表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

121/440

第121話 密談

「左様か……失敗したか……」


 荘厳な作りの礼拝堂にて、大司教メザンザがそう呟いた。


 ここはヤーベ教国の首都、ローゼンロットのゲーニンギルグ戦闘大宮殿の中心地、ベルアメール教会の宗教的、政治的中枢を担う大聖堂のさらに中心にある施設の一室、その象徴とも言える礼拝堂である。


 礼拝堂の天井付近には世界を滅ぼす巨大な竜と、その竜から人々を率いて避難させる預言者ベルアメールの姿が描かれている。ネクロゴブリコンの言うことが確かならヴァロークは元々人々を竜から守るために活動していたという。

 ならば、預言者ベルアメールも同様にヴァロークの人間なのか、それとももしくはヴァロークから情報を受け取って人々を導いたに違いない。しかしそれは一般には知られていないことであり、ベルアメール教会の中心人物でも知らないのだ。また、現在の教会とヴァロークの間にも協力関係はない。


 ヴァロークはその使命を至高のものとし、自らの手柄を誇ったりもしないし、自分たち以外の組織と協力関係を長く続けることもない。自分たちの存在が日の元に晒されることを極度におそれているのだ。


 ベルアメール教会の長、大司教メザンザと聖騎士ブロッズ・ベプトは歴史上最もこの薄ら暗い組織に肉薄した人物であると言えよう。そして少なくともメザンザはそれをベルアメール教会の更なる躍進のために大いに利用しようと考えているのだ。ブロッズの真の目的はまだ分からぬが。


 礼拝堂奥の正面で立ってレリーフを眺めているメザンザに対し、グリムナ襲撃の報告をしたブロッズはミサの際に使用される長机に両手の指を組んで座っている。以前と同じ構図である。


「引き分けと言うところですね……互いに手痛い傷を負いました。やはりあのグリムナという男、ただ者ではありません。あのイェヴァンを退けただけはあります」


ブロッズの負った手痛い傷は主にその衣服と精神的なものであった。が、今の彼にはグリムナと戦った直後のようなおどおどとした雰囲気はない。自信と美しさに満ち溢れた、いつも通りの聖騎士である。


 大司教メザンザの目論見としてはラーラマリアの所望するグリムナの実力を試し、可能であれば引き連れてくる。上手く行かなければ最悪殺してもよい。そう考えていたのだが、実際にはブロッズは返り討ちにあい、こうしておめおめと逃げ帰ってきたのだ。


「お主ほどの手練れでも敵わぬと申すか。かような回復術士の一人如きに手こずるとはな……」


 メザンザは岩の如き生来の形相をさらに苛立ちに歪めさせてそう呟いた。しかしこれはパフォーマンスである。尋常の作戦であればブロッズが失態を犯したとあれば小躍りして喜び、その団長の座を退くよう仕置きブチ決めていたであろう。


 しかし今は竜に対処すべく動いている非常事態なれば、騎士団一の手練れを失うことなどかなわぬ。憤怒の表情を見せてブロッズに引け目を感じさせようとしたのであったが。


「まことに面目ない」


 ブロッズは悪びれもせずにそう答えた。メザンザの意図など見透かしているし、職を辞せというのならば、別にそれも構わぬのだ。彼は彼でまた世界の真実に独自にたどり着きつつある。


 それが分かっていてもどうしようもできない、今度は本当に苛立ち、メザンザは教壇にドン、と掌をおいて話し始める。


「さすれば、グリムナは一旦捨て置こう。まずは聖剣よ」


 ラーラマリアのご機嫌取りの側面もあるグリムナについては一旦棚置きすると言うことである。教会は既にヴァロークが聖剣を手に入れているという情報を掴んでいる。ラーラマリアに聖剣を与えて竜を倒させる。まずそれが第一の教会の目論見である。

 たとえ倒せずとも教会の期待とサポートを受けて竜との戦いに身を投じた、その事実さえあればいいのだ。多少なりとも足止めができればその間に教会主導で民衆を避難させる。その際にラーラマリアが命を落として殉職し、英雄となってくれればなお良い。教会はその事実がほしいのだ。後は己等の情報網でなんとでもする。


 しかしそのためにはなにはなくともまず聖剣である。さすがに何の準備もせずに竜にぶつけてラーラマリアが死ねば「教会は無為無策の内に適当な村娘を勇者に祭り上げ、捨て駒とした」という誹りは免れまい。聖剣の前にはグリムナの件など大事の前の小事である。


