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大罪の悪魔と滞在する悪魔  作者: 聖湾
第一部 第三章
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第二十一話 ボクの日常(9)

 人を傷付けるのは悪意とは限らない。善意が相手を傷付ける事もある。

 それを理解しない厄介な人は多い。

 一番厄介なのは、善意から厄介事に関わって、それに他人を巻き込む奴だ。




「ただいま」

 ボクがアパートに帰ると、悪魔が体をクネらせて変なポーズをしていた。

 何をやっているのかと辺りを見回してみると、テレビでヨガの健康法の番組をやっていた。男の人が悪魔とそっくりのポーズをしている。翼がある分、悪魔の方がより変なポーズに見えるけど。

 ヨガは悪魔がやっても効果があるのだろうか?

 元々は悟りを開くための修行法か何かだった筈だから、悪魔にはかえって健康に悪い気もする。

 聞いてみたい気もするが、何やら熱中してボクが帰ってきた事にも気付いていないようだ。

「・・・」

 うん。寂しくなんかないぞ。

 ボクは鞄を適当に床に置くと、自分でお茶の用意をした。ヨガの邪魔になるからだろう、部屋の隅に追いやられたテーブルの前に座って一息付く。

 悪魔に助けられたお礼を言おうと思ったんだけど邪魔をするのも気が引けた。

 さっき、変な悪魔に襲われたときは本当に驚いた。悪魔が助けてくれなかったら、間違いなく大怪我をしていただろう。

 ただ、ボクの体から腕が出てくるのはグロかった。もっと別の形で出てきて欲しい。一言釘を指しておかないと、その内にボクの肩から悪魔の顔が出てきたりするかもしれない。

 そんな事を考えている時だった。携帯に電話が掛かってきた。見たことの無い番号だ。一瞬、出るべきか迷うが、一応出ることにした。変な相手なら、即座に切ろう。

『おう、今ちょっと良いか?』

 ブチッ。

 反射的に電話を切った。ベッドの上にスマホを放る。

 だが、またすぐに電話が掛かってくる。同じ電話番号だ。

 ボクは無視する事にした。後で着信拒否の設定にしておこう。

 だが・・・

「あ」

 何故か悪魔がスマホを手に取り、勝手に電話に出た。

 向こうが何か言っているようだが、悪魔は何も答えなかった。

 当然だろう。悪魔は喋れないんだから。

 何やっとんねん!? 喋れへんのに、何で電話でとんの!

 思わず関西弁っぽい口調で心の中で突っ込む。ちなみに関西の人に知り合いは居ないので、関西弁がどんなものかは知らない。

 仕方がないので悪魔からスマホを奪い取り、電話に出る。

「・・・もしもし」

『おう、何だ、返事しろよ。聞いてないのかと思ったぜ』

「聞いてません。何かの拍子に通話になったみたいだけど」

『そうなのか? んで、何で切るんだよ』

 当然である。ボクは端的に指摘した。

「何でボクの電話番号知っているんですか、先輩?」

 そう、電話してきたのは、あの新聞部の先輩だった。

 この間の一件以来会っていないし、電話番号を教えた覚えはない。

『職員室に忍び込んで名簿を見た』

 犯罪である。

「分かりました。その件は先生と相談した上で改めて聞きましょう」

『ま、冗談はそこまでにして、急いで駅前に来てくれ』

「冗談じゃありません」

 個人情報の流出は問題である。ちなみに、先輩の誘いに対する答えでもある。間違いなく、厄介事だ。

 ボクは電話を切ると着信拒否設定した。




「おしっ! 行くぞ!」

「行きません!」

 翌日、下校しようとしたボクは、先輩に捕まってしまった。先輩の後ろで日置君が済まなそうに頭を下げていた。同じクラスの彼が先輩にメールか何かで連絡したに違いない。

 ブルータス、お前もか!

 いや、裏切ったのは日置君だけだけど。

 そのまま新聞部に連れて行かれ、一冊のノートを渡された。他の部員は今いないようだ。

「何ですか、これ?」

「最近起きている通り魔事件の資料だ」

 その答えにボクは首を傾げた。

 はて? あの刀の子の話じゃないの?

 新聞部である先輩が他の事件も一緒に追っていてもおかしくないのかもしれないが、日置君が関わっているのでてっきりその件だと思っていた。

「あの刀の人を探してたんじゃないんですか?」

「ああ、アヤメさんか。彼女になら会えたよ」

「会えたの!?」

 ボクが驚きに目を丸くすると、先輩は自慢そうに鼻をヒクヒクさせた。

 アヤメさんというのは、あの刀の子の名前だろう。

 正直驚いた。どうやって見つけたのかは興味あるが・・・深入りしない方が良さそうだ。

「なら、もう良いですよね。ボクは失礼します」

「まだだって。それで、彼女からこの通り魔事件についての調べて欲しいと頼まれたんだ」

「・・・彼女に頼まれた?」

 ボクは眉を顰めた。

 おかしい。

 彼女は悪魔に自分から関わっていた。なら、悪魔の危険性を良く理解している筈だ。

 それなのに、無関係な人間を巻き込むなんて。

 先輩達は悪魔の危険性を理解していないように感じられる。こんな人間を巻き込むなんて危なくないか?

