第13話 説得
今、目の前に唸り声を上げながら迫って来るのは黒い獣毛のイヌーーシャドウ・ドッグだ。
直接戦った事はないが、ドラッグストアで『シャウラ』が引き連れていた不死者の中にいた事から初見ではない。
ただ、あの時はゾンビである以前に見ていただけだが、明らかに生前の方がAGLが高いだろう。
俺が反応して、ナイフで防御しようとすれば直前で襲いかかる部位を変えて食らい付いて来る。首筋などの急所を狙うのは、本能的な習性なのか、基本は首筋を狙ってくる。その為、完全に躱す事は難しくても、敵の攻撃を利用する事は出来た。
迫るシャドウ・ドッグの前方に、発動直前で準備しておいた〝水壁〟を作り出す。それによって体を弾かれたシャドウ・ドッグに飛び付き、首にナイフを突き刺す。
「ガァ、グァァア」
ナイフを引き抜けば、大量の血を流しシャドウ・ドッグは地面をのたうつ。その間も休む事なく、他のシャドウ・ドッグに喉に噛み付かれるが、『虚飾』で脱出する。
スキルで混乱した感情を煽って、ゴブリンが使っていた粗末な槍を全力で突き刺す。
ゴブリン達が持っている粗末な槍や石斧、包丁などは使い捨ての武器として重宝している。
腹部に槍を突き刺した事で動けないシャドウ・ドッグの首を狙ってナイフを振るった。それによって、最後の敵が死に、頭に声が響く。
《熟練度が一定に達しました。『魔素の支配』がLV:1→2にレベルアップしました。》
《熟練度が一定に達しました。『認識誘導』がLV:4→5にレベルアップしました。》
《熟練度が一定に達しました。『感情操作』がLV:5→7にレベルアップしました。》
《熟練度が一定に達しました。『器用強化』がLV:4→5にレベルアップしました。》
《熟練度が一定に達しました。『急所突き』がLV:4→5にレベルアップしました。》
《熟練度が一定に達しました。『度胸』がLV:6→8にレベルアップしました。》
《熟練度が一定に達しました。『剣術』がLV:3→4にレベルアップしました。》
《熟練度が一定に達しました。『槍術』がLV:1→2にレベルアップしました。》
他にも、耐性スキルが幾つかレベルアップしていた。
店を探しつつモンスター討伐を行っているが、商店街付近に近づく程にモンスターの数は減っているのは間違いない。
「おそらく、この辺りから蜘蛛供の領域だ」
オムニスが周囲を見回しながら、話す。
「なら、離れた方が良さそうだな」
下手に蜘蛛型モンスターを刺激する必要はない。
その場から立ち去ろうとして、オムニスが俺の動きを手で制した。
「誰か来るな。しかも、数も多い」
「モンスターか?」
「分からない」
俺とオムニスは、近くの物陰に隠れて様子を伺う事にした。
すると、姿を見せたのは義理の姉である斎賀夕華と俺の通っていた高校の制服を来た生徒達だった。そして、そこに混ざる壮年の男性。挙動を見るに、不自然で落ち着きがない為、周囲から浮いている。
距離があるおかげで、俺達が気付かれてる様子はない。
だが、進んで行こうとしてるのはユニークモンスターの領域の方向だ。
「……」
オムニスが動く様子はない。
オムニスは、主に人間が関わる判断は俺に任せてくれている。
この場での判断は、メリットとデメリットを天秤にかける事が大切だ。
人間達に声をかける事のメリットは、貸しを作れる事だ。それに、義理とは言え、姉が無謀にも死地に突撃するのを見て見ぬ振りをする訳にはいかない。
反対にデメリットは、俺の伝えた情報源と根拠を問い詰められること。そして、姉からは、これまでの経緯など次々と質問をされる事が目に見えていた。
もし、この場にいたのが義理の兄である空悟であるなら細かい説明は不要で合ったかもしれないが、過程の話をしていてもしょうがない。
「悪い、オムニス。少し、話をしてくる」
「ああ」
オムニスに同意を取り、周囲の様子を伺っている人達の元に向かう。
人々、特に夕華は、俺の姿を見ると驚愕して目を見開いた。
