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ASTRAL LEGEND  作者: 七瀬渚
第3章/魂たちの傷痕
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7.宿命〜Fate〜



この世に生まれて落ちた日から共に生きてきた二人。瞳の色が違うだけ、彼とそっくりな弟が司るのは【破壊】だった。


まるで鮮血に染まったような瞳を持つその弟は口数少なく内気だった。重過ぎる宿命を呪うみたいな淀んだ目を間近で見ていた幼い兄は度々彼へ言った。優しく。



ーーその力は必要なものなんだ。恥じることはないーー


ーーお前が壊れてしまわないように俺が守るよ。【再生】を担った、俺が…ーー



いつか父から聞いた言葉を真似て、幾度も幾度も繰り返していた。何処か自分に酔った満足気なものさえその顔に浮かんでいた。



遠い記憶を取り戻す、あのときまでは。



ーー何のつもりだ、リゲル…!ーー



何年もの時を経て、すっかり強く勇ましく育った弟。その身体を捕らえた茨魔術は、本来弱った身体にエネルギーを送り込み再生を目的とする為の力だった。紫の瞳を従えた兄、彼はそれを逆に利用することを考え付き、ついに実行してしまったのだ。


衝撃的な記憶を取り戻して以来、喉から手が出る程に求めていた弟の能力を得ることができれば世界の革新へと更に近付くことができる、と。



ーーその力はお前が持つべきではないのだよ…シリウスーー



破壊する勇気もなく、ただ目先の平穏に満足しているだけのお前になど…と言いながら容赦なく締め上げ、ありったけの魔力を茨を通して吸い取った。


凄まじく流れ込む自分とは異質の魔力を受けてなのか、兄は激しくもがきうずくまった。息絶えた弟を目の前に止まらない武者震いに耐えた。


それから強く拳を握り締めた。やっと手に入れた力、決して手放しはしないとでも言うように。


やがて小刻みに揺れる二つの紫、その片側が色を変え始めた。たった今亡き者となった弟をかつて苦しめた鮮血の赤へと。


もう一つの色を得た兄は呼吸を乱し、ある方を見つめていた。気を失った息子を抱きかかえ、周囲に守られながら去って行く女性の後ろ姿。



ーー手に入れるよ、必ず…そして、壊してやるーー



かすれた声が言っていた。震えながら伸びた指先が遠ざかる女性の腕の中、もう一つの【破壊】を指し示していた。虚ろな目の彼は言った。



ーーパズルのピースは、まだ揃っていないのだからーー





「ルシフェル様!アストラル王室に関するご報告が…!」


その呼びかけに彼が顔を上げた。我に返った様子でああ、と答えて立ち上がる。


報告に訪れた青年と共に隠れるように部屋の隅へ移動していくルシフェル。その姿をシャウラがちら、と盗み見る。明らかに緊張の走った顔。目の前で交わされた会話の何処に反応したのかは言うまでもない。


ルシフェルが振り返ると、ふい、と目を背けて元の作業に戻ってしまう。相変わらずの無表情で淡々と報告書の整理を進める息子の姿を名残惜しげに眺めた父はまた元の方へ向き直った。


管理部の報告業務はひととおり終わったばかり。もうここには用はないから自室で話そう、と青年の部下を促す。受けた報告をどの範囲まで共有するか、それは内容によって判断しなければならない。トップに立つ者として自然な判断とも言えよう。



自室に場所を移したルシフェルは懸命な部下の報告に黙って耳を傾けていた。心ここに在らずとも受け取れる何処か虚ろな目のまま、そうかい、といつもの柔らかい口調で返した。



「早いうちに手を打っておくれ。期待しているよ」


「はっ!」



シャン、と背筋を伸ばした部下が一礼したのを見届けると彼に退室を促した。ドアの閉じる音が無機質に響く。触れずともわかる冷たいコンクリートに囲まれた部屋の中、ルシフェルは一人視線を落とした。


血の気のない蝋のような自身の手のひらを眺め、細く呟いていく。



ーーまだ、足りないものがある。それをこれから手に入れる。


与えられし宿命が望まぬものならば変えてしまえばいい。


思うがままに、自分のやり方で利用し尽くしてやれば……



ニヤ、と片側の口角が上がる。それがすぐに違う形へと歪んだ。



……っ!!



