第120話 聖剣は誰の手に
~前回までのあらすじ~
聖騎士だってうんちくらい漏らすさ。人間だもの。
~あらすじここまで~
ブロッズの情報では南部の国、オクタストリウムの首都でヤーンの目撃情報があったという。コレは大きな収穫である。早く帰りたそうにしているブロッズであるが、グリムナにはまだ訪ねたいことがあった。
「一つ聞きたいんだが……教会はなぜヤーンのことを知っていて、彼の行方を追っているんだ? これは、ヴァロークの関係者と、当事者の俺達くらいしか知らないことかと思っていたんだが。
この質問にブロッズの視線が上の方に移動し、右へ左へと泳ぎだした。嘘をつこうとしているか、考え事をしているサインである。人は考え事をする時、視線を空中や壁などの何もないところにやって余分な情報をシャットアウトして脳の働きに集中しようとする。
おそらくブロッズは情報を伝えてもいいかどうか、頭の中で考えているのだろう。普段の彼ならば考える素振りも見せずに嘘の情報だろうが正しい情報だろうが即断即決で話し始めるのだが、今の精神状態ではそれができない。
「えっとですねぇ……教会も聖剣エメラルドソードをずっと追ってまして……それで、同じく聖剣を追ってる、ヴァロークという組織があることは前から掴んでたんですぅ……」
また長くなりそうな雰囲気である。フィーがイラッとして何か言おうとしたが、話がややこしくなると踏んでバッソーがそれを止める。
「それで、こっちは教会じゃなく私だけが持ってる情報なんですけど……最近どうやらヤーンという重要人物を追ってるらしい、って事に気づいたんですぅ……で、ゴルコークとの話から、グリムナさん達もどうやら同じ人物を追ってるらしいな、ってことに気づいて……」
なるほど、コレで線は繋がった。おどおどした非常に頼りない口調で喋ってはいる物の、これだけのピースからパズルを完成させてしまうのは流石は騎士団トップの切れ者と言えよう。ただ、現在ではその才能の片鱗は見る影もないのだが。
「ああ、それとですねぇ……ついでの話なんですけど……」
「んだよ……まだ何かあんの……!?」
もはやフィーは露骨な不快感を隠そうともしない。この女、対人関係に問題がありすぎる。ブロッズはまた小さい声で「ひっ」と声を上げた。
「いえ……どうやらヴァロークが聖剣エメラルドソードを手に入れたらしいんですよ……」
「なにっ!?」
思わずグリムナの声が大きくなった。竜に対抗するために作られたという魔道具、聖剣エメラルドソード。元々グリムナ達はその聖剣の情報を得るために北の遺跡を訪れ、そこでヤーンと出会ったのだ。そして、カルケロが殺され、後には破壊し尽くされた遺跡だけが残った。
このことから、もしやまさに訪れた遺跡に聖剣か、もしくはそれに関する情報があったのではないか、グリムナはそう考えていたのだが、この時系列から考えると、遺跡の『蛇の間』、やはりそこに聖剣があったと考えるのが妥当だろう。
そしてその聖剣はヴァロークの手に落ちてしまった。
最悪の状況である。後はヴァロークがヤーンか……もしくは彼でなくとも条件に合うコルヴス・コラックスの人間を手に入れてしまえば、竜を復活させる方法と、滅ぼす方法、その両方を所有するということになる。人類の生殺与奪権をヴァロークが手にするということなのだ。
カルケロを、母と慕っていたヤーンに殺させた。そんな人面獣心の悪魔共に力を持たせてはならない。グリムナの額を冷や汗が伝う。彼はそれを右手で拭おうとして、やっぱりやめて左手で拭った。早く水場を探して手を洗いたい。
「教会は……聖剣を探して何をするつもりなんだ……?」
グリムナがブロッズに訪ねるが、ブロッズはその問いには言葉を濁すばかりであった。
「いやぁ……それはなんとも……さすがにそこまで言うことは……」
この精神状態に於いても、さすがに仲間を裏切るようなことは言えないようである。フィーが「何よ!言えないっていうの!?」と凄んだが、さすがに彼は言葉をはぐらかすばかりで核心的なことは何も言えなかった。この女、ちょっと可愛いからって調子に乗りすぎである。
「もういいわよ! 行きなさい!! 使えないわね……」
フィーの言葉にこれ幸いとばかりにブロッズは後ろを向いて歩き出そうとしたが、それを再度フィーが呼び止めた。ブロッズは「まだ何かあるのか」とおどおどしながら振り向く。
「うふふ……今回の件、あなたが漏らしたこと、私はもちろん誰にも話さないわ。それに小説にも書かないでいて『あ・げ・る』」
『漏らした』とは情報のことか、それともうんちのことか、ともかく弱みを握ったのだ。
パチンと、たいしてセクシーでもないウィンクをするフィーにブロッズは「へぇ」と返事をしてから後ろを振り向いてひょこひょこと歩き出した。猫背で、少し股を開いて歩くその姿は道化師を思い起こさせる。しかもズボンの尻が破れており、ケツが丸見えである。
本当に、一行が出会ったときの聖騎士と同一人物とはとても思えない。……ともかく、グリムナは勝利したのだ。なんだかいろいろとすっきりとしない勝ち方ではあったものの。
「はぁ……水場を探してくる……フィー達は野営の準備をしててくれ……」
辺りはもう日が沈んで暗くなってきている。本来ならそうなる前に野営の準備は済ませなければならないのだがとんだ闖入者がいたのだ、仕方あるまい。フィーのくだらない話がなければもう少し早く済んだかもしれないが。
グリムナが立ち上がると「ヒッテも行きます……」と言って彼女もついてきた。グリムナに捕まれた手首を洗いたいのだ。
さきほど、ブロッズが現れる前からほんの少しだけ沢の、水の流れる音がした。その音を頼りにグリムナとヒッテは腐葉土を踏みしめながら暗闇を歩く。幸い月が出ているため、木々が生い茂る森の中でも少しは道が見える。
暗い夜の森の中を進みながら、ヒッテがゆっくりと、静かに口を開いた。
「グリム……ご主人様……」
「グリムナでいいんだぞ……呼びづらいだろう、ご主人様なんて」
グリムナが答えると、ヒッテは口ごもってしまった。「まずかったかな? 余計なこと言わなきゃよかったか」とグリムナが思案していたが、しばらく歩いていると、再びヒッテが口を開いた。
「グリムナ……その……さっきのこと……もう何も奪わせないって、……少しだけ、ほんの少しだけ、嬉しかったです……」
グリムナが振り向くと、暗くてよく分からないが、ヒッテは口を引き結んで、顔を赤くしているように感じた。素直じゃないお年頃である。これだけ言うのにどれほどの勇気を振り絞ったのだろうか。さらにヒッテは続けて言った。
「でも、ヒッテにとって……一番大事なのはグリムナです……だから、死なないで。グリムナが死ぬのも、グリムナの思い出がなくなってしまうのも……ヒッテは嫌です……」
この言葉にグリムナは右側を歩いていたヒッテの頭をポン、と優しくたたこうとして……
「さわんなッ!!」
強烈なサイドキックを受けた。
まだ、手を洗っていなかった。




