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ASTRAL LEGEND  作者: 七瀬渚
第2章/秘密と罪
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9.波紋〜Ripple〜



ーー夜、まだ慣れない二階の部屋の中。


バタン!と荒々しい音が冷えた空気に響き渡る。閉じた本を投げ出すように傍らに置いた。どうしようもない程苛立っていた。


痛い。内容なんてとてもじゃないけど頭に入ってこない。


頭を抱えた伊津美は前かがみになって深い息を吐き出した。どんな体勢をとったって意味のないことはわかっていたが。


朝から鈍く居座り続けた不快感。重くのしかかるような頭の痛み。


日中はそれ程気にすることもなかった。時折波があるもののミラやクー・シーと話していれば紛らわせる程度のものだった。しかしそれは確実に大きさを変え始めていた。


日が暮れるに連れて前頭葉に感じる重さは悪化し、夜8時を迎えた今、もはや鈍痛とはいえないレベルの痛みになっている。


休めば何とかなるかと横になってみても駄目、そんな簡単に寝付ける訳もないかと改めて本を開いてみるも駄目。

やることが限られているというのもあるが、何をやっても痛みが遠のく気配はない。メイサを呼ぼうかとも考えたが、人と話すことさえ煩わしいというのが正直なところだ。


こうなったら次に思い付くことは一つしかない。自分にとっての最終手段。

伊津美はのそのそと気だるい動きでベッドから降り立った。室内靴を履いて部屋を後にした。



向かったのは大浴場だった。この場所で浴室といったらここしか知らないがこの際何でもよかった。


頭が痛いとき、風呂に入ることで痛みが和らいだ経験が伊津美には何度かあった。もちろん時と場合によるし必ずしも正解とは言い難い、むしろ荒治療とも言える行為だろう。

単なる気休め、気分転換、それも承知の上での行動だった。


女風呂の前へ着いて戸に手をかけたとき、すぐ側でガララと音が立った。



伊津美さん?



そちらを見ると同時に今度は幼い声が呼んだ。


ちょうど男風呂から出てきたクー・シーが目を丸くして見ている。まともに乾かされてもいない若草色の髪は夜露に満たされたみたいに濃く染まっている。コシのある硬い質感のそれは濡れてなおぴんと立ち上がり、先端に丸い雫をいくつものっけていた。


「またお風呂に入るの?さっきミラちゃんと一緒に入ってたよね?」


くりくりとした円らな瞳が不思議そうに傾ぐ。伊津美は薄く笑って答えた。


「女の子はお風呂が好きなのよ。」


何を言っているのかと自分でも突っ込みたくなる。しかし微笑んだ先からはそっかぁ!と納得の声が返ってくる。


「伊津美さんはキレイ好きなんだね!」


何も疑っていない様子のクー・シー。一度風呂に入ったわずか二時間後にまた入るなど、もはや潔癖の域なのに…と可笑しくなった。改めて思った。


クー・シーは本当に単純、そして眩しい程に純粋であると。一度心を開いた相手には疑うということをまるでしないようだとわかる。

ただ子どもだからという理由では片付かない。きっと彼の持って生まれた性格故のものなのだろう。そしてそれは時として締め付ける痛みを与えてくるのだ。


疼くものから逃げ出したい、そんな感覚が伊津美の中に生まれる。

おやすみ、彼にそう言い残して再び目前の戸を開こうとした。そのときだった。


ぐっ、と腰のあたりを引かれた。伊津美は振り返ってそこを見た。

幼い彼の獣のような緑の両手がセーターの裾を掴んでいる。


「クー・シー?」


呼びかけると伏せていたその顔が真っ直ぐこちらへ向いた。切なげな視線が絡み付いた。心臓が跳ね上がった。



「ねぇ、伊津美さんはレグルスさんのこと…嫌い?」


……!



