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第116話 聖騎士VS回復術士

「とんだ時間の浪費だったな……」


 気を取り直してグリムナがマチェーテを右手に持ち直し、サウスポースタイル、右手と右足を前に出して半身に構える。剣を攻撃手段ではなく主に防御の手段として用いるグリムナの常套の構えである。


「そのようだな……私も、知らない単語が出たからと言ってなんにでも食いつくのは改めた方が良さそうだな」


 一方の聖騎士ブロッズも片手剣を右手に持ち、右手を前に構える。盾を携行していない彼にとっても、右側を前にするこの構えがやはり常から用いているものである。


 完全に無駄な時間であった。フィーはようやく目当ての小説を見つけたようで右手に何か冊子を持ってはいるが、戦いが始まってしまったことに気付いて、戸惑いながらも二人をおとなしく見守っている。


「なんてこと……私には二人を止めることは出来なかった……」


 小さな声でフィーが呟くが、この女本当にあんなくだらない話で戦いを止められるとでも思っていたのだろうか。もしそうだとしたら早めの受診をお勧めしたい。

 正直言って二人の戦いにはなんの関係もない……いや、もしもフィーの言うとおり二人が好き合っていたとしても、オメガバースの話はなんの実りもないくだらない話であった。


 もちろんオメガバース自体がくだらないというわけではない。あれはあれで大変に尊い物だとは思うが、少なくとも今の場面ではなんの関係もない与太話に相違なかった。


 さて、話を二人の戦いに戻そう。


 ブロッズはグリムナ達が求めてやまないヤーンの情報を持っていると言った。そして、それを欲するのならグリムナ自身が世界を救うための実力を持っているのかを証明して見せろとも。

 さらにそれに不適格だと分かればどうやら彼を殺すつもりであるらしい。


 改めてみるに……一方はかつては勇者に同行していた物の、あまり名の知られていない底辺回復術士、そしてもう一方は大陸にその名を轟かす聖堂騎士団、その中でも最強と呼び声の名高い第4騎士団、通称暗黒騎士団のトップ、団長ブロッズ・ベプトである。肩書きだけ見れば戦わずしても結果は火を見るよりも明らかだ。


 しかし、何を隠そうブロッズ自身が、グリムナは自分に互する敵であると認めたのだ。ならばもはやその力を持ってして答えを合わせるより他無いのである。


 グリムナはブロッズの攻め方をいくつか頭の中でシミュレーションしていた。盾を持たない片手剣、であれば、攻めのパターンはだいぶ少ない。速射砲のように飛んでくる突きにだけ気をつければ一瞬で殺されるという事はあるまい。即死さえしなければ後は自分の回復魔法でどうとでも出来る。それが彼の強みである。後は以前に戦った暗黒騎士ベルドの『ブラックプリズン』の様な必殺技に注意するくらいである。


 そう考えていると、5メートルほど離れていた間合いから一息でブロッズが飛び込んできて鋭い突きを放った。グリムナは一瞬反応が遅れたが、足場が柔らかい腐葉土であったこともあり、速度の乗らなかったこの攻撃を剣で払い、バックステップして距離をとる。


 しかしブロッズは攻めの手を休ませず、さらにもう一歩跳躍して今度は袈裟懸けに切り込む。グリムナはそれをパリィして反対側に逸らし、即座に反対側の左手で顔面に掌底を叩き込もうとしたが、ブロッズはこれを回転しながらかわし、逆に左肘をバックスピンしながら繰り出す。

 グリムナは膝でブロッズの体を押し、再び距離をとろうとするが、ブロッズの回転は止まらずそのまま再度剣を斜めに切り下ろす。少し間合いが広く、届かないように感じたが、グリムナはその剣が赤熱して輝いていることに気付いた。


「リネア・ロッソ!」


 ブロッズがそう叫ぶと剣の切っ先から炎が噴出し、鞭のようにしなりながらグリムナに襲いかかる。彼はすんでのところで低く横に飛び、何とか鞭の下をくぐり回転しながら受け身をとって即座に体勢を整える。腐った葉が舞い散る中、二人の攻防は振り出しに戻ったのだ。

