82.思惑と方針
働いている者であればそろそろ昼食にしようかと考えだす頃。
シンに関わった者達は今までの事で使われてきたあの会議室にて集まっていた。
シャーロットとイレーヌのエーデル公国の関係者。
エレオノールとリビオとミミナのアスカ―ルラ王国の関係者。
グランツ、マリーのギルドの関係者。
ナーモ、シーナ、ニック、ククとココ、ネネラ、ギア、そしてエリーの今までシンと共に行動してきた者達。
全員の前からシンがいなくなった事に全員動揺を隠せないでいた。それは一国の長である女王シャーロット女王も例外ではなかった。
「まさか、こちらから何かする前に去ってしまうなんて・・・」
「ええ、全くです」
シャーロットが小さな声で発したその言葉にイレーヌが同意する。
「頼りとなる一通の手紙の内容はたったこれだけ」
持っていた手紙を全員の前に見せた。
白くシンプルな手紙の差出人の欄の近くに一行分程の文章があった。
『私シンは暫くの間皆の前に姿を現しません』
そして、一行分程の文章が書かれてあった封を代償してイレーヌが開けて、中からシンが残した手紙を出した。その手紙の内容はこうだった。
『色々世話になった事に感謝する。そして、強くなれ』
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
これだけだった。手紙の裏面も見るが何も書かれていなかった。本当にたったこれだけの内容だ。
そんな内容にこの場に居る全員は沈黙で答える。
そんな数秒程の沈黙を破ったのはロニーだった。
「しかし、何故突然ここから去ってしまったのでしょうか?」
シンがこんな形で別れるとは余程の事が起きたと見て間違いない。だが、どんな理由でここから立ち去ったのかは本人以外誰にも分からない。
こうなってくると本当の答えが分からず推測や憶測が生まれてくる。そして、その推測なのか憶測なのかが分からない事を口にしたのはリビオだった。
「一つ考えられるとすれば、何かから追われているのでは?」
最も答えに近いであろう事を口にするリビオ。だが、これではその「何か」が分からない。
すると面白い事に人はその「何か」について推測なのか憶測なのかが分からない事を口にする者が現れてくる。
その推測を最初に言った者はミミナだった。
「・・・アイトス帝国から追われるのを恐れてサッサと姿を消したという事?」
「うん」
小さく頷くリビオ。
「確かに相手が国家相手であればそうなってもおかしくはありませんが・・・」
シャーロットは少し含みのある言葉を口にする。
例えアイトス帝国を敵に回したとしてもエーデル公国とアスカ―ルラ王国の魔眼族が匿う事ができる。だが、シンはそれをしなかった。
(恐らくそれだけではないのでしょうね・・・)
シャーロットは今回の事件の功労を称えてシンに褒美を授けようと考えていた。だが、それはシンとの関係を結ぶ、最善であればシンをこの国に帰属させようと考えていた。もし、できなかったとしても、こちらが何か授ければ、褒美やお礼を貰った相手に敵に回る可能性が大きく減らせる事ができる。たまにお礼や褒美を貰ったとしても敵に回る者はいるが、王族であるシャーロットの目から見てそれは無いと判断した。根拠こそかなり漠然としたものだが、王族であれば自然と人を見る目が長けて来るようになる。今のシャーロットの目を信じればまずシンが敵に回る事は無いだろう。
(多分私、或いはエレオノール王子の考えに気が付いてこの場から去った、と考えた方がいいのでしょうね・・・)
そこまで考えに至ったシャーロットは不意にギアの方へ向いた。すると思わずニヤリと笑った。その様子を見たイレーヌは尋ねる。
「シャーロット女王?」
「何でもありませんわ」
「・・・・・・・・・」
シャーロットの口からは「何でもない」とは言いつつもクスクスと笑っている姿を見れば説得力はない。イレーヌはシャーロットの視線の先を見た。そこには静かに慌てふためいているギアの姿があった。
「・・・・・・・・・・・」
目が泳ぎ、滝の様に流れる冷や汗をかいているギア。そんな様子を見れば、誰でも明らかに何かに動揺している事が分かる。
(むぅぅぅ・・・。これをどうサクラに説明すれば良いのだ?)