心臓を辺りを掴んでうずくまるルシフェル。その息は喘ぎを伴い、浅く、短くなっていく。


怯えたように何処かを見上げる彼の元へ一つの声が語りかける。



ーー君が【破壊】に染まっても、まだ【再生】が残っているよーー



「シリ…ウス…!」



苦しみ悶えつつやっとその名を口にする。低く落ち着き払ったような語りかけはなおも続いていく。



ーーまだ間に合うよ、リゲル。俺たちがそれぞれに残した【破壊】と【再生】が未来を創ってくれる。ーー


ーーお前はもう身を引くんだ…本当は、わかっているのだろう?ーー




「黙れ…っ!!」


唸りのようなルシフェルの荒々しい声が上がった。フラフラともつれる足取り。きっと無意識に振り回したのであろう腕がデスクの上の書類を薙ぎ払う。


「俺はもう…リゲルではないッ…!!」


ハァ、ハァ、と息を切らし続ける差中で叫ぶ。酸欠状態といったところか、額を押さえ虚ろな目で辺りを彷徨う。


ついに衝突した本棚、そこへ彼はすがるみたくしがみ付いた。振動で何冊かの本が落ちた。バサバサッ、という音の中にひときわ鋭い破壊音が混じった。聞き逃しようもないそれにルシフェルは揺れる目を見開いた。


彼が見下ろした先にはガラス片にまみれた二つの写真立て。上に重なった一つの中で照れたようなはにかみ笑いを浮かべている、少年。



シャウラ…



吐息のようにその名を呼ぶ。今もなお傍にいる、大きく成長した彼はもうずっとこんな顔をしてはいない。薄く寂しげに笑ったルシフェルが小さく収まったそこへ語りかけていく。




知っているよ。お前の記憶を封じてしまったのは…俺なのかも知れないって。


だけど目覚めてほしい。立ち上がってほしいんだ。


俺からお前へ確かに受け継がれた【再生】の力…それだけでは駄目なんだ。それだけを持ち続ける限りお前は何度でも自分を投げ出すんだろう?それしか手段が見つからないからと、誰かの代わりに自ら傷付いていくんだろう?


思い出せ。本当のお前は誰よりも強い。この世を永遠トワ未来ミライへと導く希望…


もう自己犠牲になど走らせはしない。もう二度と…


あんな、ことには……




決して届かない遠い日の息子へと、震えるルシフェルの手が伸びていく。触れる寸前で砕けたガラスの破片が鋭く無情にその指先を突いた。


ポタ、ポタ、と写真の上に落ちる赤。ルシフェルは顔を伏せた。獣のように唸って、叫んだ。



破壊と再生…シャウラと奴が手を組む、だと?冗談じゃない。笑わせるな。


全てを滅茶苦茶にした元凶、同じ一族で繋がったことさえ呪いたいくらいだというのに…


こんな、馬鹿げたこと…!!



「ルシフェル様…!」


突如、開け放たれたドアから一人の声が響いた。それすら気付かないように身を屈めているルシフェル。激しく息を切らす彼の肩を駆け付けたばかりのミンタカが支えた。


「心配…ない、よ。いつもの…発…作…」


「どうか喋らないで下さい、ルシフェル様」


青ざめ切れ切れな言葉を紡ぐルシフェルをミンタカが制止する。大丈夫、大丈夫ですよ、と寄り添う深い声色に安心感を覚えたのだろうか、ルシフェルの全身から滾っていた殺気が徐々に静まっていく。



