第147話 神明裁判
「疑いはまだ晴れていないわよ! あなた達本当に分かっていないの?」
声を上げたのはなんと、フィーであった。この期に及んでまだ何かあるというのか。
「フィー! お前いったい誰の味方なんだ!」
グリムナが怒りの声を飛ばすが、彼女には全く効果がない。むしろその豊満な胸を張って堂々とこう答えたのだ。
「何度も言っているはずよ。私は誰の味方でもない、ただただ公平公正に物事を見る真実の目だと。その私が疑いはまだ晴れていないっていうのよ……文句あるの?」
確かに彼女は再三にわたってそう宣言していた。言いたいことは分かるのだが、本来彼女はグリムナの味方ではないのか。
法廷はしばらく沈黙を保っていたが、石臼を挽くような低い声で回答が為された。
「善きにはからえ」
それは、メザンザの声であった。『善きにはからえ』とあ『好きにしろ』という意味である。一見投げやりな反応のようにも見えるが、それでも彼は退廷しようとはしない。とことんまでやりきって、真実を追求しろ、という意思表示なのだ。
実を言うとフィーの狙いもそこにある。中途半端な結果に終わって後から難癖付けられるよりは、確実に疑いようのない事実で固めておきたいのだ。彼女自身はグリムナがホモではないと信じている……か、どうかは分からないが、ここで徹底的に疑いを晴らすつもりなのだ。
「ゴルコークのアナライズにより彼の後ろの穴(前などない)が処女ってことは分かったわ。でもそれはあくまで『ネコじゃない』ってだけで、『タチじゃない』ことの説明にはならないわ。そこはまだ決着が付いてないんじゃないの?」
「なるほど、さもありなん」
フィーのこの説明にメザンザは理解を示したようだが、他の人間はいまいち反応が鈍かった。
「専門用語を使わずに説明していただけるとありがたいのだが……」
ヒメネス枢機卿の当然の指摘にフィーは言い直す。
「あらごめんなさい。ホモには当然『入れる方』と『入れられる方』がいる訳よね? 今のアナライズじゃ『入れられる方』の確認にしかなってないから片手落ちなのよね……」
なるほど、道理が通っている。グリムナはうんざり、という表情を見せたが、ヒメネス枢機卿はビグルス枢機卿になにやら耳打ちした。すると彼は数名の部下を引き連れてすぐに法廷の外に出て行った。
「なるほど理解したぞ。しかし先ほどのセクシーショウでもグリムナのリトルグリムナは反応しなかった。正直決め手に欠ける。そこで、私たちからはある提案をさせていただこう!」
元気よくヒメネスが宣言して、しばらく待っているとビグルスが部下と共に大荷物を持って法廷に入ってきた。彼らはすぐに準備を始めた。小さな竈を作って、薪を準備。その上にラックを設置して、100リットルは入りそうな大きな瓶を置いた、瓶の中は水で満たされている。
「神明裁判を行う!!」
その宣言に一同はぽかんとした表情であったが、事情に詳しいバッソーとアムネスティだけは青ざめた表情をしていた。
「此の者が無実であるかどうか、神の威をもって証明するのだ! 本来は屋外で行うものであるが、異端審問は閉鎖空間でやるものと相場が決まっておる。今回は案件が案件だからこの場でそのまま執り行わせてもらうぞ!」
この場にそれを判断できるものがヒメネス枢機卿しかいないので、彼が誰に言っているのかいまいち判然としなかったが、この竈と大きな瓶はどうやらその『神明裁判』に使う道具らしい。ヒメネスの言葉が終わるとすぐに竈に火がつけられ、瓶の中を暖め始めた。ヒメネスは瓶の中が暖まるのを待つ間に説明を始める。
「まあ、流れとしては簡単だ。グリムナが有罪であるかどうか、もはや人の理では判断が付かん。よってこれを神に問うのだ。沸騰して煮えたぎったこの瓶をお主の悪根で押し、ひっくり返す。それが終わった後、普通であれば陰部は焼けただれ、見るも無惨な姿となるだろう。しかしもし神が罪を許してくださるというのなら、神が此の者は無罪だ、と仰るのならば、その奇跡を身に授けてくださろう!」