その言葉に内側が更にドクンと音を立てて反応する。

信頼する者へ向けられる他者の視線、それはやはり否が応でも意識してしまうものなのか。見つめ上げる瞳の悲しそうな色。伊津美は反射的に目をそらしてしまう。


「何で嫌いなの?」


彼は言う。反射的な仕草を前にした為か疑問はすでに確信へと変わってしまったようだ。

答えることのできない伊津美に彼は更にすがるようにして問う。


「もしかして怖いの?フィジカルでいい伝えられてる【悪魔】に似てるから?」


伊津美はわずかに目を見開いた。

ヒントを与えられた気がした。ちょうど良い言い訳の。


「うん…そうかも知れない。」


「そっかぁ、やっぱり…。レグルスさん前に言ってたんだ。フィジカルで知られている悪魔の姿は俺にそっくりだって。」


裾を握っていた手が離れる。伊津美の表情は静かなものになっていた。



骨組みに闇を纏ったような翼、血の気のない顔色、尖った耳に赤い瞳…


確かに【悪魔】と題を出されたとき、人々はこんな姿を描くかも知れない。いつだったかは覚えていないが小説や漫画で見たような気もするし、彼を前にしたときの率直な感想がまさにそれだった。


だからこそ便乗した。


まだ自身ですら把握できていない真実をカムフラージュする為に。少なくともそれだけが彼を避ける理由ではないとわかっていながら。


しかし今はそうするしかなかった。言葉にもできないような理由でこの少年の尊敬する人物を否定する訳にはいかない。ごめんね、そう胸の内で詫びるだけ。


でもね、とクー・シーが切り出した。変わらず澄んだ目が見上げていた。


「レグルスさんはいい人だよ?すごーく強いんだけど弱い者いじめなんて絶対にしない。悪魔なんかじゃないよ!」


何て一生懸命な顔。

伊津美はそちらへ微笑んだ。できるだけ優しく、まるで今朝のレグルスがしていたみたいに。


若草色の髪をそっと撫でた。冷たくなってしまった水滴が指の間を伝った。わかった、と呟いた。


「心配させてごめんね。クー・シーがそう言うのなら、きっといい人なんだと思うわ。」


「本当?信じてくれるの?」


不安げだったクー・シーの顔が安堵に晴れていく。


「もちろんよ。」


精一杯の笑顔を見た彼は満足したように去っていった。上機嫌だとわかる後ろ姿が見えなくなる頃、伊津美はやっと張り詰めていたものを解いた。口をすぼめ細く長く息を吐く。ほったらかしの目の前の戸をそっと開いた。



湿気に満ちた脱衣所はガランと広く、人気ひとけはない。


備え付けの籠の中に持ってきた薄ピンクのパジャマと下着を納め、その上に脱いだ衣類、バスタオルと順に置く。

手首に付けていたゴムで長い髪をまとめると、ハンドタオルを片手に浴場へ足を踏み入れた。


王宮従事者の入浴は早い。大多数の特に女性は夕食前の6時までに風呂を済ませているそうだ。従ってこの時間は人がほとんど出入りしないことを伊津美はすでに知っていた。


まだ王宮に慣れていない伊津美をメイサはあえて6時以降に誘い出していた。入れ替わるように出てくる女性達の姿から知ることができたのだ。このときばかりはメイサに感謝せざるを得ないと感じた。



身体全体をシャワーで流してから室内の大風呂に肩まで浸かる。湯気で視界がけぶる。少し熱い湯に身を委ねるかのごとく、伊津美はそっと目を閉じてみた。



正直、ここでの暮らしはなかなか快適であると認めざるを得なかった。


年季こそ感じるものの、抜かりなく綺麗に磨かれた施設内。元居た場所と同じく空気そのものなのだが、室内に居るぶんには早朝と深夜以外そこまで寒さに震えるようなこともない。


