第52話 伝統と『しんこう』
複数作品の弊害……申し訳ございません。
土日月水は更新します。木曜日が多忙なので、木曜は更新難しいです。火・金は週によって更新できるか分かれる予定です。
青州 北海国・劇県
袁紹と朱儁将軍、兗州東郡太守の橋瑁が冀州牧の韓馥がいる中山国で会談を行ったと情報が入ってきた。おそらくこの会談後に反董卓連合が結成されるのだろう。この会談について知れたのは同じ青州の楽安国相・孔融が向かったという情報があったからだ。さらに言えば、鮑信殿も会談に向かったようだ。
俺は新婚だからという理由もあって仕事も少なめになり、3人と過ごす時間は増えている。文姫は今までより少し近い距離にいることが増え、朝から食事を一緒にすることが多い。
「これはどうやって作ったのです?」
「これはニンニクを油で揚げて、ネギも入れて低温で香りやうま味を移した油を使うんですよ」
酒で揉んで塩を振って蒸した鶏肉にネギ油をかけた料理。意外とさっぱり食べられるので俺のお気に入りだ。彼女もうちの屋敷に来るようになってから何度か食べていたが、レシピを聞かれたのは初めてだった。
「何か気になりました?」
「いえ、今度料理人の方に料理を教えてもらおうかな、と」
うちの料理人は俺の考えたレシピで色々な料理を作らされている。ある意味進んだ料理を色々知っているわけで、これだけでどこかにスカウトされるかもしれない。もちろん、定期的に新しい料理を教えることで彼の探求心を刺激することでうちで継続して働いてもらっているのだけれど。
「別に、文姫が料理する必要はないよ?」
「いつも料理、というのは違うと思いますけれど……」
彼女はそう言いつつ、さりげなく俺のコーリャンの粥に載った梅干しを見る。これは琢県時代から俺が作っている梅干しで、貞姫も好きだったものだ。これだけは今も俺が自分で隙間の時間を使って作っている。前世の母親が作っていた味はまだ再現できていないからだ。
「でも、少しでも仲厳様のために何かしたいです」
「そう言われると否定できないですね。貞姫もそろそろ新しい梅干しを欲しがるでしょうし、これから始めますか」
それが彼女の幸せに繋がるなら、俺は否と言えない。箸で持ち上げた梅干しを見て、彼女は少し驚いた様子を見せた後に笑顔を見せてくれた。
その笑顔が俺の生きる意味の1つだ。梅干しくらいいくらでも任せるさ。それに、もしそれで俺の母親の味が再現できるならそれこそ歓迎すべきことだ。
♢
朱儁将軍が号令をかけ、袁紹が盟主となって反董卓連合が結成された。経済の混乱と長子である劉弁様を蔑ろにしたこと、何太后を殺害したことを理由にしているそうだ。長沙太守・孫堅や泰山太守・鮑信殿といった太守格から冀州刺史などの州牧格まで色々な人が結成式に参加したらしい。そんな参加者の1人が青州刺史の焦和だった。彼は自前の戦力がいないにも関わらず孔融に誘われて反董卓連合に加わったそうだ。橋羽殿からは俺とともに行動するという言葉をもらっている。荀緄殿も同様だ。
そんな中、斉国相の蕭建殿が俺を訪ねてきた。彼は楽安の孔融殿と泰山の鮑信殿に南西と北東から挟まれており、両者の参加しろという圧力が強いようだ。漢王朝には忠誠を尽くすタイプだが、面倒には巻きこまれたくないタイプに見える。
「焦刺史からは、兵を供出せよと命が来ておりまして、困っているのです」
俺のところには来ていないな、と思ったら、程昱が小声で「おそらく、1人が兵を出せば他も出さざるを得なくなると考えているのでしょう」と耳打ちしてくれた。成程ね。結成式に参加している孔融だけでなく、参加していない人間を1人でも動かさせた実績を作りたいわけか。その意味では曲者と言える陳紀殿や青州で影響力の大きすぎる俺ではなく、蕭建殿を狙ったのはわかりやすい。
