18 不味い!
ウィルとアメノが入り込んだ領主の館の薄暗い地下室は年貢や酒を保管する場所だったようで、かなりの広さがあった。しかし、手持ちの食料は食べつくしたようで、空の樽がいくつも転がっている。
……そこに避難していたのは黒髪の魔女貴族ジョセルと、銀髪の狩人キラ、十数名の子供と数名の老人老婆であった。
老人と子供たちはお腹を空かせきっているのか、横になってほとんど動きもしない。
「うぇええん、おなかすいたよう……」
「……では、これを。私もこれが最後の給食」
そういうと、アメノは残念そうにパックにつめた固形の謎虹色食材を差し出した。パキパキと人数分に割って配っていく。
ウィルはよっぽど止めようかと思ったが、あの不味い虹色の謎飯を配ったら、俺は食べなくていいかも、と一瞬頭をよぎってどうしても声がでなかった。くっ、騎士失格だ。
「これは……ビ、ビスケット? わ、悪いですねえ」
暗いからビスケットにしか見えないのか、ジョセルは疑いもせず謎食を口にいれた。
その瞬間、目を見開いて動きが止まり……なんとか飲み込んだ。
「……ごくん……まっず?!」
「うーん」
狩人のキラも何とも言えない表情で口を動かしている。
「これ、まずいよー」
子供たちは食べるだけ食べておいて、口々に文句を言い始めた。
ジョセルがアメノに抗議する。
「なんですかこれは!! モグリとか言ったから意趣返しで毒でもくれたんですかぁ?!」
「毒ではない、完全栄養食」
「栄養がどうより、純粋に不味いんですが?!」
そういうとアメノは小首をかしげて、
「解せぬ、ウィルもみんなも喜んでいた」
「はぁ? これがぁ?」
ジョセルが恨みがましい顔をしてこちらをにらみつけてくる。
俺は……目をそらした。
「私もガキどもも素直ですからねぇ、正直言ってこれは不味いですよ!」
アメノはずっと何かを考えていたが、ようやく納得したように断言した。
「……なるほど、古語辞典を参照して意味が分かった。これは不味い!」
「馬鹿にしてんですか?!」
「うん、これは不味い、私もそう思う」
「思うなら食わすなってんですよ!?」
ジョセルが頭を抱えて小声で叫ぶ。地下室の中とは言え、いつ死者に聞こえないとも限らないのだ。
「お嬢様、せっかく食べ物を貰ったんに、そんな言い方はよくないよ」
「うっさいですよクソババア」
老女の一人がジョセルを窘めるが、ジョセルは聞く耳を持たない。
「わー、マズ飯アタックー」
「マズ飯シールドー」
そして子供たちはこれまた小声だが、遊び始めた。
「まったくクソガキどもが………」
と愚痴り始めて、ジョセルはふと何かに気が付いたようにつぶやいた。
「……なんでさっきまで死にかけてたガキもババアも急に元気になってんです?」
「さっきの固形給食キューブは完全栄養食、消化吸収もとても良い」
それを聞いたジョセルが力の戻り具合を確かめるかのように手をにぎにぎさせた。そして独り言をつぶやく。
「こいつは錬金術師……まさか、あれがかの錬金食料とでもいうんですか……」
そういうと、ジョセルはアメノの顔をじろじろ見始めた。
「へぇ……よく見たら、なかなか可愛いじゃないですか」
「ありがとう」
アメノは褒められたと思ったのか、素直にお礼を言う。
「あーあ、また……そのクセが……」
キラが不吉なことを呟いている。
クセ。きっと可愛い女の子には優しいとかそういうことだろう。アメノはたしかに黙ってれば可愛いしな! ……これは事実を言っているだけであって、深い意味はない。ないぞ!
ウィルは嫌な予感を盛大に感じつつも、なんとか妥当な解釈を編み出した。
ジョセルは笑顔でウィルに告げた。
「そこの騎士、南への移動の提案でしたか? わかりましたよ。移動します。老いぼれもクソガキも元気が戻ったみたいですしね」
「そうか! じゃあ今すぐにでも」
ウィルが答えると、ジョセルは声のトーンを落として。
「その前にお別れを言いますよ」
- - -
地下室の奥。
土壁がつづく一層暗い一角に突然岩壁があった。
ここに一体何が……
ウィルがきょろきょろしていると、岩壁で何かうごめいている。
……何かが岩壁から生えている。
腐りかけた手。折れた脚。
突き出した後頭部の皮膚はずる剥けて頭骨が見えている。
それらは到底生きているように見えなかったが、かすかに動きつづけていた。
岩の中に死者が、十何体と埋まっている。
- - -
「お父様……と領民のみなさんをご紹介します」
ジョセルが感情のない声で告げた。
それだけ言うと、岩壁の前に跪き、両手を組んで目を閉じた。
祈りだ。
眠そうな表情のままキラが言葉をつなぐ。いつもよりも抑揚が無い。
「騎士のお兄さんさ……殿様は結構強い魔法騎士でね。村にバケモノがやってきた日も村を守ろうと村の皆を率いて戦ってたんだ」
ウィルは言葉もなく聞き入っている。
「でもバケモノは倒しても倒しても増えてさ、なんとかこの地下室に逃げ込んだんだけど、みんな怪我を負ってて……」
キラが震えだす、とても嫌な思い出なのだろう。
「ある日、一番深手を負ってた人が死んで、バケモノになった。他の人を襲い始めて、大人の人が何人もやられて」
キラが震えながら小声で話を続ける。
「こ、このまま、みんなバケモノになるかもしれなくて、だから」
「だから、お父様の指示で、私の土魔法で全員岩に埋めたんです。お父様ごと」
ジョセルは表情もなく、まるでゴミを捨てたと言わんばかりに言い捨てた。
だから、ここには、ジョセル以外、老人と子供しかいないのだ。
ウィルはジョセルに倣って、岩壁に跪いて、両手を胸に当てて騎士の敬礼を行った。
どっちを真似すればいいのかわからずオロオロしているアメノに祈り方を教え、みんなで亡くなった偉大な騎士に祈りをささげる。
「閣下の思いは必ず受け継ぎます、安らかに……」
ウィルは「先代領主」の前で改めて生き残りを救うんだと誓いを新たにした。
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