第129話 掌返し
ガチャリ
重い金属音と共に、グリムナの両手首には手枷がはめられ、堅く南京錠がかけられた。いろいろな方面で世間を騒がせていた回復術士グリムナが、とうとうお縄につくこととなったのだ。児童への性的虐待の加害者として。
「これから、私たちの本拠地であるヤーベ教国の首都、ローゼンロットへ彼の身柄を護送するわ。あなた達、着いてきてもいいけど、邪魔はしないでね」
「このロリコン野郎が! ぺっ」
「見損なったわい! 異常性欲者め!! ぺっ」
フィーとバッソーがそれぞれグリムナを罵り、唾を吐く。
「お前等は真実を知ってるだろうが! っていうかバッソーにだけは異常性欲者なんて言われたくないわ!!」
「ご主人様……見損ないました……ロリコンだったなんて……」
「お前は被害者って設定だろうが! 何今初めて聞いたみたいな言い方してんだよ!! キャラ設定がブレブレなんだよ!!」
ヒッテに対しても久しぶりにグリムナのツッコミが冴えわたる。しかし今回その『ツッコミ』こそが決め手となってしまったのだ。なんと皮肉なことか。
「ちょっと、アムネスティさん! いくら何でもあんないい加減な聞き込みで逮捕なんて酷すぎないか!?」
グリムナの言葉に、アムネスティは冷淡な表情を崩さずに答える。
「口だけは達者ね、このホモペド野郎が。そもそもこっちは身元の確かな人の通報を受けてやってきているのよ。弁解なら法廷でする事ね」
「誰なんですか? 通報した人って……」
アムネスティの言葉にヒッテが質問をする。確かに気になるところである。最近いい雰囲気になっていたとは言え、こんな悪質なデマを流したのはいったい誰なのか。グリムナは個人的にフィーが怪しいと思っていたが、彼女の口から聞かれたのは意外な人物の名前であった。
「世界樹の守り人、メルエルテ・ラ・フーリ氏よ……!」
「えっ!? お母さん?」
思わずフィーが声を上げる。そう、通報した人物とは他の誰でもない、フィーの母親であるメルエルテだったのだ。実際彼女の通報一つだけではアムネスティは動かなかったであろうが、これに呼応して動いたのが聖騎士ブロッズ・ベプトである。この二人を中心とした働きかけによりグリムナに真実を追求することとなったのだ。
メルエルテの筋書きとしてはグリムナを逮捕させ、その後に彼の更正のためエルフの里で保護することとし、なし崩し的にフィーとくっつけるつもりだったのである。
「う、うそ……お母さんが、なんでそんなことを……?」
フィーはショックを隠せないようである。アムネスティはその表情を見て、フン、と鼻で笑ってから答えた。
「メルエルテさんは娘を誑かし、子供も含めてハーレムパーティーを作っている公序良俗を乱す男が許せなかったらしいわ。流石高潔なるエルフ。人権感覚のゴミクズなクズヒューマンに鉄槌を下す判断をした訳よ。……ところでフィーさん、あなたいくつなの?」
唐突な質問にきょとんとした表情でフィーは答える。
「え? ……62だけど?」
「ホレ見たことか!!」
唐突に鬼の首を取ったようにアムネスティが叫んだ。余りに大声だったので全員ビクッと驚いたが、アムネスティは気にせず続ける。
「エルフの寿命は500年以上って言われてるわ、人間は平均寿命が50歳くらいだから、だいたい10倍ね。えっと……62で500年ってなると……4分の1?」
「いや、それだと240年です……大体6倍くらい……?」
「違うわよ。ろくろく36だから……ええと、ろくはち……52?」
「……48じゃない?」
騎士団会議が始まった。
「じゃあ、50を8で割って……6……? あれ?なんかおかしくない? 元の数字に戻ってない?」
「寿命が10倍なら最初っから62を10で割れば良かったのでは……?」
どうやら結論が出たようでアムネスティはコホン、と軽く咳をしてグリムナの方に向き直る。
「つまり! そこにいるエルフも人間に直すと6歳くらいのメスガキってことよ! 馬脚を現したわね、このロリコンめ! このパーティーはあなたのハーレムだったって訳よ!!」
「いや、その理屈はおかしいだろう!! じゃあバッソーはどうなるんだよ!?」
グリムナは当然それに反論するが、しかしその程度の正論が通じる相手ではないのだ。アムネスティは一瞬たじろいだが、しかしその程度で一度出した結論を引っ込めたりはしない。
