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ASTRAL LEGEND  作者: 七瀬渚
第5章/未来のために
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1.約束〜Promise〜



挿絵(By みてみん)



倒れた二人の元へみんなが駆け寄り始めた。だけどみんな、触れる程近付こうとはしなかった。交わされる耳慣れない名とそれが孕む哀しい響きを感じ取ったからではないだろうか。


やがてアイツが立ち上がろうとした。あろうことか背中に手を回している。セレスもさすがに止めようとした。レグルスも思わず叫んだ。後ろ手に掴んだその矢を引き抜けば、間違いなく致死量に値するだけの血液が流れ出る…そんなのは誰が見たって明白だったからだ。



ギリギリのところで彼を繋いでいたであろうそれは無情にも抜き取られてしまった。彼にとってかけがけのない存在であるはずの彼女の目の前で。カッと脳天まで熱が上がった。ふざけんなよ、てめぇ!思わずそんなことを叫んだ気がする。



「治癒するのよ、早く!」


焦燥に顔を染めながらもあくまで冷静なセレスはシャウラにそんなことを言った。そんな彼女の横でマラカイトが弱々しくかぶりを振った。同じ組織に居た彼は知っているんだろうと思った。


…それは自分では治せない。再生を担った者に与えられた条件。今、他にそれができるとしたら…レグルスは視線を投げた。木陰に崩れている男に目を止めて息を詰まらせた。


所々、体液が染み出る程に焼け爛れたルシフェルはただ目だけ大きく開いて傷付いた息子を見ている。魔力の波長はこれっぽっちもなく、きっと立ち上がる力も残ってはいない。こんな風にしたのは、俺…大きさを増した実感にレグルスはギリギリと歯を食いしばる。



眩い光が目を突いたのはその後だ。寒気を覚える凄まじい波動はこの場全体に吹き付け木々さえ薙いだ。魔力。それも尋常じゃない規模の。それだけはわかった。



天へ伸びる闇色の翼。立て膝を着いたシルエットはキラキラと舞う光の粒…いや、細かな氷の欠片の中にあった。ダイヤモンドダストだ。やはり父親と同じ属性だったか。


朝露に濡れたコンクリートの地面が白く凍り、枯れ木に霜の花が咲いていく様は今まで見たどんな光景よりも美しく、そして恐ろしかった。



初めて目にする従兄弟の完全な姿にレグルスは呼吸すら忘れた。泣きすがるミラを惜しむように眺めた紫色がやがてこちらを向いた。凄まじい冷気を放ちながら歩み寄って来るシャウラ。懐かしく優しい目がすぐ傍へ、そしてこの耳元へ顔を寄せた彼は…



レグルスは目を見開いた。見失いかけていた使命を、今、彼が思い出させたのだ。



✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎



次々と起こる変化にもはやその場の誰もが着いていけないといった様子だった。皆、寒さに震える身体を近くの者と寄せ合っていく。セレスとマラカイトも、また。



「カイト…これは…?」


「氷属性の魔力だ。多分、若の潜在的な…」


共に信じられない、といった顔をしていた。



強大な魔力が解き放たれたからか、氷点下の冷気で身体の劣化が遅まったからか、傷付いた身体をものともしないようなすらりとした姿勢のシャウラがレグルスへと近付く。耳元へ顔を寄せ、何か囁いている。レグルスの表情も一変した。



「みんな…スピカ様が…!」


こちらではクー・シーが声を上げた。彼と数人の兵士たちに付き添われてフラフラとした足取りで歩いてくる彼女の姿に振り返ったセレスたちが目を止めた。


震えるエメラルド色の瞳は澄んでいる。ミンタカの死をもって洗脳が解けたのだろう。だけど未だに茨を纏っているスピカが皆の傍へ辿り着いた。泣きそうな顔をした彼女は言った。



「ごめんなさい、みんな。私がこんなことにならなければ…」


ごめんなさい…と何度も繰り返す彼女の手を取ったセレスが、あなたのせいじゃない、と言い聞かせる。しかしスピカはうつむきかぶりを振る。


「全部、聞こえていました」


酷く思いつめた様子の彼女が言う。



「この呪いが解けたら、今度は私がこの世界の脅威となるのですね…?」



視線を落としたままの彼女の目が恐怖の色に染まり淀んでいく。セレスの手の感触すらわからないかのように。


スピカは不意に顔を上げた。そこにいつもの品の良い余裕は微塵も残っていなかった。対するセレスの表情が、凍り付いた。



「私はアストラル王室の姫です。この世界を滅ぼすなんて許されません…」



今のうちにどうか、私を…!



「スピカ様ッ!!」



クー・シーが悲鳴のような声を上げて彼女に飛び付いた。嫌だ、嫌だ、と首を振り続ける彼は言う。


「もう誰も死んでほしくないんだ!そんなこと言わないでよ、一緒に居てよ!」


続く幼い泣き声の中、セレスは自身の手元を見つめていた。彼女はしばらくして、口を開いた。



ーー駄目よ。



ぽつりと落ちた響きに顔を上げたスピカ。それを確かめたセレスは斜め後ろへ視線を投げる。そして言う。



「そんなの、レグルスが許す訳ないわ」



シャウラと並んでこちら側を見ている遠い彼の姿。白っぽい景色に映えるその赤の瞳は今、真っ直ぐスピカへと向いている。迷いが吹っ切れたみたいに、力強く。


シャウラに何を言われたのか、この場にいる皆が知ることはできなかった。だけどセレスの表情は確信めいた形を作っていた。自信を感じさせる落ち着いた声で、彼女は言った。



ーー私たちもね。



付け足す言葉と共にスピカへ向き直った。ボロボロと涙を溢れされるスピカのその手をセレスは更に強く握り締めた。彼女は微笑んでいた。



「私にも出来たんだもの…仲間がいれば、きっと」



信じる力は大きい。


レグルスが教えてくれた言葉よ。



そこまで聞いたスピカが泣き叫びながらセレスにすがり付いた。セレスもしっかりと受け止めた。




遠い位置から、ザッ、と擦れる音がした。翼を持つよく似た後ろ姿が歩き出していた。


「待って、そんなことしたら…」


か細い声が鳴いた。ミラからだった。セレスが近付き震えるその肩に手を添えるも、彼女は地を這いつくばり、前に進もうと身をよじる。ついにセレスは後ろから抱き締めた。更に高い悲鳴が上がった。



シャウラが死んじゃう…!!



一層激しくもがくミラにセレスは顔までうずめながら必死に押さえ付けている。マラカイトが更に上から被さって圧力を与える。


「僕、やっぱりアイツ嫌いだよ…!」


クー・シーはしゃくり上げながら言う。こちらはスピカが受け止める。


「レグルス…シャウラ様…っ」


彼女もまた唇を噛んで声を押し殺している。白い息が途切れ途切れにこぼれていく。



ついにくしゃっと顔をしかめたセレスは


「ミラ…」


裏返り、ままならない声のままで言った。



「彼はきっと約束を守るわ」



彼女の腕の中のミラが身体を丸め、小刻みに震え、嗚咽を漏らした。セレスは再び顔を上げた。


若き二人の魔族。破壊と再生。



その後ろ姿を見送る青の双眼はダイヤモンドダストの煌めきを受けて、一層強く、光った。



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