみえることはついぞなかった。……まっこと有り難きこと。今日この場で咲き終えても後悔などない……」
そう言いながらメザンザは再び猫足立に構える。その姿を見て聖堂騎士団も息を吹き返したようで声を上げ、しばらく戦いに見とれていた者共も自らの戦闘を再開し始めた。国境なき騎士団もそれに応じて剣を振り始める。
逆にイェヴァンはどっしりと構えるメザンザに恐怖を感じ始めていた。全く付け入るスキがない。メザンザ一人のために勢いづいていた戦況もひっくり返されかねない雰囲気がある。何より聖剣エメラルドソードは今、彼の足元に転がっているのだ。
「悪いけどアタシはここで死んだら後悔だらけなんでね。うら若い乙女の花をこんなところで散らすわけにはいかないのよ!」
「いつからうら若い乙女になったんスか……」
「うるさい!」
いつの間にか意識を取り戻していたアルトゥームが突っ込みを入れた。彼も元々持っていた自身の剣を抜いて戦闘に参加する。
(どうする……? 柔軟性のある鞭形状じゃ奴に傷一つ付けられない。だからと言って硬質化した剣形状じゃ手数が今一つ足りない……)
イェヴァンは考えを巡らせる。彼女にとっても勇者ラーラマリア以来の強敵の登場である。こう考えると余裕を見せてアルトゥームなどに聖剣を持たせるべきではなく、自分が持って一番に強敵であるメザンザを狙うべきであった。尤もそれは結果論でしかないのだが、彼女は自分の判断ミスが悔やまれた。
こんなところで命を落としたくない。聖剣エメラルドソードさえあれば悲願であった自分の国を手に入れられるかもしれない。その後ついでに、こちらはどうやるか全然考えていないが、できればグリムナも手に入れたい。それがイェヴァンの企みである。命への執着を捨てたメザンザと、何が何でも生き残りたいイェヴァン、二人の戦いである。
イェヴァンは深呼吸をしてからサガリスを六つ又の長い鞭形状に変化させた。
「左様か……」
それに合わせてメザンザは両手を肩の高さに、手のひらを前にして揃えた。手による攻撃の『捌き』に特化した前羽の構えである。
イェヴァンの気合とともに六つ又の鞭がうなりを上げてメザンザを襲う。精妙な手首の動きに合わせてまるでそれぞれが意思を持っているかのように時間差で、また同時に、次から次へとメザンザを襲うが、万全に構えた彼はそれを難なく撃ち落としていく。そのいくつかはあろうことかはじかれてイェヴァン自身に襲い掛かったりもしたが、その程度で体勢を崩す彼女ではない。周囲にいた聖堂騎士団の男を巻き込みながらその制空圏は地獄と化す。
その戦いのさなか、一条の鞭が聖剣エメラルドソードをはじいてメザンザから遠ざけた。これが狙いだったのだ。
一瞬のスキを突いて国境なき騎士団の男が聖剣を拾い上げようと近づいたが、だがやはりメザンザが一枚上手、サガリスの猛攻をしのいでこちらもやはり一瞬のスキを突いてその男の丹田に縦拳を叩き込む。この戦いで初めての全力の拳を胴に受けたその男はその場に胴当てを残し、体だけが後方に吹っ飛んでいった。
「ちぃっ!」
焦ったイェヴァンはサガリスによる攻撃のギアを上げる。さらに速度とビートを上げるサガリス。しかしメザンザは間合いを詰め、先ほどの回し受けの動きをしながらイェヴァンに近づく。サガリスの鞭はばらばらだった動きがメザンザの腕に巻き取られ、束となって絡みつく。そのままメザンザは左手をイェヴァンの胸に、右手を下腹部に当てて、掌底で夫婦手を放つ。
「胡蝶掌!!」
掌底を受けてイェヴァンの体が吹っ飛ぶ。どうやら意識を失っているようで受け身も取れずに地面の上を転がった。サガリスは彼女が気を失うとともに小ぶりなショートソードへと変化していた。
「まずいっ!! 全軍、撤退だ!! エメラルドソードは諦めろ!! 撤退!! てった~い!!」
決着を目撃したアルトゥームが全軍に指示を飛ばすと自身もイェヴァンの体を抱えて逃げ始める。彼はラーラマリアとイェヴァンの戦いを見ていないため、これが初めて見る彼女の敗北であった。無法者集団である国境なき騎士団も戦闘中は一糸乱れぬ姿を見せる。その指示とともに潮が引くように全軍が撤退を始める。
「追撃の要は無し!! 本意の物は手に入れき!!」
メザンザはそう高らかに宣言しながらエメラルドソードを持ち上げた。彼の口調は非常に分かりにくいが、その姿に騎士団の男たちは「目的の物は手に入れたから追撃は必要ないのだな」と理解して戦闘をやめてその様を黙って見つめていた。
戦いとしては5千の聖堂騎士団に対して寡兵で戦った国境なき騎士団、という構図ではあったが、実質はメザンザ一人に敗れたようなものである。圧倒的な強さであった。
メザンザは聖剣の鍔に輝く緑の光を放つ宝石を眺めながら、ニヤリと笑みを見せたのだった。
元ネタはクラークの三法則です