「……まあ、老若男女何でもいける雑食野郎だったってことね。とにかく、少なくともあなたがロリと、ロリエルフを性的搾取対象としていた事に間違いはないわ。ちん○んで考えて、ちん○んで行動する醜いヒューマンオスめ、おとなしくついてきなさい」
そう言ってアムネスティは馬に飛び乗ると、グリムナの手枷についている鎖をぐい、と引っ張った。実際にはBLのネタとしてグリムナを性的搾取対象としていたのが、まさにフィーであり、全く逆の構図なのだが、そんな真実は、彼女の前では意味を為さないのだ。
そして今の台詞からも分かるように、実はこの女、人間の男全体に激しい憎悪感情を抱いている。過去に何があったのかは知らないが、フェミニストと言うよりはミサンドリスト(男性嫌悪者)である。
中世的価値観が支配するこの大陸では男尊女卑の考え方が根強い。そこからのカウンターパートとして生まれた彼女達のムーヴメントであったが、明らかにいきすぎている。
さらに彼女の憎悪はこの大陸の文化を形作った人類全体への憎悪と形を変え、自身が人間であるにも関わらず、人間を貶め、エルフを崇拝するという異常な考え方へと進化している。実際のエルフがフィーやメルエルテのように呆れるほど俗っぽい奴らだと知れば考え方も少しは変わるのかもしれないが。
「残念だったわねぇ、グリムナちゃん。折角ヒッテちゃんといい雰囲気になってきてたのに、犯罪はいけないわねぇ。下等なヒューマン同士で裁判でも喧嘩でもしてちょっとは反省したらいいわ!」
フィーはにやにやと笑いながらそう話す。実を言うと、最近明確にグリムナに振られたこと、そしてその直後にグリムナとヒッテがいい雰囲気になっていることに内心ムカついていたのだ。
「ちょ、ちょっと! そこの人権保護団体! 今の差別発言聞いたか!? こんな時のための人権保護団体だろうが!!」
アムネスティ達はフィーの発言をスルーする心づもりであったが、グリムナが反応してしまった。彼女達は一旦馬から下りてひそひそとまた騎士団会議を発動する。
「どうします……?」
「エルフかあ……」
「エルフの差別は金にならないしねぇ……」
「…………」
従者の一人がてくてくとグリムナの元に歩み寄った。
「何も聞こえませんでした」
「おほーい!!」
手かせをはめたままでは様にならないが、やはりいつも通りグリムナは突っ込む。あそこまではっきり喋っていたのに「何も聞こえなかった」とは何事か、事なかれ主義ここに極まれりである。
「ちょっと! お前らエルフに甘すぎないか!? 今確実に『下等なヒューマン同士』って言ったよな!? あれを無かった事にする気なのかよ? 人権とは!?」
ヒートアップするグリムナを一瞥し、アムネスティは心底めんどくさそうに話す。
「あのねぇ、エルフってのは北の森林にすむ少数派、つまりマイノリティなのよ? 分かってる?」
それがなんだというのか、少数派だろうと多数派だろうと差別に違いはないと思うのだが、しかし彼女らにとっては違うのだ。特に彼女にとっては。エルフとは崇高で、気高い種族であり、差別などと言うヒューマンオスがするような行為をエルフがするはずがないのである。彼女の中では。アムネスティは言葉を続ける。
「エルフとは高潔なる少数派、ド汚いヒューマンに攻撃される被害者であって、社会的弱者よ。決して加害者足り得ないのよ。つまり、ヒューマンに対して、特にそのオスに対して道徳的優位に立つエルフがゴミヒューマンに何を言ってもヘイトスピーチにはならないの」
彼女自身ヒューマンのはずだが、さらっとヒューマンに対する差別発言が飛び出した。彼女は無敵だ。
「つまり同じ悪口を言っても道徳的優位性を有するエルフからの言葉は単なる罵倒、でもそれをゴミクズチンカスヒューマンオスが言えば立派なヘイトスピーチになるのよ。お分かりかしら?」
分からぬ。
そもそも『道徳的優位性』とはなんなのだろうか。まずそこからグリムナは理解が追い付かなかった。そしておそらくそこをついてもまともな答えは返ってこない。そこでグリムナは角度を変えて突っ込んでみた。
「今、そっちの従者の人が『エルフの差別は金にならない』って言ったよな……どういうことだ?」