「ヴァロークを潰しますか……聖堂騎士団の力で……」


 ブロッズが問いかけるとメザンザはかぶりを振った。


「ヴァロークなるもの、我らヤーベ教国に比すれば羽虫の如きもの。正規軍の出る幕に非ず。されど、戦に於いては小男ほど、はしこくしぶとき者」


「大規模な軍の運用はすぐにヴァロークに勘づかれ、姿を隠されるでしょうね」


 メザンザはヴァローク相手に軍の出動は考えていないようである。そしてその考えには基本的にブロッズも賛同した。


「ならば、暗黒騎士団の出番ですか……?」


 ブロッズは鋭い目つきでそう言ったが、メザンザはそれを鼻で笑った。


此度(こたび)の醜態、もう忘れたか? なるほど確かにかようなおり、尋常ならば暗黒騎士団の出番、されど、もはや貴殿等には任せておけぬ」


 メザンザのこの言葉にブロッズの眉がぴくり、と動いた。確かにこういった表に出せない非合法な活動は暗黒騎士団の得意分野である。しかし、ここのところ、ダンダルクがラーラマリアに破れ、さらにブロッズがグリムナを捕らえられなかった。報告していないためメザンザは知らないが、ベルドもグリムナに破れている。最近の暗黒騎士団は失態続きなのだ。


 こんなところで意趣返しとはケツの穴の小さい男だ。キツキツだ。ブロッズはそう思ったが、事実であるため言い返せぬ。メザンザはニヤリと笑って言葉を続ける。岩石の如き相貌の彼が笑みを見せるとそれはまるで獲物を前にした肉食獣かと思うほどの強面である。


「国境無き騎士団を使う」

「なっ!?」


 ブロッズは思わず驚愕の声を上げてしまった。


「あの狂犬集団を使うなど、教会の威信に関わります! それに、奴らは以前に聖剣の捜索に協力させようと賢者バッソーを捕縛させようとして、まさにグリムナ一人の前に破れているではないですか!?」


「無論、表だっての依頼はせぬ。中抜き業者を幾重にも絡めてな……さらに、かの時と此度とではギャランティーが違う。此度は、国境無き騎士団全軍を持って当たらせる」


 大司教の言葉にブロッズは思わず唸ってしまった。一民間団体から何の法的根拠もなく聖剣を取り上げる。確かに国境無き騎士団の様な無法者集団はそのような仕事をさせるにうってつけの者共だ。さらに彼らはその名の通り、国境に関係なく大陸各地の無法者の寄せ集め。それ故独自の草の根的な情報網を持っており、ヴァロークの捜索にあたっては暗黒騎士団よりもむいていると言わざるを得ない。


「ヴァロークが何者か、左様なことは知らぬが、所詮は民草の寄り合い集団。国家を前にすれば無力。一匹残らずブチ殺召される事とならん!」


 メザンザが自信満々な表情でドン、と握り拳で目の前の教壇を叩くと、教壇は粉々に砕け散った。絶好調である。


 一方のブロッズはその様を呆れた表情で見ていた。


(つまらん男だ……結局そんな話がしたいだけか……)


 今日、ブロッズはメザンザの命令によるグリムナ捕縛の失敗の報告に来たのだが、その後の話は、特にブロッズに何か指示があるわけでもない、本来なら別に彼に話す必要のない内容である。


 ではなぜ話したのか? 簡単な話、ブロッズにマウントが取りたかっただけなのだ。そのくだらない意地とプライドに、ブロッズは辟易としていた。


 彼の周りにいる男は皆そうだ。尊敬し、偶像のように慕ってくるか、敵意をむき出しにして、何かあれば揚げ足を取ってやろうと虎視眈々と狙っているか、そのどちらかなのだ。


(やはりグリムナ……私の興味はあの男の一点に尽きる……)


 そんな彼の目の前に現れた異質な男、それがグリムナだったのだ。


 ブロッズは呆れ顔のまま、つまらなそうに口を開いた。


「グリムナの捕縛についてですが、捨て置けと申されましたが、捕縛だけなら簡単にできますよ? 今回は私が欲を出して彼の実力を試したかったから面倒なことになっただけです」


 メザンザがむっとした表情でブロッズを睨む。「なにを今更負け惜しみを」という心持ちである。しかしその表情に気づいてか気付かずか、ブロッズは平気な顔で話を続ける。


「証拠に、一ヶ月以内にこの首都にて彼の身柄を引き渡しましょう。後は煮るなり焼くなりお好きにどうぞ……」


 そう言いながら礼拝堂を出たブロッズは密かにほくそ笑んでいた。


「ふふ……フィーの母親、メルエルテか……なかなかに使える女だな……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