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ASTRAL LEGEND  作者: 七瀬渚
第3章/魂たちの傷痕
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17.願い〜Wish〜



厳かな門のこちら側まで闇の群れは広がっていた。表に出たレグルスたちも王宮をバックに向かい合う軍の中へと加わった。両者共にざっと100人前後といったところか。



「王宮軍に告ぐ!我らルナティック・ヘブンは始めに女帝・セレスタイトの引き渡しを求める!」



年配じみた太い声に指名されたセレスの横顔は静かなものだった。まるでわかっていたかのように凛とぶれずにいる。ただ一点を除いては。


満月の逆光に照らされた黒服たちとの距離はまだ遠く、ましてや一人一人の顔を伺い知ることなどとてもできない。そちらを見つめる彼女の瞳は指名されるずっと前から落ち着きなく動き続けている。おそらくはある一人の姿を求めてだろう、とレグルスは確信を募させていく。



「セレス」



不安定な彼女の意識を呼び戻すべく、レグルスは隣から囁いた。ゆっくりこちらを向いたところで首を横に振って抑止を示した。迷っている様子の彼女の反応を待った。


やがて小さな頷きを捉えた。思わず安堵の息を漏らしたレグルスは先方が求める彼女の代わりに前を見据えた。


「勝手に人様の敷地に土足で踏み込むような無礼者共の要求など、誰が聞くと思うかッ!!」


挑発的に言ってやると群れの先頭か枯れた笑い声が上がる。レグルスが強く睨み付ける頃、同じ声が低く言う。


「若き婿殿は交渉の仕方も知らぬようだな!このような青二才にアストラルの未来を託そうとは世も末だ」


年配者の声の後からクックッと沸いてくる前方数人の笑い声が不快感を煽った。しばらく続いていた。


ひとしきり笑終えた黒服たちもやがて静まった。訪れた沈黙はただでさえ冷たい空気を更に凝縮させていく。嵐の前の静けさ、そんな言葉を思い起こさせるくらい。



そして。



「どうやら婿殿は実力行使以外認める気はないらしい」


「…望むところだ!」



レグルスの返答を皮切りにどちらからともなく駆け出す銀と黒の二つの群れ。地鳴りのように沸く雄叫びに一瞬ひるんだようだったセレスも意を決したように流れに乗った。



セレス。


自分を見失うな。



確かに迫ってくる前方の群れ、横に感じる彼女の気配にレグルスは念じていた。届いた、だろうか?どうか…



すぐ目の前で飛び上がった五人程の黒服を腕に纏った炎で薙いでいく。三人は倒れ、あとの二人は彼女の方へ…



『……っ!?』



水の球体が宙を舞った。その中に囲われた二人を確認するなりレグルスはすかさずそれをはるか先へ吹き飛ばした。その後も同じことが続いた。次から次へひっきりなしにやってくる敵を彼女が封じてそれを飛ばす連携プレー。息は合っている、まさにトレーニングの成果だった。


だけどそう長くは続かない。これが可能なのはほんの序盤のみだとすでに想定済みだった。次第に苦しく、追いつかなくなってくる。レグルスはいよいよ声を張り上げる。



「セレス、本気出せよ!」


「ええ…!」



たった一言ずつのやり取りを合図に二手に分かれるレグルスとセレス。ここから先はもう、信じるしかない。



ーー過去の過ちは、繰り返したくない…ーー



敵を薙ぎ倒す差中、彼女の声が脳裏に響いた。トレーニングの合間に何度か告げられた言葉。



ーー私は動きを封じるわ。抑え付けてみせる。命を奪わずにーー



それは哀しい声色でありながらはっきりと強く、伝わってきた。そんな綺麗事、そうあしらおうとする度に彼女は歯向かった。曲げなかった。何度も何度もぶつかって、いつしか認めたんだ。彼女に言ったんだ。



アンタがそうしたいなら。



俺はそうはいかないが…皆まで言わなくても察してくれたようだ。


破壊を司る俺は必要とあらば壊すだろう。だけどセレス、アンタにそれを求めはしない。俺は俺の、アンタはアンタの目的の為に…




バリバリ…!