一見すると暖房やストーブといったたぐいのものが見当たらないあたり、何かこの世界特有の設備でもあるのだろうか。

食堂の料理も口に合うし、この浴場だって五感を満たすに足るものだ。



両手をお椀状にして湯をすくってみる。指の隙間から流れたそれがちゃぷ、と音を響かせる。


どうやら天然温泉であるらしく身体は細かい気泡に覆われている。肌を撫でるとつるんと滑る感触を実感できる。

おそらくは炭酸水素塩泉。美肌効果が高いとされる、とりわけ女性には嬉しい泉質だ。


更に辺りはジャグジー、サウナ、薔薇が浮かぶテルマエのような露天風呂と一通りが完備されている。観光地のスパを思い起こさせる光景だ。

ミラが命を断とうとしたあの水風呂だけは入るのをためらうが。


伊津美は首を傾け視線を流した。寂しげに凪いでいる水風呂を一瞥して目を伏せた。


うーん、と唸りながら手を前で組み身体を伸ばす。常に脳をフル回転させてしまう性分の為か、まだ頭の痛みは引きそうにない。

簡単に治せる訳でもないそれを諦めつつあった。伊津美は再び空想にふけった。



これだけ充実した設備であってもやはり慣れない点はある。


ここには電話こそあれど携帯はない。ラジオはあるがテレビはない。

施設全体にバリアを張ってしまう程のセキュリティシステムが存在するというのに、パソコンを始めとする機械のたぐいが見当たらない。


いや、そもそもパソコンという形状がフィジカルの人間の固定観念であって、何らか違った形で存在している可能性は否めないだろう。何せこの世界にもシステムエンジニアがいるというのだから。


今は違和感と思えるこれらのことにもいつかは慣れていくのだろうか。想像してみると必ず途中で遮られる。怖い、と伊津美は思った。



今まで積み重ねてきた自分の中の世界がやがて消えてしまう。

このまま帰ることもできずに慣れて、馴染んで、いつか別の人間になってしまうのか。



【桜庭伊津美】は消えてなくなってしまうのか…?



まとめた髪の後れ毛からポタポタと水滴が垂れて水面を打つ。その波紋に目を奪われた。伊津美は膝を抱えて縮こまった。


何故だかすごく懐かしく感じる。そして引き込まれそうになる。


のぼせたかな?


そう思うのだが、不思議とつい先程までの恐怖心も危機感も嘘のように感じない。身体の軸がぶれて重い頭が揺らいだ。前のめりになっていながらも気付かなかった。意識が霧がかったように滲んだ。



ーー伊津美?



背後で声が反響した。伊津美はやっと我に返って振り返る。

湯気にけぶったやたらメリハリのあるシルエットが見える。それはこちらへ近付き、徐々にはっきりと鮮明なものになっていく。


「誰かと思ったら伊津美だったのか。」


「メイサ…。」


まだ湯を被っていない長い黒髪が蒸気でしっとりと落ち着いている。

タオルを肩に引っ掛け一糸纏わぬ姿を隠そうともしない、何とも堂々たる立ち姿のメイサがいた。男前、そんな言葉が浮かんでしまう。


「アンタ今、ふらついてただろ?のぼせたんじゃねぇの?」


いつの間にか彼女の顔が目前まで迫っていた。訝しげな表情。その顔色が一瞬にして変わった。


「うわ、顔赤っ!!」


早く上がれよ、と言う彼女が半ば強引に腕を引っ張り上げる。伊津美の身体は彼女のするがまま浴槽の淵に座らされた。

伊津美の頭に乗っていたタオルをひったくった彼女が、待ってろ、と言い残して足早に何処かへ消えた。



やがてメイサが戻ってきた。強く絞られた形状のままのタオルを、ん、と言って差し出した。


受け取るとひやりとした感触が手に伝わる。冷水で濡らされているのがわかった。伊津美は迷わずそれを頬に当てがった。思わずため息がこぼれた。


「気持ちいい…。」


「いやいや、頭に当てろよ。」


うっとりと微睡んでいるところにメイサが呆れ顏で言う。

その間にも彼女は手際よく水筒のフタを開け、中身の液体をコップ状のフタに注ぐ。


はい、と手渡されたコップを伊津美は本能の赴くままに一気にあおった。しっかり冷えた軟水のミネラルウォーターと思われる中にほんのりレモンの風味を感じた。ぷはーっ!と晩酌を楽しむサラリーマンのような声が漏れた。