 というか、無関係な人間を巻き込まなくちゃいけない程切羽詰まっているんじゃ・・・

 うん。やっぱ危ない。めちゃ危ない。ごっつう危ない。

「んじゃ、ボクは失礼します」

「まてや、コラ」

 ガシッと肩を掴まれ、逃げ出せなかった。

「手掛かりがないんだ。とにかく人手がいる。さっさと資料を読め」

 どこのゴロツキだ。完全に脅迫である。

 心底嫌そうな顔をしていたのだろう。日置君が頭を下げて頼んできた。

「ごめん。この前の事件で、アヤメさんに斬りかかられているから、彼女を避けるのは分かる。でも、本当に大変なんだ。この通り魔事件で何人も被害者が出ている。一刻も早く解決する必要があるんだ」

 日置君は本当に済まなさそうに言った。そんな顔をされたら誰も断れないだろう。

「だが断る」

 肩を掴む先輩の手に力が入り、かなり痛い。

 ボクはどう答えると一番効果的かを考えて答える。

「死ぬ覚悟はあるの?」

「・・・え?」

 日置君が意表を突かれたような顔で呆然とした声を上げた。

「いやいや、別に通り魔を捕まえようってわけじゃないんだ。手掛かりを探すだけだぞ」

 先輩が苦笑をして答えた。

 ・・・本気で危機感がない。

 まあ、ボクがどこぞの悪魔に襲われたばかりというのもあるのだろうけど、何だか、宇宙人と会話しているような気分になった。

「楽観的過ぎます」

 ボクの言葉に先輩はガシガシと頭を掻いた。

「ふう。じゃぁ、まあ、無理に手伝えとは言わねぇ。資料を読んで、何か気付いたとか関係のありそうなものを見つけた時に連絡をくれればいい」

「・・・まあ、それぐらいなら良いですけど。念の為に言っておきますけど、ボクが何か連絡したからって、猪突猛進しないでくださいよ。ボクの所為で先輩達が死んだら呪われそうです」

「いや、死ぬ気はねぇよ」

「死ぬ気で死ぬのは自殺者だけです」

 苦笑する先輩に、無駄とは分かっていたが釘を刺した。




「あれって、絶対に昨日の悪魔だよねぇ」

 ボクは商店街を歩きながらため息を付いた。

 先輩から渡されたノートには刀の子、アヤメちゃん・・・さん? から聞いた話が纏められていた。

 あんな詳しいもの見せるなんて、あの先輩は絶対に巻き込むつもりだったのだろう。いや、過去形ではなく巻き込む気なのかもしれない。

 あのノートには興味深い話も書かれていた。憑依型と自立型云々の話なんて、自分の悪魔以外と接点のないボクには知る機会が無かっただろう。

 だが、当面の問題は通り魔事件だ。

 メスを凶器とする自立型の悪魔なんて、絶対に昨日の悪魔だ。

 もう既に関わってしまっているなんて最悪である。

 先輩達には悪いけど、もう会わない事を期待しよう。

 通り魔事件の資料は結構量があったのでもう夕暮れ時だった。

 辺りも薄暗くなってきて、通り魔には絶好の時間である。そういえば、昨日、悪魔にあったもこれぐらいの時間帯だった。

 逢魔が時、大禍時、黄昏時、誰彼時。

 様々な名前で呼ばれているが、この時間帯は魔に会い易い時間帯だという。悪魔でも同じなのだろうか。

「・・・?」

 その時ふと、視界の隅に奇妙なものが移った。

 奇妙というか何というか、奇妙なのだが、見覚えがあるものだ。

 道行く人々の体の中に蠢く闇色のヘドロのようなもの。

 昨日の事を思い出し、慌てて周囲を見回すが、昨日のように世界が灰色になってはいなかった。

 だが、あの闇色のヘドロは間違いなく昨日視たものと同じだ。

 何だろうか。時間帯が問題なのかな。

 先程、逢魔が時だの何だのと考えていた所為だろう。そんな事が思い浮かぶ。

 そこでふとあまり嬉しくない事に気が付いた。

 もしかして、昨日みたいに悪魔を見つけられるんだろうか?

 グルリと周りを見回してみる。

 ・・・居た。

 かなり遠くのようだが、悪魔が居る。


 それも、二人。


 考えてみれば、探している通り魔以外にも悪魔が居ておかしくはない。

 はて? どうしよう?

 個人的には関わりたくない。悪魔に襲われるのは御免だし、あの刀の子と接点ができるのは嬉しくない。

 しかし、通り魔事件がいつまでも解決せず調査が長引くと、それはそれで刀の子と接点ができる可能性がある。

 でもでも、下手に役立てばこれからも手伝わされる可能性がある。

 まだ距離があるので昨日のような不意打ちを受ける事はない。それを良いことにしばらく悩んだ。

 半端な情報だけ伝えるか。

 結局、そんな中途半端な結論しか出なかった。

 二人の悪魔の内、比較的近い方の悪魔にゆっくりと近付く。あまり近付き過ぎると気付かれる可能性があるのでギリギリ見える距離を探る。

 この闇色のヘドロは遮蔽物に関わらず視えるので、きちんと肉眼で捉えようとすると、建物などが邪魔になって見えなかったりして大変だった。

 そうして苦労してその悪魔の姿を視界に納めると、間違いなく昨日の悪魔だった。

 スマホを取り出して先輩に電話した。

「もしもし」

『どうした?』

「何か、キラキラ光を反射する金属が宙に浮いているように見える」

『!! どこだ!』

 目の色を変えて先輩が訊ねてくるので、住所を分かるものを探して先輩に伝えた。


 さて、もう一人の悪魔はどうしているだろうか?

 少し悪魔から距離を取り、ほっと息を付いたボクはもう一人が気になった。

 あれ? そんなに遠くない? というか、これって悪魔の後をつけている?

 ボクはもう一人の悪魔が、昨日の悪魔の後を一定の距離を保って追っている事に気が付いた。

 先程のようにその悪魔を視界に納めた。

 これといった特徴のない、メガネをした無精髭のオッサンだった。

 ただ、唯一特徴があるとすれば・・・




 なんで町中で白衣を着てるんだ?


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