やはりバッソーとアムネスティ以外は呆けている。グリムナが恐る恐る確認する。
「つまり、その煮えたぎった瓶にちん○んを押しつけて、火傷したら有罪、しなかったら無罪ってこと?」
「いかにも」
「いっ……」
当然、というように答えるヒメネスの回答にグリムナは思わず言葉に詰まってしまった。一拍ためてから改めて怒号を飛ばす。
「いかにもじゃねーわ!! そんなでかくて熱い瓶を倒れるほどちん○ん押しつけて、火傷しねーわけねーだろ!! ヘタすりゃ死ぬぞ!!」
すごい剣幕であったが、しかしヒメネスはそんなものは慣れている。年間百件近くも異端審問を行っているのだ。その中では似たようなやりとりになることも珍しくない。おそらくは定型句であろう。全く動揺することなく返答を返す。
「神は正直者に奇跡をお授けになる。それに、どうしても自信がないというのならば神明裁判を行わずに罪を認めるという手もあるぞ?」
グリムナは思わず言葉に詰まってしまう。彼は旅の途中だ。ヤーンを保護しなければいけない。罪を認めるという選択肢はないのだ。
ここで神明裁判について詳しく説明が必要であろう。
神明裁判は科学的捜査の手段がなかった中世、近世に行われた裁判手法である。どうしても被告原告の和解が得られず、なおかつ決め手となる証拠に欠ける場合、被告側にこれを持ちかけるのだ。
神に罪を問う。すなわち熱した鉄棒を握って火傷をすれば有罪、しなければ無罪、である。もしくは神明裁判を行わずに有罪を認めるか。
一見無茶苦茶な判決方法に思えるが、実はこれには合理的な理由がある。しかも実際に鉄棒を握って『神に許された者』も多く存在するのだ。
まず、神を信じていない者、そして神は信じているが実際に有罪の者。この二者は焼けた鉄棒など握りたくない。当然火傷するからだ。よって神明裁判を棄権し、罪を認める。有罪であればこれで丸く収まる。
では無罪であればどうなるのか。その者が神を信じていれば堂々と神明裁判を受ける。だが実際に焼けた鉄棒を握って火傷しないなどと言うことがあり得るのか? 当然あり得ない。よって裁判を請け負う司祭が細工をするのだ。鉄は熱されていない。もしくは熱されていても火傷をしない程度である。
自信を持って神明裁判を受ける者が有罪であるはずがない。そこでこのような処置を執り、『無罪』を言い渡すのである。しかしそれでも火傷をして有罪判決を受ける者もいる。これは司祭がその者の有罪を確信しているか、もしくは「たまには有罪出さないと疑われちゃうしね」と適当に決めているのであろう。
実際そんな記録は残っていないが、そうとしか判断のしようがないのだから仕方ない。誰だって自分の不正の記録など残さないのだから。
さて、翻ってみるにこの裁判ではどうであろうか。グリムナの前には煮えたぎった大きな瓶がぐつぐついっている。この瓶が見た目に反して実は熱くない、などということがあろうか? 当然そんなことはないのだ。熱い。しこたま熱い。
こんなものに陰部を押し当てれば子種は使えなくなり、尿道は焼けただれて出口が癒着し、子供を作ることはおろか、尿の排泄もできなくなり、おそらくはその場で切断する羽目になろう。
そもそもが教会側はグリムナを有罪にしたくて仕方ないのだ。そしてその身柄をラーラマリアに差し出す。それは五体満足で、とは考えていないし、生きて渡す、とも考えていない。デッドオアアライブである。
神明裁判を受けずに有罪を認めれば厚生施設にぶち込まれてグレコローマンスタイル。認めないとちん○んが焼けただれてやはりグレコローマンスタイル。この事態、すでに『詰み』である。
これは土壇場の光景なのだ。