シンが急にいなくなった事にギアは、サクラにどう説明をすればいいのかを必死に考えていた。急にシンがいなくなりました、では間違いなく「何故見張っていなかった!?」と地面を軽く抉る様な怒りの紫電の一撃がギアに直撃するだろう。そんな事を想像したギアはブルリと身震いする。
「どうすれば・・・一体どうすればよいのだ・・・!?」
ギアは頭に両手を抱えながらそう小さく呟いていた。
シャーロットはギアのその様子を見て考えているのはシャーロットやエレオノールだけでなくギア、或いはギアが所属している組織もシンを狙っていたのだろう。そんな分かりやすいギアの反応を見て思わず笑みを浮かべてしまったのだ。
ギアが狼狽えて、その様子を見て楽しむシャーロット達とは別にアスカ―ルラ王国の関係者達、エレオノールとリビオとミミナはこれからの事について話し込んでいた。
「シン殿がここから去ったのは残念ですが、今回の一件で帝国の国力は大きく落ちますね」
「そうだな、ギルドという大きな存在を失う訳だからな」
今回の一件によりギルドは帝国から完全に撤退する事になった。これにより帝国が衰退する大きな原因となった。
国からギルドが去るという事はモンスターに対処出来る存在がいなくなるという事だ。こうなればその国の軍事力を割いてそれぞれに当たらなければならなくなる。だがそうなれば当然、国の防衛力が落ちてしまう。
そうなれば国の軍事力も必然的に落ちるという事になる。
後にアイトス帝国が一気に衰退したのはこれが大きな原因となり、アイトス帝国の皇帝は愚王として後々語り継がれる事になる。
「私達としてはこの上ない好機なのですね・・・」
「ああ。それに今の私達にはそれがある」
エレオノールの視線の先はレミントンM870だった。今目の前にあるのはこの世界では見た事も無い杖の様な形をした何か。傍から見れば小さくてとても役には立ちそうにない杖。これを多く生産し戦争で勝てば自国を取り戻せる。
「これで我々の祖国を取り戻せる事ができるのか・・・」
にわかには信じられない。だがこれさえあれば今まで奪われていた物を全て取り戻す事ができる。
それを今手にしている。
これ程の好機はまたとない。魔眼族が国を取り戻す機会はこの時しかない・・・!
「「・・・・・・・・・・・・」」
ギュゥ…
何処か険しく厳しい顔をしたエレオノールとリビオとミミナがボストンバッグとレミントンM870をそれぞれ持っていた手に力が入り、次第に強い意志を持った顔つきになった。
(失敗は・・・!)
(許されない・・・!)
その熱く強い決意を胸に込めて先を見据えたエレオノールとリビオ、ミミナ。
そんな3人とは別にギルド関係者であるはグランツとマリーはジッと手紙を見つめて口を開く。
「それにしても随分綺麗な羊皮紙ですね」
どんなに白に近い羊皮紙でもどこか必ず独特の黄ばみや茶色い所がある。だが、今目の前にある手紙の白さは余りにも白すぎた。
「うむ・・・それに書かれた文字もやたら丁寧じゃのう・・・」
この世界にもフォントと言うものはある。だが、正確で綺麗な書体は見た事が無かった。
グランツの言葉に更に付け足す様に話すマリー。
「変わったインクですね」
「ふむ・・・版画にしては滲みが無く、文字の大きさや間隔が綺麗すぎるのぉ・・・」
そんな見た事も無い紙質やインクの質にマジマジと見ていたグランツとマリーに対しエリーは驚きながらその手紙を見ていた。
この世界においてあまりにも純白に近い程の紙と言うものはあまり存在していない。
また、同じ筆跡の文字を均一に書き記し、この手紙にあるインクも質から見て知らない物だった。
だが、エリーはその手紙の質の正体はすぐに分かった。
(これって・・・どう見ても印刷されたコピー用紙だよね・・・)
エリーは転生者だ。だから前の世界で使われた物等すぐに分かる。それは印刷用紙と印刷インクも例外ではなかった。
(という事は、パソコンと印刷機があるって事だよね・・・?)
文字が印刷された紙があるという事はパソコンと印刷があるという事になる。つまり、シンがまた何かしらの方法で作り、その手紙を用意した。
(あの印刷用紙はこの世界にとってどんなものかシン兄は知っているのかな?)