モンスターが跋扈する街中に、突然人が現れれば誰でも驚愕する。だから、敢えて警戒させない様に両手を見える位置にし、一定の距離を置いて止まった。
「姉さん、久しぶりです」
「うん、久しぶり。無事で良かった。だけど、聞きたい事が山程あるんだけど?」
夕華の目が細まっている。
斎賀夫婦の養子となって2年程経つ。その記憶の中でも、夕華のこの表情はあまり見た事がない。
「互いに、時間がない様なので手短にしたいんですが……」
「暁が私達と来れば、山程話せるでしょ」
「いや、俺は姉さん達と一緒に行くつもりはないです」
「どうしてか、聞いても良いよね?」
夕華は、怒っている様な感情は見せず、事実確認をする様に淡々と質問を返して来る。
「話すと長くなりますけど。簡潔に言えば、面倒なので」
「簡潔に言わないで」
俺は、相変わらずの夕華に溜め息を吐きながら説明をする。
「人の義務、役割、責任、他にも、責任の押し付け合いや身勝手な期待とは関わりたくないんです。それに、現状だと集団でいる事がメリットだとは思えないので」
「確かに、暁の意見にも一理ある。でも、人間は弱いから、助け合った方が良いと思うんだけど」
「でも、それは姉さんの考えだ」
「暁は違うの?」
「……同意見ですよ。でも、今は、人間よりも信頼出来る仲間がいるので、一緒には行けません」
何を言われたのかが、分からない夕華は困惑した表情を浮かべる。
「それより、商店街の方に近付くのは辞めた方が良い」
「……何故?」
「商店街の中に、大量の蜘蛛型モンスターが住みついています。数は不明ですが、1匹でも弱い個体ではないです」
「そんな……」
誰か男性の声が聞こえたが、反応はしない。
「更に、この辺りからは奴等の領域です」
俺が視線で、家の壁に張り付いた蜘蛛の糸を見る様に促す。
目視し難い蜘蛛の糸は、『観察』などのスキルを上げる事で見つけ安くなる。
「な、本当に蜘蛛の糸?」
「全然気付かなかった……」
「足下や目の前ばかり見ていては危険です。奴等は、気付き難い場所にも奴等は潜んでますので。そして、奴等は商店街を中心に餌を集めているので、この辺りにはモンスターが少ないんです」
俺の言葉を聞いて、1人の男性の顔色が悪くなった。
「確かに、この辺りにモンスターは殆どいなかった。でも、モンスターの死骸はある」
夕華が一瞬向けた先には、先程倒したシャドウ・ドッグの死骸が倒れている。
「あれは、仲間と協力して倒しました」
「っ……やっぱり、話を聞かせて貰う」
無駄の無い動きで、夕華は俺の腕を掴む。
だが、『虚飾』を発動して手から逃れる。
「!?」
「話は終わりです。忠告もしました。後は、姉さん達で考えて決断して下さい」
『虚飾』によって、掴んでいた筈の腕が消えた感覚に混乱していた夕華は、背を向けて歩き出す俺の肩に再び掴みかかるが、同じ事の繰り返しだ。
「な、なんで!?」
「幻か!」
「でも気配感知に反応はあるよ」
「一体何がどうなってんだ?」
驚く人々の声を聞いて、『虚飾』はスキルの中でも異質な物だと感じた。
固有スキル。つまり、唯一のスキルと呼ぶだけあって、特別なスキルだと言う事は間違いないだろう。
「多分、実態はある。だけど、触れた瞬間に、触れてなかった事になってる?」
あまりにも鋭い夕華の言葉に、俺は感嘆した。
だが、敢えて答えを教える必要はない。
その時、夕華達に背を向けて歩き続ける俺の前に恰幅の良い男性が立ちはだかった。
「妻と娘が……家族が商店街近くの家にいるかもしれないんだ……どうか、力を貸してくれ!」
男の言動を見て、壮年の男が夕華達と一緒にいた理由が予測出来てしまった。
恐らく、壮年の男は行方が分からない家族を探す為に夕華達と共に行動をしており、俺が声を掛けなければ、何も知らない夕華達を巻き込んでモンスターに襲われていたかもしれない。
「俺には無理です」
「そんな……頼む、何だってするっ」
土下座をされても、俺にそんな力はない。