ご安心下さい…



いくらか穏やかな顔になった腕の中の彼へミンタカは言った。優しい、囁きのような声で。


「何があっても私が傍におります。何処にも行きませんよ。いつまでもあなた様と共に…」


脂汗まみれの顔の中、赤と紫の瞳がゆらりと彼を見上げた。優しい笑みを捉えた双眼はやがてゆっくり閉じていく。目尻をうっすらと湿らせたルシフェルは包む胸の中へ子どものように頭をもたげた。安らかな息遣いになっていた。



✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎



夜、軽く叩く二度の音にセレスは振り向いた。ぱた、と閉じた読みかけの本を置いてドアを開くと、フサフサとした若草色がなだれ込むような勢いで間近に迫った。


「クー・シー!どうしたの?こんな遅くに…」


心細げに見上げる顔から下へと視線と落としていく。両腕にしっかりと抱きかかえられた枕の存在に気付く。明らかに一緒に寝る気満々…甘くくすぐられる母性を何とか内側へ抑えながらセレスは入って、と彼を促した。


「眠れないの?」


そう尋ねてあげるとクー・シーが小さく頷く。ちんまりと縮こまる彼と並んでベッドに腰掛けた。このまま待っていようと思った。沈黙を守り続けられる性格ではないと知っているつもりだったからだ。



