第二十七話 世界の外側(1)
人間は社会的動物である。
社会の中でしか生きられない俺達は、社会を維持しなければならない。
故に、社会の中に生きながら、社会を維持しようとしない者は咎人である。
警察官である父は、俺にとってのヒーローだった。
仕事で家に居ない事も多かったが、母から父の武勇伝を聞かせてもらっていた俺には、寂しさよりも誇らしさが勝っていた。小学生の頃、将来の夢は警察官と自慢げに書いたものだ。
そして、俺はその夢を叶えるために努力を重ね、警察学校を無事卒業してエリート、いわゆるキャリア組として警察官としての道を歩んだ。
そう、あの日までは・・・
俺には四つ年下の恋人がいた。
実を言えば、彼女は弟の元彼女だった。弟との仲が拗れた時に色々と相談にのったことがきっかけで親しくなり、弟と別れた後もよく俺のところに愚痴を言いに来た。
そして、いつしか俺と彼女は愛し合うようになったのだ。
彼女と付き合っている事を家族に告白した時は弟にひどく微妙な顔をされたが、彼女とよく会っている事自体は隠していなかったので弟も予想していなかったわけでは無かったのだろう。最終的には弟も祝福してくれた。
彼女と過ごす毎日は幸せで、彼女と離れて暮らすことなど考えられなかった。
だが、そうもいかない事情があった。
キャリア組として経験を積むために、一時的に地方の所轄に出向する必要があるのだが、その為にしばらくこの地を離れる必要があったのだ。
その時既に、俺はある決心をしていた。
家を離れる前日、俺は彼女をとあるレストランに誘った。
そして、そこで彼女にプロポーズしたのだ。
彼女は俺を受け入れてくれた。
その時の歓喜は、これまでに感じたことのない程のものだった。
その日、俺と彼女は結婚後の生活についての夢を閉店するぎりぎりまで語り合った。
そして翌日、俺は帰ってきた後の生活に焦がれながら、出向先へと向かったのだ。
地方の所轄での仕事は、ひどく退屈なものだった。
俺達キャリア組はいわゆるお客さん扱いされて、お飾りのようにまともな仕事はさせて貰えなかった。たまに連絡を取り合う同期の友人はそんな事はなかったそうなので、俺が外れを引いてしまったということなのだろう。
正直、不満が募り、寮に帰るとやけ酒を飲む事も多くなった。
そんな少々荒んだ生活の中で、唯一の潤いは毎晩の彼女との電話でのやり取りだった。
彼女の声を聞くだけで、荒んだ心が癒された。
だが、いつからだろう?
彼女との連絡が途切れるようになったのは。
彼女からの電話が少しづつ減り、こちらから電話しても繋がらない事が多くなった。
そうした時は後でお詫びのメールが届き、彼女も社会人なのだから、仕事で遅くなって電話できない事もあるだろうと納得していた。
そして、いつしか電話でやり取りする事が少なくなり、メールでのやり取りが主流になっていった。
ここに至って、ようやく俺は不安を感じ、弟に彼女の様子を聞いてみた。
だが、弟から彼女の事を聞く事はできなかった。
彼女は弟と付き合っていた時とは電話番号もメールアドレスも変わっており、弟は彼女との接触が全くなかった。
流石に弟に彼女と直接会うように頼むのは気が引けた。
彼女が心変わりしたのでは、他に誰か好きな人ができたのでは。
彼女はそんな人間ではない。彼女の愛情を疑うなどもってもほかだ。そう思いながらも、不安が拭いきれない。
そして、ある日、弟から全てを決定付けるメールが届いた。
彼女が自殺した・・・と。




