第49話 縁婚
土日でペース戻せるように頑張ります……。
青州 北海国・劇県
年が明けた。初平元(190)年だ。新皇帝の名は献帝。まぁ史実通りと言えば史実通りだ。年齢的に皇后もいない中、董卓は自分の孫娘を皇后にしようとしたらしいが、皇帝より年上なのはおかしいと批判の声が大きかったそうだ。そのため皇后位は空位となり、董太后が摂政として後見するだけに収まったらしい。
なんでこんなに婚姻事情について話すかと言うと、俺にもついに縁談がきたからである。
しかも、3件。何それ怖い。
父は色々な事情を考慮したらしく、書状では正室として陳王・劉寵様の娘を迎えるよう言われた。で、東莱太守の橋羽殿の娘、姉の喬靚を第一の側室に、文姫を第二の側室にする形だ。普通なら許されないのだが、蔡邕様はそもそも妾でもいいと言っていたことがある。で、橋羽殿は任城相だった一昨年から隣領の劉寵様と連携しており、自分の娘が側室となって支えるという発言をしていたらしい。そもそも俺に拒否権もないし、拒否する理由もない。
しかし、劉寵様は自分より弱い男に嫁がせないと騒いでいたのでは?と思ったら、劉寵様に弓を教えた時に1度勝負していると劉寵様の家臣である袁渙が使者で来た時に教えてくれた。ちなみに、袁渙は父の就任した司空に12年前に就いていた袁滂の末息子で、彼の25歳年上の姉が文姫の母親だ。今回を機に彼は俺に仕えるつもりだと言う。劉寵様から娘を頼まれたとのことだ。
「陳王様は乱世となった今、武をもって文を為す者こそ劉家の娘を迎えるに足ると申していました」
「文武共に秀でた者ならば他にもいましょう。袁校尉も評判は良いですし」
「袁校尉はもう正室がおりますし、何より近隣の汝南出身の一族。近場ではなく、己に何かあっても害の及ばない地に嫁いでほしいと」
乱世となると実家と嫁ぎ先、どちらかが安泰の地でありたいと思うのは当然だろう。俺からすれば劉寵様の陳は安泰の地そのものだと思うが。
「兄が若くして死んだ某も、一族を絶やさぬよう書館を出てから早々に役人として働き始めました。願わくばここで張倹様に学びながら、仲厳様の偉業を手伝わせていただきたく」
「同い年なのですから、そこまで臣下の礼をとらずとも」
「今の司空の子で太守である仲厳様と、3年前に亡くなった司空の子というだけの某。なればこうすべきは自明かと」
とにかくこうして婚儀の予定が決まった。あまりに遠方なので通常の儀式は不要という話になっている。儀式の最中は賊に狙われやすすぎるというのが理由だ。文姫だけならできるが、正室ができないのに側室だけやる訳にもいかないということで話がついているらしい。
「とは言え、劇県では多少なりと祝いをしないと陳王様の為にもなりませぬので、その仔細はお任せいたします」
「そうですね。そこは私の方で支度いたしますので」
名士出身の家臣が増えることだし、歓迎すべきことだ。全くの知らない相手という可能性もあったし、まだ知っている相手なだけ良いだろう。
「あと、仲厳様の一の家臣と思う者に喬婉様を嫁がせたいと」
「あー、なるほど」
孫策と周瑜みたいなことか。それは何とも難しい。喬婉は176年生まれで今年15歳になったばかり。文姫とほぼ同い年だ。張飛だと年上だし、程昱・王豹はもう妻子持ちだ。年齢も考えて正室がいないとなると臧覇くらいか。楽進や于禁は一の家臣と言うほど長くないし、孫邵も。
「我が家臣の臧宣高は忠義に篤く、親孝行でありながら武勇に秀でている勇士ですよ」
「では、橋相様に書状を送っておきます。一緒にこちらに向かわれますので、早めに」
決まるまでは時間がかかったのに、決まるととんとん拍子で決まる。世の中そんなものなのかもしれない。
♢
青州各地の相や太守を招いて宴席を設けることになった。もう劉寵様の娘である劉静姫様と喬靚姉妹はこちらに向かっているそうだ。
俺の婚儀の話が都市内でも広まり、劇県と高密侯国はお祭り騒ぎだ。宴席の誘いに各地の太守らは全員出席すると連絡が来た。太守以外では高密侯国の孫家の人々や徐州の麋竺と父親、公孫瓚の従弟である公孫越などが参加予定だ。公孫越は食糧の受け取りで近くに来ていたので、そのまま宴席の話を聞いて独断で参加してくるらしい。
袁紹も青州と隣接する州なので鮑信殿らとともに誘ったが、来る気はないらしい。彼からは白波賊の楊奉との戦いが佳境だと返信があった。事実だとすればそれはそれでめでたい話だ。祝辞とともに渤海で捕れる海老を宴席の日に贈ると言われた。中国でも海老は縁起が良い物らしい。鮑信殿は普通に来るらしいので、楽しみだ。