遠くで響く引き裂くような音。その正体ならわかっていた。これこそ彼女の“本気”、ちゃんと理解してくれていたか、と安堵の息がこぼれる。


横目でそちらを伺う。すでに何人かの敵が息はあるものの、地面に伏して痙攣している。水を操るセレスの新技、滝を起こしてその中に天から拾った電流を流すものだ。これならしばらくは持つか、そう思っていたとき。



一人、そちらへ向かって行った姿。


魔族…




「セレス…ッ!!」



一瞬にして血の気が引いた。とっさに鋭い声を張った。


魔族だからこそわかる。彼女のすぐ上へ舞い上がった男の持つ魔力は、氷属性。こいつに対抗するにはまず水の妖力を解かなければ足元から氷付けにされて捕らえられる。滝を作らずに上空から雷を落とす?いや駄目だ。それでは時間が足りないどころかバリアを作るタイミングさえない為に彼女自身も巻き添えだ。



助けなければ…!なのにこちらはこちらですでに10はいようかという相手が執拗に絡み付いてくる。これまでだと言うのか?ここまできて…



セレス…!!



レグルスは夢中でもがいていた。そのとき照らされた。眩い光、そしてゴォ、と唸りながら吹き付けた熱風。



クー・シー…!!



その名を呼んだのはセレスだった。彼女の前に立ちはだかったクー・シーが口から凄まじい炎を吐いている。周辺を囲んでいた数人が次々と地面に身体を打ち付けてはのたうち回る。小さな身体にもちゃんと秘められている、これぞ偉大なる竜魔族の力。


「でかしたぞ、クー・シー!!」


思わず歓喜の声を上げた。勢い付いたレグルスも一気に目前の敵を払っていく。だいぶ開けた視界、減った敵。彼女の方は…



「クー・シー…何で…?」


驚きに目を見開いて立ちすくんでいる。そこへ振り返る小さな彼が汗にまみれた顔で微笑んで。



「だって、仲間じゃん」


「クー・シー…」



はらはらと雫をこぼすセレスはついに両手で顔を覆った。無防備だな、俺にフォローさせる気か?レグルスは一人苦笑した。


だけど本来冷静な彼女のこと、いつまでもそうしている訳にはいかないことなどわかっているだろう。そして予想は間もなく当たった。地を踏み鳴らし雄叫びを上げ、向かい来る新たな敵陣をセレスとクー・シーは揃って睨み上げた。



「せっかく仲直りしてるときに…!」


「邪魔しないでよねッ!!」



そうだ、感動の差中に水を刺すなど…って、おっと、こっちにも来る。レグルスは我に返って身構える。そして向こう側でふわりと浮かび上がった二人が。



ーー泡沫うたかた!!ーー



タイルで固められたはずの地面が突如泡立ちながらぬかるんで走る敵陣が足をとられる。そこへクー・シーの放つ炎が容赦なく降り注いで地面で悲鳴が上がった。こっちが手を出す間もない展開…どころかそれ以上の自体を目の前にレグルスは構えの姿勢のまま呆然と立ち尽くした。



「おい、アンタら…こっちの兵まで巻き込むなよ!?」


降りてくる二人もやっと気付いたようだ。熱を振り払わんと足をばたつかせている鎧姿の隊員が数人。クー・シーは口に手を当て、あちゃぁ、と呟き、セレスは手のひらを合わせて反省を意を示す。やれやれだ。



派手にやってくれた仲間二人を苦笑して見た後は辺りに視線を走らせた。こちら側でも怪我人は出ているものの、見たところ敵陣の方がはるかにダメージが大きいと見える。もつ半分程がこちらの攻撃によって衰弱し、残りの半分は煙立つはるか向こう側に佇んで、向かってくる気配はない。


ここらで両者共に作戦会議、仕切り直しと言ったところかという雰囲気が漂っているように思えた。そのとき、気付いた。



立ち込める煙の中で、一瞬ちらついた、鈍い光。



……!