「斉は亡くなった六世斉王様の跡継ぎが決まっておらず、董相国が元の郡に戻そうとして揉めております。相国に反発する声は大きいのですが……」
最後の決定まではできない。典型的な真面目が取り柄の平時の太守だ。とは言え、この件は董卓にも一理ある。斉王は俺が青州に来た時に亡くなった人であり、既に10年以上前に亡くなっている。それでもまだ郡となっていないのは、劉家の支配地域を名目上でも減らしたくない雒陽の意向が働いているのだろう。
「蕭相様はどうされたいので?」
「いやぁ、斉には盧相様ほどの武勇に秀でた士がいないもので」
「では、断りましょう。うちには兵を率いる将が足りませぬ、と伝えれば焦刺史もあきらめるかと」
「いや、ですが孔相が州刺史の命に逆らうわけがないだろうと申していて」
「ならば兵だけ派遣されれば良いのです。将がいないので統率は孔相にお任せすると言って」
「いや、焦刺史は国相が責任をもって兵を連れて合流せよと」
だからどうしたいんだ。残念ながらここで俺がどうするかは絶対に伝えないし、貴方の兵を預かりますとも言わないぞ。荀攸とその件はもう合議済みだ。
「それに、この連合軍に参加しなければ周囲を敵に回すとも言われまして」
「確かに渤海太守が盟主ですし、孔相は怒るでしょうが、それだけでもありますよ?」
孔融が今動かせる兵なんて2000か3000くらいだ。人望があるわけでもないし、元々安定していた楽安国の相が栄転したから就任できただけとも言える。しかも、国にはほぼ居つかずに反董卓連合のために奔走しているため、地元にめったに顔を出さないそうだ。そんな相手に怯えてしまうのが、彼の雇われ官僚というか、そうした気質が出ている。
「あの、でも刺史様も色々と言ってくるので……」
「良いのですか?」
多分蕭建の言いたいことはわかっている。彼は俺に決断を委ねたいのだ。俺と行動を共にする。その許可を得たいのだろう。
「蕭相様の望む形は、私に生殺与奪を委ねることになりますよ?」
「……」
彼は董卓からすれば雒陽で優秀かつ忠実な役人だったから、きっと青州でも誰かが自分に反発しても筋を通すだろう人間として配置したはずだ。人を見る目があるとはとても言えないが、そうした思惑を彼も知っているはずなのだ。しかし、それでも反董卓連合の圧力に抵抗しきれないのだろう。だから、俺と共に行動する橋羽殿らが羨ましいのだろう。そういう後ろ盾がない状態が嫌なのだろう。
「私とともに行動すれば青州では大軍と動けますし、焦刺史から何を言われても、いえ、何も言われなくなるでしょう。でも、それでは何も自分で決められなくなりますよ?」
「それでも……刺史から毎日巫女の言葉が送られてくるのはもう嫌なのだ……」
頭を抱える彼を見て、ここまで頼ろうとする理由が分かった。焦和からあの巫女を送りこまれて不安なのだろう。味方にしたいはずなのに、相手を不安にさせるとは一体?
「兵も率いてもらって構わない。とてもではないが、あの巫女に会いたくないのだ」
「兵は預かりませんよ。ただ、我々が何か決断した時は伝えましょう」
「ありがたい……!それだけでもいい。もう、あの巫女には……」
宗教が怖いとは言わないが、こういう乱世に生まれる新興宗教には尖ったものが多いのだろう。俺のところに巫女が来たら、全力で拒否できるようにしておこう。
彼の少し憑物が落ちたような去り際を見て、俺はそう誓うのだった。
役人として生涯を終えたかった、平穏な世の中なら十分優秀な人材。それが今作の蕭建です。史実の彼は陶謙に判断を委ねましたが、本作ではちょっと重荷が大きすぎたのでした。
梅干しはこの時代には梅を食べていたので、主人公は粥のアクセントに欲しがって大分前に作っていました。秘伝の味ではあるので、それを教えられた事に文姫は喜んでいます。