だが、エリーはその考えを振り払うかのように小さく首を横に振る。実際エリーの考えはほぼ当たっていた。シン自身もその事については気を付けるように心掛けていた。
(・・・でもシン兄の事だから知っているんだろうから大丈夫かな。それよりも・・・)
エリーはシンに対する大きな心配を小さくして皆の方へ振り向いた。
それぞれの組織の事を考えていた者達とは別に皆は寂しそうな顔をして手紙をジッと見ていた。
「ホントにいきなりだね・・・」
「うん・・・」
いきなりここから去った事により、心が大きな空洞が出来たかのような空虚感が滲み出る。それにより眉間に皺を寄せ、歯を強く食いしばり、寂しさと別れの言葉を言えなかった事に感情が込み上げてくる。
「「「・・・・・」」」
もしこの場にシンがいるのであれば「何故突然自分達から去っていったのか?」と問いただしたい気持ちでいっぱいだった。
けれども込み上げてくる感情のせいで言葉よりも先に涙の方が先だった。だが、その涙も必死にこらえていて結果として涙ぐませ、鼻をすすり、口を一文字に閉じていた。
ククとココに至っては涙が流れない様にこらえる事に必死になっていたせいで体が震えていた。
「・・・・・行くなら行くって言って欲しい」
そう小さく呟いたのはエリーだった。エリー自身も涙ぐませる事こそ無かったものの、気持ちは皆に負けない程に感情が込み上がり、眉間に皺を寄せ、両手に力が入っていた。
そんな雰囲気の中、ナーモは手紙の内容にある短い文章の内のある一つの文章に真剣な顔をしてじっと眺めていた。
『強くなれ』
そう書かれていた文章をナーモは数秒程見た後、静かに目を閉じた。
「・・・・・・・・・・」
また更に数秒程間を置いてから目を開けて徐に皆の方へ向いた。
「皆、強くなろう・・・」
「「「・・・?」」」
涙ぐんではいたが、強い意志を持った焔が付いた目で皆を見ていた。その目を見た皆は黙ってナーモの言葉に耳を傾ける。
「・・・俺達はシン兄がいないと何もできないのか?違うだろ?」
そんなナーモを見たエリーは力強く頷いた。
「私達は私達の方法で強くなる・・・!」
エリーの強い意志がこもった眼差しとその言葉によって、大きく見開いたシーナとニックは次第に顔つきが真剣な表情になり、力強く頷いた。
「そうね、いつ会えるか分からないけど、もう二度と会えない訳じゃないもんね」
「次会った時に俺達が強くなったところシン兄を驚かせて文句を言おう!」
4人の強い眼差しがこっちに向けられ、その言葉を聞いたククとココは涙で潤んだ目が輝いた目になり、大きく頷いた。
「「うん!」」
そんな様子を見たネネラは何か考え込むかのように黙って見ていた。
「・・・・・・・・・・・・・」
ネネラは昔の自分を思い出していた。極貧の生活から脱出する為にニニラと一緒にギルドに登録したあの日。よりよい依頼を受ける為に鍛錬の日々。
そんな事を思い出していると自分と皆が重なる。
(魔眼族から移っちゃったかな・・・)
目を穏やかに閉じ、困った様な笑顔を浮かべ、小さな溜息を吐いたネネラは皆の方へ近づいた。
「・・・私もできる限りの事はするわ」
「え・・・?」
快く皆が強くなる事へのサポートと鍛錬への惜しみなく力を貸す事にしたネネラ。その事にナーモは思わず聞き返す。
「覚悟しなさい」
厳しい顔つきを皆に向けてその言葉を皆に伝える。ナーモは聞き違いでは無かった事にネネラに感謝する。
「ネネラさん・・・!」
ネネラは不器用な笑顔を作り、大きく頷いた。
シンに対する恩義があるからというのもある。だが、一番の理由は昔の自分を重なり、ただ何となく助けたくなったというのが強い。
「じゃあ早速だけど、これからの事について話すから、よく聞いてね」
「「「はい!よろしくお願いします」」」
若干バラバラながらもキチンと挨拶して一礼をする皆。そんな皆を見てネネラはやりがいのあるものを見つけた様な感覚を覚えながら皆に説明を始める。
「まず、あなたは・・・」
ネネラがそう説明していた時、エリーは何気なく、本当に何気なく窓の外の方へ向いた。
「・・・・・」
エリーは窓の外を見て軽く溜息を付いてから静かにこう呟いた。
「またね・・・」