「…ありがとう。やっぱりメイサは看護師なのね。」


露わな姿などお構いなしに手を尽くしてくれたメイサ。ミラの危機にもこうして対応したのだろう。

そう思うと素直に表情が和らいだ。当のメイサは眉をひそめ、怪訝な顔をしているが。


「何言ってんのさ、当たり前だろ。っていうか、素直過ぎてちょっと気持ち悪いぞ。」


言いながらも彼女は二杯目の水を注ぐ。失礼ね、と伊津美は苦笑しながら返す。


「もう大丈夫よ。メイサも入ったら?」


声をかけるとメイサがん、と呟いた。水筒を伊津美の側に残してペタペタと歩き去る。

遠くでシャワーを浴びる音がしばらく続いた後、伊津美と同様に髪をまとめた彼女が戻ってきた。


「いつも水筒を持ってきているの?」


「ああ、一人で入るときは大体な。これを持ってサウナに入るんだ。」


ニッと得意気な表情を見せつけるメイサ。伊津美と並んで淵に座り脚だけ湯に浸していた彼女が思い立ったように切り出した。


「今日はサウナはいいや。露天に行かね?」


親指で外を示してくる。伊津美はこくりと頷いた。ざば、と音を立てて身体を起こす彼女に続いた。



どうやら露天風呂の薔薇は日替わりらしい。今日は白だった。

満天の星空、天使と女神の像、波紋と共に踊る花弁。それはこの上なく幻想的だ。



綺麗…。



何度か目にしているはずの光景なのに、伊津美の口からはそんな一言がこぼれる。

しばらくぼんやりと立ち尽くしていた。違和感を感じているかのような視線を横から向けられていることにも気付かずに。



二人揃って湯に浸かった。更に大きく揺らいだ波紋が白い花弁たちを奥へ押し流していく中、やがてメイサが口を開いた。


「で、何をそんなに思い悩んでたのさ?」


明日の朝メシ?と茶化す彼女。あくまで平常運転な口ぶりだ。


伊津美は特に目立った反応も見せなかった。黙ったまま首を横に振った。メイサがふてくされたみたいに唇を尖らせた。彼女は言った。


「本当にどうしたんだよ。いつもみたいに突っ込めよな。私が馬鹿みたいじゃねぇか。」


「ごめん。」


伊津美は薄く笑って返した。調子が狂うといったところか、弱ったとばかりに頭を掻く彼女に言った。



ーー夢を見たの。



夢?とメイサがオウム返しする。伊津美は小さく頷いた。


いやに印象深いその【夢】は困ったことに丸一日ぴったりと脳内にこびりついて離れなかった。今でも。

それをまさにこの瞬間、引き剥がそうとしていた。導かれるように伊津美は語り出した。


「多分、森の中にいたの。足元がフワフワして不思議な感じだったわ。

私、何か危ない状況だったみたいで…全てが終わってしまうような予感がして覚悟を決めたの。そのとき…」


口にするとなおも鮮明に迫ってくる光景に目を見開いた。温かな湯の中に居ながら鳥肌が立った。自然と震え始めた声で続けた。



「あの人が…目の前で、倒れたの。」



あの人って?メイサが聞き返す。伊津美は目を伏せて身をすくませる。



頬に降りかかった赤い飛沫しぶき、胸元でサラサラと揺れていたビリジアングリーン…


力の抜け切った身体の重み。



「ーーマラカイト。」



それは確かに彼だった。見間違いなどではなかった。

メイサが横で思い出したようにああ!と声を上げた。


「伊津美を連れ去ろうとした妖精の男だよね?彼氏と同じ声を持つっていう…」


「うん…」


「そいつが夢の中でアンタを…?」


そっか、と呟いたメイサはやがて腕を組み首を傾げた。彼女なりに考え込んでいるようだ。


伊津美は横目でその様子を伺う。おのずと期待する気持ちが生まれる。

しかし慎重な彼女はそう簡単には結論を出さないだろうと察していた。だからこそ自ら口にすることにした。



ねぇ…



あの夢を見たとき、いや、きっと本当はもっと前から胸に宿っていた一つの予感を。



「やっぱりマラカイトって、優輝なのかな?」



自分で問いかけておきながら逃げるように視線を落とした。前髪を伝った雫がぽちゃりと水面を打って新たな波紋を広げた。頭の痛みと共に伊津美は思い出していた。



