第12話 荒木法
「あの奥の扉に、ゴルコークが……」
そう言うなりラーラマリアは剣の素振りを始めた。
「いや、ラーラマリアさん? なんでそんな殺る気マンマンなんスか……」
グリムナが若干引きながらなだめようとするが、ラーラマリアは引く気はなさそうだ。
「乙女の純情を穢したやつを許せるわけないでしょうが……」
ラーラマリアの言葉はやはり怒気を孕んでいるが、グリムナは微妙な表情になる。確かに牢屋に捕らえたのはゴルコークだが、だからと言ってお漏らししたのは彼のせいだろうか? どちらかというと限界まで我慢していたラーラマリア本人が悪いような気がする。
しかし彼女の性格からしてそんなことは認めないだろう。むしろ「ゴルコークのせいじゃない」などと言ったら新たな犯人探しが始まりそうな気がする。急に大声を出したシルミラが悪いのか、それとも彼女が大声を上げる原因を作ったグリムナか。
いつもの調子だとグリムナは自分が悪役になって物事が丸く収まるなら進んで濡れ衣でも被るのだが、さすがに剣を素振りして殺気を放っているラーラマリアを前にしてそれを言い出す勇気はない。
「その……もう済んだことなんだしあんまり気にすることないんじゃないのかな?」
「あなたに私の気持ちが分かるの?」
ラーラマリアがグリムナを睨みながら言う。確かにわからない。しかし今のラーラマリアの殺気の放ち方は尋常ではない。それはほかの仲間も重々承知しているようで、シルミラも彼女をなだめようとする。彼女は自身自分の叫び声がトリガーになってあんな事になったのを少し後悔しているのだろうか。
「まあ、そこまで気にすることじゃないと思うよ? 私も十数年くらい前はよくしてたし。それにほら、どっかの諺で『下半身に人格はない』ってあるしさ」
全然意味が違うし今言うべきではない。
「なんなのよ! みんなして!! その…好き、な…人の前でお漏らしした人の気持ちが、あんたたちにわかるの!?」
「ラーラマリアの気持ちを分かってあげることはできないけど、許す心も必要だと……」
彼女をなだめようとするグリムナの言葉を遮ってラーラマリアは叫んだ。
「じゃあ責任取ってよ!!」
場に一瞬の静寂が訪れる。
「せ……責任?」
グリムナの口から自然と言葉が漏れ出る。責任とは何か、何の責任なのか? その責任とは自分がとるものなのか。疑問は尽きない。それゆえ何から質問したらいいのかが分からない。
「そうね……グリムナは責任を取って誠意を見せるべきね……」
しかしこれにシルミラが乗っかった。
「せ……責任……? そもそもなんの責任?」
当然グリムナには話が見えない。
「そういうとこだぞ」
シルミラがぴしゃりとこの質問を止める。相手が『理解していない』ことを責めつつ論点をぼかして逃げるテクニカルな技である。この言葉を投げかけられると、相手は「え、何が?」と考えて一瞬思考が止まる。そしてその隙を逃すシルミラではない。
(責任……? 俺に何の責任が? 状況だけならレニオも同じはず……なぜ俺にだけ責任が……)
グリムナの頭の中にはぐるぐると疑問符が巡っているが、シルミラは彼に考える間を与えないように話を進める。
「いい? あなたに足りないのは当事者意識よ。本当に真剣にこのことを考えていないからそんなのんきな発言が出るのよ。自分が同じ目にあった時のことを考えてみて。もしあなたがラーラマリアの立場だったらどう思うの?」
(どうって……別にどうも思わんが! それより今いったい何の話をしてるんだ)
これがグリムナの正直な感想であったが、そんなことを言える空気ではない。場の空気は今完全にシルミラが支配しているのだ。
「責任も誠意も意味が分からない。誠意って何かね? 結局俺はどうしたらいいんだ? 俺が何かしたか?」
とりあえずグリムナは正直な疑問をぶつけた。
「質問に質問で返すな! 1から10まで言わなきゃ分からないの!?」
しかしこれをまたもシルミラがシャットアウトする。「質問を質問で返すな」これは『荒木法』と呼ばれる会話のテンポを自分の物にする手法である。会話が進んでいくと自然と『質問する者』と『回答する者』に役が偏ることがある。これは言い換えるとそのまま『要求する者』と『応える者』である。
この時点で会話の主導権は『要求する者』が握っていることになる。この体制を盤石にするため、相手が質問することを許さず自分の質問に答えることだけを強要するのがこの荒木法の骨子である。
「でもまあ、あなたが物の道理の分からない、にぶちんなのはよく知ってるから、責任の取り方を教えてあげないこともないわ」
少し間をおいてシルミラがさらに続けて話す。
「……ラーラマリアはみんなの前で粗相をしてしまったわけよ。まだ男も知らない乙女だと言うのに……これはもう、お嫁にいけないわね……となれば、あなたの責任の取り方は一つ……」
ここにきてシルミラが何を言いたいのか、ようやくラーラマリアも理解したようで鼻息を荒くして次の言葉を待っている。
「ラーラマリアと結婚しなさい!!」
「なんでだよ!!」
人を指さしながら言い放ったシルミラにグリムナが全力で突っ込んだ。
「全っ然繋がらないよ!! なんでラーラマリアがお漏らしすると俺が結婚しなきゃいけないんだよ!! 『風が吹くと桶屋が儲かる』んじゃねえんだから! その中間を説明してくれよ!!」
彼の中ではラーラマリアが衆人環視の中お漏らしをして、嫁に行けなくなる、までは分かる。しかしその相手がなぜ自分になるのかが分からない。さらに言うなら彼にとってラーラマリアは大変に気難しく、行動原理が謎で、なるべくならあまり関わり合いになりたくない相手なのだ。結婚などとんでもない。
「そもそもラーラマリアが粗相をしたのは俺の責任じゃないし! その責任の取り方もおかしいし! 言ってる意味が全く……」
グリムナが熱弁を始めると、ガチャリ、と奥の扉が開いた。
「あのさぁ、」
ドアから顔だけを出して言葉を発したのはゴルコークであった。
「いつまでそこでうだうだやってんの? 全部筒抜けなんだけど? こっちだって準備ってもんがあるんだからさ! 来るなら早くしてくれない!? 代官が暇だとでも思ってんの? ケツカッチンなんだよ!!」
怒られてしまった。