「クー・シー…!!」



同じように気付いたのであろう彼女が声を上げた。だけどもう遅かった。


息つく間もなく銀の鎖に絡め取られたクー・シーの身体が煙の中へ引きずり込まれていく。レグルスもセレスもとっさに後を追って煙に突っ込む。薄れていくクー・シーの姿と、見覚えのある形状の、鎖。



……っ!



「レグルス!?」



彼女がまた声を上げた。だけどやはり時すでに遅し。


焦燥のままにレグルスは見下ろした。足首を締め付ける痛み。タイルを突き破って伸びた緑のつるに掴まれたのだと気付いた。しかもそれはまだまだ伸びてくる。脚を伝って腰、胴、腕へと這い上がってくるそれに対抗するべく全身から炎を滾らせるが、次から次へと新しく沸いてくる魔の手がまた執拗に絡み付いてきりがない。


「くそっ…!何なんだよ、コレは!」


苛立ちを覚えつつ前方を見た。煙の中にかすかに見える、鎖に絡まれ苦しそうに倒れ伏しているクー・シーの姿。それから動けない身体で視線だけを動かしていく。側にいるはずのもう一人を探して。



見つけた。彼女はいた。



だけど…




「カイト…!!」




予想はしていた。あの鎖を目にしたときから、恐れていた。そんな自体が今、すぐ近くで。


煙の中から現れた色鮮やかな妖精の男。見つめる彼女の唇は震えている。セレス…!呼んでももう、とどかない。



「こっちへ来てもらうぜ、セレスタイト。お前の返答次第でこいつらの運命は…変わる」



「………」




まるで命を弄ぶかのように薄ら笑いを浮かべる男。かつての妖精騎士、マラカイト。


セレスは視線を落としている。その先にいるのは地に伏せたクー・シー。こちらからでも見える。引きずられたせいなのかクー・シーの柔らかな頬は擦り剥けて血が滲み、苦痛に歪んだ顔は涙で濡れている。


しばらく見入っていた彼女の顔はやがて弱々しい動きでこちらを向いた。俺に何と言ってほしいのだろう。察しならつく、だけど…



「駄目だ、セレス」



認める訳にはいかない。レグルスは首を横に振った。もはや懇願するような声で、彼女に。


「俺が大人しくやられる訳がないだろう。クー・シーにも手を出させない。だから…っ!」



言い終わる前に刺すような殺気を感じた。すでにこちらを睨んでいる、ギラついた黄の双眼。はっ、と息を飲む音はセレスの方から。



「てめぇは黙ってろよ!!」



ギリギリッと締め上げられる勢いによもや内臓が潰れたのではないかとさえ思った。全身に及ぶ激しい痛み、そして詰まる喉元からはたまらず高い呻きが上がった。


「レグルス…!!」


悲壮に満ちたセレスの声。かぶりを振っているのが視界の端に。遠のきそうな意識の中でレグルスは訴える。




そんな顔をするな、大丈夫だ、これくらい。


だから、頼むから…っ




ーーカイト。




彼女の声が呼んだのは求め続けていた、愛しい名。




「お願い、もうやめて……わかったから」



「セレス…ッ!!」



必死に絞り出した声で呼んだ。動かない手を伸ばそうとした。届かない、届きはしないとわかっていても、この声くらいはと、願っていたのに。




「私は…あなたの傍を離れないわ」



…カイト。




彼女の声は虚しく脳内で反響した。もう声をにさえならない。それでも繰り返してしまう。




大切なアンタをこんな形でなんて、渡せない。


止めさせろよ、こっちを見ろよ…





セレス…!!



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