オムニスに協力してもらえれば、力を貸す事は出来るだろう。
だが、それでは、俺の身勝手な理由でオムニスを危険に晒す事になる。
俺が弱い所為で、無関係な筈の人に危険を押し付ける様な真似はしたくなかった。
「だから、俺に人助けは出来ないんですよ」
「ふざけんな!」
「少し強いからって、何、調子に乗ってんだ!」
「あんた、本当に最低だ!」
何と責められようと、曖昧な希望を与えるくらいなら、断っていた方が良い。そう考えていたのだが、彼等の怒りは収まりそうになかった。だから、今の所、話しても問題ない事に付いて教える事にした。
「俺は、この世界に関係しているワールドシステム『Eden』から直接の制限を受けているんです」
厳密には、そこの最高位管理者からだけどな。
「制限?」
「【神呪:All1】。モンスターをどれだけ倒しても、スキル以外のレベルが上がらない……そんな呪いです」
「え、」
「それじゃ、本当に?」
「俺は、貴方達よりも純粋な戦闘では弱いんです。だから、俺に人助けは出来ないんです」
俺の【神呪:All1】を知って、夕華達は声を発さなくなった。
「そして、システムが直接制限を掛けた【神呪:All1】を解く条件となっているモンスターと同等のモンスターが商店街の中にはいます」
「……本当、なの?」
夕華の言葉に頷く。
「もし、嘘だと思うなら止めません。いや、俺には止める力がありません。その代わり、命をかける覚悟と仲間を巻き込む覚悟はしていて下さいね」
夕華と壮年の男性に向けて、俺は最後の忠告をする。
「俺が生きてるのは、スキルと運が良かっただけですから」
「話は終わったか?」
気配を感じさせる事なく、オムニスが俺の側に立っていた。
既に、オムニスと共に行動している事を隠し続ける必要はない。だから、オムニスには隠れている様には言わなかった。
「終わったよ」
「そうか」
優しげな声をかけてくれたオムニスは、夕華達とは別方向に歩き出した。
その間、夕華達は誰1人として言葉を発さず、身動きすら取る事はない。
聞こえるのは、荒くなった呼吸音と腰を抜かした人々の音だけだった。
「……知り合いだったのか?」
「義理の姉がいた」
前を歩いていたオムニスの静かな問いに、俺は隠し事はせずに答えた。
後ろにいた同高校の生徒達に見覚えはなかったが、もしかしたら顔見知りだったかもしれない。
「強引に追い返すべきだったか?」
オムニスがそんな事を言うとは思ってもいなかったので、視線をオムニスの横顔に向ける。
だが、彼はフードを深く被り、表情を窺う事は出来ない。それが分かった俺は、視線を前に戻す。
「必要ないよ。伝えるべき事は伝えたから、選ぶのは姉さん達だ」
静かな俺の言葉に何かを見出したのか、オムニスは静かだが重みのある声で「そうだな」と頷くのが見えた。
「……実は、俺の両親、7年前に事故死んでるんだ。俺も当時車に乗ってたのに、奇跡的に軽症。それからは、親戚の家をたらい回しにされたよ」
両親に親戚運がなかったのか、思い出しくもない記憶ばかりだ。
表面上は取り繕っても、影で『迷惑だ』『とんだ、置き土産を残したもんだ』『どうせなら金を残せ』と言っていたのが憎らしい程にはっきり覚えている。
その所為か、どの親戚の家でも上手く馴染めず、一時的に施設に身柄を保護された事もあった。
2年前、父の遠い親戚である斎賀家に養子として
引き取られる事になった。
斎賀家の人々は、生真面目な人が多く、義理の母はマイペースな人だが、なんだかんだ良い人だったと思う。
「だから、今の家族には感謝してるんだ。でも、メリットがないのに、勝手な事をしてしまった。ごめん」
「謝る必要はない。それに、一族を捨てた俺には、アキラを責める資格がない」
オムニスの「一族を捨てた」という、言葉の意味が分からなかった。
だが、足を止めて俺を見下ろす、オムニスの揺れる瞳を見た途端に続く言葉を失ってしまった。
憎く、憤っている様で、悲しく、寂しそうな赤い瞳だった。




