第110話 隠し玉の男
「ヒッテがだめだと気づくと、奴らは予備の為に持っていた隠し玉の方に切り替えた。……それが、ヤーンじゃ」
ここで北の遺跡で会ったヤーンの名が出てきた。しかしそれはグリムナにとってはある程度は予測出来ていたものであった。
「師匠、俺たちは北にある死神の神殿でヤーンと、その……ウルクでしたっけ? 彼に会いました。……ヤーンは、やはりヴァロークに取り込まれているんですね?」
「そのはずじゃが……現在はヴァロークの元にはいないようなのじゃ」
ネクロゴブリコンのこの言葉に一同は押し黙ってしまった。状況が分からない。そしてそれは、ヴァロークの中心人物であるネクロゴブリコンですら同じようなのだ。
やがて、考え込みながらも、フィーがおずおずと口を開いた。
「いないって……ヴァロークと距離を置いているってこと? でも、おかしくない? ヤーンは実の母親ではないけど、母と慕っていたカルケロを殺すほどにヴァロークに忠誠を誓ってたんじゃないの? そこまでしといて今更ヴァロークを裏切るなんてあり得るの? カルケロさん殺され損じゃん!」
人を殺すのに損も得もあったものかとは思うものの、グリムナも基本的にはこのフィーの意見と同じ考えであった。これではカルケロ犬死にではないか、いや、グリムナからすればそもそもヴァロークの考え方に同意できないのでそれはいいのだが、それでもヤーンの心変わりがいったいどこから来ているのか……グリムナは、手元にあったダイイングメッセージの文面を見ながらしばし考え込み、やがてゆっくりと口を開いた。
「ヤーンは……やっぱりカルケロさんを殺すのは本意ではなかったんじゃないのか? それで、あんなことはあったものの……やっぱりヴァロークも信用できないと思って、ヴァロークを抜け出したんじゃないだろうか……」
「さあ、どうじゃろうな……そこまでは儂には分からん。じゃが、今ヴァロークの連中は血眼になってヤーンを探していることは確かじゃ。そう頭数がおるわけではないからの、北部を中心に探しておるようじゃが成果は上がってはおらん。もし、お主等も彼を捜すつもりならば、奴らとは被らない南を中心に探すとよいじゃろうな」
当然グリムナは彼を捜すつもりである。しかしそれ以前にまだ確認しなければいけないことがいくつかある。彼はその質問をネクロゴブリコンにぶつけてみることにした。
「その……ヴァロークがヤーンに目を付けたのは、やはり彼がコルヴス・コラックスだからですか?」
この質問にはネクロゴブリコンはすぐに答えた。
「もちろんそうじゃ。コルヴス・コラックスの精神感応力をあてこんでのことじゃろう。そして彼は人攫いにあって家族と引き離されたというつらい過去もある。言ってみれば人類を恨む素養があるということじゃ。どういう経緯かは知らんが運良くカルケロに育てられて、それからは穏やかな人生を歩んでおったようじゃが、おそらくそれこそがヴァロークにとっては余計なことだったのじゃろうな。奴らにとってはヤーンという隠し玉を完成させるためには『カルケロ殺害』は避けては通れんイニシエーションであったのだろう」
つまり、ヴァロークからすると家族と引き離されたヤーンをカルケロが助け、彼が真人間に育ったことは『余計なこと』であり、彼には『人類への復讐者』になって欲しかったのだ。そしてその『人間らしい部分』を捨て去るための儀式としてヤーンによるカルケロの殺害は避けては通れない道だったのだ。
「実を言うとですね……カルケロさんが殺害された直後に、ある男のレイスに遭遇したんです。そのレイスはヒッテに言葉を託しました……ヤーンをヴァロークから助け出してくれ、と。世界樹の守り人をしているエルフに言葉の解読に協力してもらったんですが、もしかしたらそのレイスはヤーンの親族か何かではないかと、そのことについては何か知っていますか?」
この質問にはネクロゴブリコンは考え込んで頭を振った。
「世界樹の……ラ・フーリの巫女の一族か。しかしそこまでは知らん……そもそもヤーンはカルケロに会う前のことは一切喋ろうとせんかったからな」
ネクロゴブリコンが『ラ・フーリの巫女』という言葉を発したところでフィーが無言で自分自身を何度も指さしてアピールしていたが、全員がそれを無視した。世界樹の話題になったところで喋ることなど何もないだろうに、このおっぱいは一体何がしたいのか。
グリムナにはもう一つ、確認したいことがあった。コルヴス・コラックスと竜の関係についてである。
「最後にもう一つ、以前にも話にあがりましたけど、ヒッテの母親に『竜の記憶がある』ということについてです……ヤーンには……竜の記憶は?」
「ちょ、ちょっとグリムナ、あなたまだそれ信じてるの? 現実的にあり得ないじゃない。普通の人間に400年前の記憶があるなんて! あれはヒッテのお母さんが適当ぶっこいたって話で決着したんじゃなかったの!?」
困惑気味にフィーがつっこむが、グリムナはたって真面目な顔でそれに答える。
「荒唐無稽な話じゃない。コルヴス・コラックスが持っている精神感応力がどの程度なのかは知らないが、もし他人の記憶を共有できるとしたら、あり得ない話じゃなくないか?」
グリムナの迫力に思わずフィーも黙り込んでしまう。確かに道理としては通るかもしれない。コルヴス・コラックスがどのようにその精神感応力を獲得したのかは分からないが、数百年、数千年前からその力を持っているとしたら、『先祖代々受け継ぐ記憶』を自分が経験したことのように見、そして自分の経験したことのように話したとしても不思議はない。グリムナはそう考えたのだ。
「で、でもヒッテにはそんな記憶はありませんよ?」
「ヒッテは純血のコルヴス・コラックスではないからその力が弱いのかもしれない。実際レイスの言っていることもメルさんの手助けがなければ分からなかっただろう」
ヒッテもこの意見には反論したが、グリムナには確固たる考えがあるようで即座に言い返してきた。残るはネクロゴブリコンの反応であるが……
「すまんな、先ほども言ったとおりヤーンはカルケロと出会う前のことについては何も話さなかった。彼らの精神感応力が実際のところどの程度の力なのかも誰にも分からん。従って『記憶の共有』なんてものが実際彼らに出来るのかどうか、ヤーン以外には誰にも分からんのだ……おもしろい考えだとは思うがな」
やはりこの考えも不発に終わった。グリムナはやや悲嘆にくれるように目を伏せたがネクロゴブリコンは彼に続きを話しかけた。
「ヤーンがコルヴス・コラックスのことについて話さなかったのは彼らをヴァロークに利用されることを恐れてのことかもしれん。彼らの力はヴァロークにとっては喉から手が出るほど欲しい物のはずじゃからな」
そして、ゆっくと深呼吸をして、しっかりと目を見開いてから、改めてグリムナに言葉を授ける。
「そして確信したぞ! やはり儂は間違ってはおらんかった。グリムナ、お主が世界を救うのじゃ! ヒッテの心を救ったように、人々を救うのがお主の使命じゃ、儂が授けたその『術』によってな」
「別に救われてないですけど……」
ヒッテがボソッと呟くがネクロゴブリコンとグリムナはあえて聞こえない振りをした。きっと照れ隠しに違いない。そうに違いない。12歳といえば反抗期まっただ中。素直になれないお年頃なのだ。だって宴会の時はあんなに楽しそうにしてたんだもの。そう思ったっていいじゃない。