めでたい話ばかりでもない。董卓と喧嘩していた父が司空を辞任し、兄が太守を務める潁川郡に引き籠ったそうだ。弟たちも潁川郡に引き払ったそうで、三公が不在となった雒陽で董卓は相国になり、三公と兼ねる絶対権力者になったようだ。并州から雒陽に入った執金吾の丁原は呂布らを連れて合流し、周辺の防備を固めているらしい。程昱と荀攸は、全土を記した地図を見ながら会議で深刻そうな顔を浮かべていた。
「冀州の黄巾賊は皇甫将軍がほぼ壊滅させました。白波賊は3手に分かれており、うち1つを袁将軍が攻略中。残りの2つの内1つは朱将軍が攻略中で、最後の拠点は降伏の交渉中とか」
「冀州が落ち着けば、いよいよ董卓の専横を良しとしない者が動き出すでしょう。公達殿の推測する通り、一番手はやはり袁家。袁隗様の仇討ちを訴えれば、天子に弓引くとは言われずに大義を掲げられますな」
「やはり、そこですよねぇ」
「仲厳様が誰に与するかは誰もが注視しています。青州の兵は各地で連勝し、食糧も豊富。雒陽の食糧が不足していないのは仲厳様がいるからですので」
「兵糧攻めしたければ自分を味方にすればいい。簡単な構図ですね」
そう。冀州も雒陽も食糧生産で兗州・徐州・青州に依存してしまっているため、俺の影響力が大きくならざるをえない。父が辞職したのに潁川に帰るのを咎められなかったのは、俺の勢力が董卓も無視できないからだ。そして、袁紹がわざわざ海老を贈ると伝えてきたのも、俺との縁で後背の安全と食料供給の安定を求めているからに他ならない。盤面上のキーマンに俺はなっている。
「最近遼東の公孫氏がこちらに手を出してこなくなりつつあるのも、仲厳様を怒らせて冀州の兵に討伐されたくないからでしょうな」
「それ自体は良いことですが、同時に豊かな青州が欲しいとも考えているでしょう」
「遼東も面倒だなぁ。仮に反董卓で動けば、こいつらが動きそうだ」
そして、徐州の陶謙ら旗色が鮮明でない勢力。荒れている豫州は考慮しないとしても、荊州の劉表の動きも気になるところだ。袁隗が死んだ時に雒陽から脱出した袁術も、行方は分かっていない。史実の動き通りなら彼も荊州にいるはずだ。
「大事なことは、婚儀に関わる宴席で反董卓の味方に引き入れられないことです」
「公達殿の申す通り、我らが、我らの意思でどう動くか決められるようにしなければなりませぬ」
荀攸と程昱が一番警戒しているのは、宴席で反董卓連合とか組まれてしまうことだ。宴席がきっかけで連合が組まれたら俺も参加しないわけにはいかなくなるし、そうなると真っ先に潁川郡の兄が狙われかねない。
「どうすればいいと思います?」
「今年に入ってから、董卓が文字のない銭を鋳造し始めました。あれは決して良い効果を生みませぬ」
「あれだけでも大義にされかねぬものです」
董卓の政策は三国志演義で詳細が語られることはない。しかし、おそらく董卓最大の失政はこのハイパーインフレだ。漢中が五斗米道に占領された結果、新しい銅が手に入らなくなった。しかし、古い銅銭は徐々に使えなくなる上軍事費などで新しい銅銭は必要。そこで董卓は文字さえ入れない、ある意味劣悪なワッシャーみたいな銅銭を今年に入って作り始めたのだ。当然貨幣として誰にも認められず、この銅銭が流通し始めた雒陽周辺ではインフレが急速に進んでいるらしい。噂では雒陽では1石5000銭になろうとしているとか。10年前の10倍以上だから、年平均でもインフレ率は29%くらいだが、100円の商品が1年後130円になるインフレと聞けばその恐ろしさはわかるだろう。直近1年で見ればインフレ率250%なので、100円ショップが1年後に250円ショップになるレベルである。
「なんとかそういう政治的な場にはしたくないな」
「お任せを。既に策を1つ講じておりますので」
程昱がそう言うなら任せるのが良いだろう。というか、後漢を生きる名将たちに騙されないようにするだけで俺は精一杯だ。
というわけで、3人が一気に来ます(というか、別々のイベントにするとここからが難しかった)
実は劉寵-大喬は隣領で関係性あり、劉寵のおひざ元にいる陳郡袁氏は蔡邕の正室の家だったのもあり、このメンバーで盧植も調整を進めていたという話でした。
家のつながり的にこの組み合わせ以外綺麗に収まらないかもしれません。
五銖銭については当時の人々が五銖銭と呼んだかちょっとわからなかったので、普通に銭とだけ呼んでいます。この董卓の失政による悪性インフレは最終的に1石40000銭まで値上がりするので、まだ始まったばかりです。10年前比100倍のインフレです。董卓が就任後に限れば50倍なので、インフレ率5000%です。これは有名なジンバブエドルのインフレ率に比べればまだましですが、2024年6月現在騒がれているアルゼンチンのインフレ率の20倍以上です。