…ねぇ、セレス。



予想通り流れてきた彼の声に少し安堵して息をこぼす。柔らかく作った笑顔を隣へ向けて話しやすいであろう雰囲気を演出してみた。


一度、上目遣いで見上げたクー・シーはまた気まずそうに下を向いた。遠慮がちに伝う雨だれみたいに彼はこぼした。



「僕…メイサに悪いことしちゃった」



全く想像がつかない訳ではなかった。それでも小さな身体にくすぶっているものを引き出すべく、あえて何故?と返してみる。



だって…



クー・シーの顔が見上げた。不安に駆られたようなそこからせきを切ったような勢いが返ってきた。


「知らなかったんだもん!メイサの弟が死んじゃったかもしれないなんて…だから僕、メイサが休んだことをずるいだなんて…!」


「知らなかったのなら…仕方ないじゃない」



優しくなだめようとセレスは試みる。反してクー・シーはぎゅっと唇を噛み締めてまたうつむいてしまう。そして彼は問う。



「でもミラちゃんは知ってたよ?セレスも…知ってたの?」



傷付き震える朱色の双眼を前に胸が不快に脈打った。それでもあくまで落ち着いた姿勢を努めて、答える。


「私も最初は知らなかったわ。あの日レグルスに呼び出された後、初めて聞いたの。ごめんなさい、隠すつもりはなかったのだけど…」


せめてものフォローのつもりだった。しかしうつむきがちのクー・シーの唇は鋭利な形へと尖っていく。拗ねているのがありありとわかる。


「セレスはいいけど、さ…何でみんな言ってくれないんだよ。いつもそうだ、僕だって仲間なのに…」


「メイサはクー・シーに心配かけたくなかったのよ。きっとあなたの笑顔が好きだから笑っていてほしいんだわ」


成長過程の心と身体では耐え切れない心細さが伝わってくる。慰めてみるもまだ煮え切らないような暗い表情を前にまた胸が締め上げられていく。



「ミラちゃんもだよ。一番歳が近いのに僕を頼ってくれないんだ」



それは違うんだな…そう思って困惑した。だけど言う訳にはいかなかった。ミラはミラで守らなければならないものがあるともう知っているのだから。


どうしたら秘密を守ったままこの子の不安を取り除けるのだろうと思考を巡らせていた。そのときだった。



ーー僕、アイツ嫌いだ。



ぽつりとこぼれた一言。さすがに察しがつかず、え?と聞き返したところでクー・シーが顔を上げた。憤りに支配された荒い口調が上がった。


「シャウラだよ。だってミラちゃんを泣かせたんだ…!アイツの為に死にかけたことまで…何で、何で戦わないんだ。レグルスさんみたいに…!」


「クー・シー…」


かける言葉に迷ってしまうその差中、ああ、と胸の内で呟いた。


この子はこんなにもミラの事を想っている。だけど彼が憎むその人もきっと違った形で、と。


「…ミラを関わらせない為だと思うわ。それにあの人にとってルシフェルは…」


「わかってるけどさぁ!!」


苛立った声を張り上げるクー・シー。わかってるけど…ためらうように彼はもう一度繰り返す。それからまた言う。


「それでも敵になるなんて…許せないよ。僕はアイツ、信用できない。何か怪しいと思うんだ」


ここに来てまた胸の奥が不快な音を立てた。セレスの表情はおのずと強張っていった。見上げる目は真っ直ぐで、聞いて、信じて、セレスだけは…とでも訴えているかのよう。



ねぇ、セレス…



助けを求めるみたいな顔をした彼が服の裾へすがりながら言う。


「僕は…意地悪なのかな?ミラちゃんが会いたがっている人を疑うなんて…」


呆れられることを恐れたのか、その声が弱々しくしぼんでいく。ううん、とセレスはかぶりを振った。何とか微笑みを取り戻してみせた。


「今はそれでもいいと思うの、クー・シー…」


すがる彼の頭を撫でて言った。


「私はシャウラのことをよく知らないわ。ミラのお兄さんでレグルスの従兄弟ということくらいしか。実際何を考えているのかだってわからない。私も同じようなものなの」


人なんてそんなもの。人間も妖精も魔族だってきっとそう。全部が全部さらけ出せる訳じゃない。自分でも気付かぬうちに色眼鏡をかけてしまっているから信じるべきものを見誤るときだってある。


知ってはいるけれどそこまではまだ言ってはいけないと思った。今クー・シーが必要としているものはそんな理屈などではない、と。


「大丈夫よ。クー・シーはレグルスからも信頼されているじゃない。シャウラが何者だろうが、あなたが強くなってミラを守ってあげればいいのよ」


「セレス…」


次第に目を潤ませていくクー・シーをしっかり見据えて言った。



「そうしているうちにメイサだってきっと元気になるわ。みんなあなたの笑顔が大好きなんだから」



突如ずっしりのしかかった重みにセレスは小さく息を飲んだ。硬い角が頬にゴリゴリと当たって少し痛い。それを避けるように顔を上へそらすと今度はツンツンした髪が顎をくすぐってくる。


腰にがっしりとしがみ付き、時折鼻をすすり上げるクー・シーを見下ろして苦笑した。やがてくぐもった声が聞こえてきた。



「セレスは隠し事、しないでね…?」


「…ええ」


「僕、セレスのこともちゃんと守るからさ」


「ありがとう、クー・シー」



子どもらしく涙しながらもあくまで自分の理想とする男でいようと自らを奮い立たせているのが伝わる。いつだって一生懸命で澄み切っている。そんな姿が愛おしくてたまらず草原のような髪に自らの額を埋めて目を閉じた。清涼感のあるシャンプーの香りがした。




ーーおそらくもう日付が変わった頃。泣き疲れて眠ってしまった少年をしっかりと胸に抱き締めていた。


近頃、暖かくなり始めていた空気が今夜は逆戻りしたみたいに冷たい。フィジカルの日本とさほど変わらない風土であるこの場所。三寒四温なのだから何の不思議もないはずなのに、今はまるで白々しい偽善を責められているように感じてしまう。



ーーセレスは隠し事、しないでね…?ーー



さっき聞いたばかりの切なげな声色が蘇る。


…すでに隠している、なんて言えない。



「ごめんね」



安らかな寝息を放つ小さな頭へそっと呟いた。うごめく胸の痛みは癒えない。ましてや眠りに落ちるなどまだ先になりそうだった。



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