夢の中で倒れた彼を抱き起こしたとき、溢れる悲しみを抑えることができなかった。そして目を覚まして気付いた。

開いた瞼が張り付く感覚。目尻に潮の乾いたような跡が残っていることに。


何故泣いたのだろう。正体もわからない彼の為に、何故これ程の悲しみがどうしようもなく溢れるのだろう。


もういっそ確信してしまいたいと思った。夢の中にまで想う程の人なんて今や一人しかいないのだから、と。



ーーわからない。



メイサの声が低く言った。少し遅れて胸の奥が鈍く痛んだ。失意の苦い味がした。


「可能性はある、としか。」


彼女は言う。伊津美は乾いた笑みと共にそうよね、と呟いた。


何を期待しているのだろう、と自身を馬鹿馬鹿しく思った。メイサに求めたってどうにもならないのに、と。



伊津美。



反応はまたしても遅れた。少し経って呼ばれたことに気が付いた。


伊津美はゆっくりとそちらを見た。それから軽く目を開いた。

メイサの意を決したような真剣な眼差しを向いていた。彼女は言った。


「考えられるのは前世の記憶…その夢はアンタの前世なのかも知れないよ。」


「えっ…」


更に目を見開いた。メイサはなおも続けた。いつ言おうかと思ってた。彼女はそう言う。


「出来れば伊津美の気持ちの整理がついてから少しずつって…だけど、もうそのときは来ているのかも知れない。」



アンタはもう、知っていいのかも知れない。



何を言われているのかわからなかった。知るって?と恐る恐る問いかけた。


これから彼女が発しようとしているものに手を伸ばしたい気持ちと、反して逃れたい気持ちとが混雑しているようだった。しかしすでに遅かった。


真剣な眼差し。メイサの意思は固まっている。漆黒の深い瞳が“受け止めろ”と訴えている。

動けない、動いてはいけない、と伊津美は肌で感じていた。


「フィジカルの人間が次元を超えてアストラルへ入ると、やがて前世の姿に戻るんだよ。」


「それじゃあ…」


その瞬間、伊津美が思ったことをメイサはすでに察しているようだった。崩れる様子もない表情が静かに頷いた。


「もしアンタの彼氏がアンタより先にこのアストラルに来ていたとしたら、今、前世の姿に変わっている可能性は極めて、高い。」


両手で口元を覆った。蓋の役割を果たすはずのそれも脆く震えていく。内側からこみ上げるものを抑えられそうにない。

それでもメイサの言葉は続く。真実としか思えないものがそこにあった。


「彼氏はアストラルに入って前世の姿【マラカイト】になった。そして伊津美、アンタは夢の中でそいつと一緒にいた。」



ーーアンタ達は、前世から繋がっていたのかも知れないねーー



口元を覆っていた両手はやがて顔全体へ。伊津美は背中を丸めた。


堪えようのない感情に内側から揺さぶられて肩が震える。髪から落ちる水滴と共に指の隙間からいくつかの雫かこぼれて雨打つ水たまりのように水面にいくつもの円を描いていく。


震えの止まらないむき出しの肩に手を添えられる感覚があった。

メイサは無言だった。ここぞというときは空気を読む。ただのお調子者ではないと改めて思い知らされる。


水面に映る星空。輝く粒へ伊津美は問いかける。



優輝、そうだったの?


あなたは前世から私の傍にいて守っていてくれたの?


運命なんて非論理的なものはまるで信じて来なかったけど、今はもうそうとしか思えないよ。笑っちゃうよね。ううん、笑って。

もう一度、あなたの屈託のない笑顔が見たい。



逢いたいよ、優輝……



冷たい風が流れ込んだ。

温度差で息が白く漏れて眼下の星々をぼかした。


水面を漂う白い花弁、霞がかったようなひたすら白い景色。

ついさっきまで美しいと感じていたそれが、今ではまるで色付いた日々を失った自身の心を映し出しているみたいで、悲しい。


ただでさえ細く弱い胸の内の叫びは、気管に流れ込む冷気に押し潰されて形になることもなく消えた。



挿絵(By みてみん)


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