第二十六話 正義の味方(6)
私が戦い始めた理由は何だったのか。私が求めていモノは何だったのか。今ではもう分からない。
それでも私は剣を手に取った。
悪魔を滅ぼす為に。
「あの子と連絡が取れない?」
突如としてかかってきた電話に私は眉を顰めた。
相手はこの前、事件を調べるのに協力してもらった中学生だ。
彼が言うには、あの時一緒に居た日置という少年と連絡が取れなくなったというのだ。
彼等には借りがある。何か力になれるのであれば、力を貸すのが道理だろう。
だが、友達と連絡が取れないなどという悩みを相談されても、できることは何もない。
「でも、家族の話では事件性がないのでしょう? 悪魔絡みの事件でなければ、私にできることはない」
もっとも、悪魔絡みの事件であっても、今の私にどれだけの事ができるかは不明だが。
私は一人の少女の姿を・・・あの事件で袂を分かつ事となった妹の姿を思い浮かべ、下唇を噛みしめた。
妹が悪魔憑きとなって人々に危害を加えている事を知った時、私は妹に刃を向ける事ができなかった。
そして、今再び妹と出会ったら、刃を向ける事ができるのか。正直、私には自信がない。
「・・・ああ、すまない。何でもない」
電話の向こうから聞こえてきた不安そうな声に私は謝った。大した話ではないとはいえ、話している途中で放心するとは私らしくない。
自覚している以上に参ってしまってしるのかもしれない。
気を取り直して彼との会話に意識を集中する。
私にできる事は何もないのだが、彼は日置の家の様子を確認して欲しいと頼み込んできた。
ようするに、日置の件が悪魔絡みではないという安心が欲しいのだろう。
どんなことでも悪魔と関係付けるのは愚かな事だが、彼はつい最近悪魔と関わったばかりだ。不安になるのは仕方のないことかもしれない。
悪魔の気配がするかの確認だけなら、そう手間でもない。
私は日置の家から悪魔の気配がするかを確認するだけならと、彼の要望に応えることとした。
「・・・これは!」
日置の家にたどり着いた私は、驚きに目を見開いた。
彼の家からは、ほんの微かではあるが、紛れもない悪魔の気配が漂っていたからだ。
一瞬、妹の事が脳裏をよぎるが、幸いな事にあの子の悪魔の気配とは別の悪魔の気配だった。
その事に安堵するが、一方で捉え所のない不安を感じていた。
偶然・・・だろうか?
つい先日、妹の悪魔と関わった少年が、また別の悪魔と関わる。そんな事がありえるだろうか?
無論、あり得ないことではないが、悪魔の数はそんなに多くはない。
それにも関わらず、彼はもう既に三人の悪魔に遭遇している。妹の件は私から働きかけた事ではあるが、それを抜きにしても二度も立て続けに悪魔に遭遇するのは異常だった。
私の知らない場所で何かが起こっている。そんな不安が私の心を蝕んだ。
私は日置の家の前で呆然と立ち竦んだ。
「・・・?」
その時、不意に電話が鳴った。
慌てて携帯を確認すると、ハカセからだった。
「はい」
『ああ、アヤメちゃん。今何処にいるの?』
ハカセの視線に、無意識に視線をさまよわせた。
・・・別に、後ろめたいことは何もない。
今日、ここへ来ることはハカセには伝えていないが、隠していたわけではない。
だが、妹の件で彼等の力を借りたのは私の独断で、ハカセには何も言っていない。事情は説明しにくかった。
「今、この前の事件の関係者の家の前にいる」
『・・・この前の事件って?』
私は一瞬迷ったが、妹の件を伝えるのは抵抗があった。
「あの虐めの事件だ。あの事件の被害者の少年が周りとの連絡を絶ったという噂を耳にしたから、彼の家の様子を見に来た」
『・・・』
何故か、電話の向こうでハカセが息を飲む気配がした。
『それは、あの日置君とかいう少年の事かい?』
「ああ。念の為に来たんだが・・・当たりだった。彼の家からほんの微かだが悪魔の気配がする」
『・・・』
「あの事件の悪魔とは気配が違うし、私の遭遇した事のない悪魔のようだ。これからどうやって調査するかちょっと悩んでいる」
本当はそんな事は考えてもいなかったが、自分で口にしてみると、確かに悩みどころだった。
今は母親しか居ないと聞いたが、昼の間は人目があるし、悪魔憑きが誰か分からないうちに強引に乗り込めば、何も手がかりが得られずに警戒だけされる可能性もある。
『・・・』
「ハカセ?」
何だろう?
いつもならすぐさま方針を立てるハカセが、押し黙ったまま何も言わない。
私は不安になってハカセの名を呼んだ。
『・・・ああ、すまない。分かった。私の方で調べてみよう。アヤメちゃんは一旦戻ってくれ』
「? まだ何も調べてないぞ?」
『最初の接触は慎重にしないとね。アヤメちゃんの事だから、今も家の前で突っ立って電話してるんじゃない? それじゃ不審者だよ』
「! あ、すまん」
ハカセの言うとおりだった。幸いにして人通りはなかったが、確かに見られていたら不審者扱いされても不思議はない。
足早に家の前から離れながら、話を続ける。
「私は彼の同級生に接触してみようと思う」
『いや、その辺の調査は私がやるよ。アヤメちゃんには、別の事件で悪魔の気配がしないか確認して欲しい場所がある』
「・・・そうか。分かった」
まあ、同級生に接触するといっても、要するに電話をかけるだけのことだ。移動する途中で連絡をつければいいだろう。
そう結論付けて、ハカセの指定した場所に向かう事にした。
私は家の傍に留まっていた車の脇をとおり、駅へと向かう。
その車の中から注がれる視線に気付く事なく。