 息もつかせぬ連続攻撃であった。


「やるな。並の戦士であれば回転肘打ちで終わっていたぞ」


 ブロッズがグリムナを誉め称えるが、それには強者の余裕が見て取れた。実際流れるようなブロッズの連続攻撃には付け入る隙が全く無かったと言えよう。一つ一つの攻撃が淀みなく繋がっており、力の流れに無駄がない。対手がそうであれば通常は逆に言えば『流れを読みやすい』と言うことにも繋がるのだ。そこをつきたいところなのだが、合間に魔法攻撃を入れて予測を難しくさせている。本当に隙がないのだ。


 ブロッズの言葉が終わりかけるところに今度はグリムナが攻撃を仕掛ける。体を一直線に伸ばし、遠間からマチェーテで突きを仕掛け、正面からの間接蹴りも絡めながらコンビネーションを組み立てるが、全て軽くいなされてしまう。グリムナは致命的な反撃を受けないよう体勢を維持するのがやっとである。


「受けの技術に比べて攻めは稚拙と言うほか無いな……」


 ブロッズが余裕の笑みを浮かべながらそう呟く。


「やっぱり……グリムナは受けで輝く人材だから……」

「黙れ高齢処女」


 全然関係ないのに無理矢理自分の得意分野の話題に誘導しようとするフィーをヒッテが咎める。


 一方グリムナはさらに攻めの手を緩めずに、しかし自分の安全も確保しながら戦いを進める。しかしブロッズには力半分、という感じで全ていなされてしまっていた。


「攻撃を続けながら成長しているな、いい傾向だ。ちゃんと考えながら戦っている証拠だ」


 グリムナの剣を受けながらもブロッズの評価は続く。まだだいぶ余裕がありそうだ。このまま攻撃を続けても手詰まりである。


「ほ……本当に加勢せんでよいのか……これは……」


 バッソーも心配そうに戦況を見つめて言う。彼の目にもやはり攻撃は続けているものの、グリムナが劣勢であると映っているようだ。


「ブロッズが一対一を所望している以上、それはできません。この場の主導権は未だ彼にあります。ヒッテ達が協力して攻撃したなら……おそらく彼も本気を出すでしょう……」


「本気……?」


 ヒッテの言葉にバッソーが聞き返す。本気、というのは今余裕の表情であえてグリムナの攻撃を受けているのを本気で反撃する、ということであろうか、しかしどうやらヒッテの言っていることは違うようである。


「彼……ブロッズは、まだ何か恐ろしい力を秘めています。……何か強力な奥の手を……それがどう言うものかは分かりませんが、何となくそんな気がするんです」


 ともかく、グリムナもヒッテ達に「手を出すな」と言ったのだ。いかに戦況が悪くとも、今はその言葉を守しかあるまい。


 しかしグリムナはやはり攻め倦ねていた。彼は以前に暗黒騎士のベルドを倒しているが、それはフィーと二人で戦って、やっと見つけた隙に指をつっこんで勝利したのだ。そのベルドよりも強いであろうブロッズ相手に一対一ではこうなるのも当然であろう。


 確かにグリムナ自身以前よりはかなり強くはなっているのだ。トロールのリヴフェイダーとの命を懸けた死闘、暗黒騎士ベルド、そして国境無き騎士団、イェヴァンとの戦い。


 普通の人間であれば命のやりとりをする戦いなど一生に一度経験するかどうかである。それは当然、負ければ死ぬからなのであるが、その死闘を何度もくぐり抜けているグリムナは確実に強くなっている。実力が遙かに上の敵を相手に、知恵と工夫と体術を駆使して、頼りない綿の糸一本を慎重に手繰り寄せるように、やっとのところで拾った勝利であり生であるのだ。


 しかし、これまで、その強敵共を一人の力で倒したことは無かったのだ。

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