第46話 手本となる人物
太守の入れ替えなどが多くあったので、次話で地図にまとめます。
今日はちょっと忙しかったので、お許しください。
青州 北海国・劇県
俺が北海国相に任じられ、青州刺史に焦和という人物が任命された。彼は党錮の禁で排除された清流派の1人らしく、黄巾の乱後に雒陽に帰還して尚書に入ったらしい。父曰く『平時の文官なら最適』らしい。今は戦時で、かつ彼は刺史だけれど。
そして、青州では東莱郡に橋羽殿が、済南相に荀緄殿が任じられるなど周辺がかなり身内で固められた格好だ。県令人事についても俺から推薦するよう命令が来ていたので、俺のいた劇県とともに昇進によって不在になる都昌県と下密県、膠東県の4県を家臣で固めた。膠東県は公沙氏が不在となったので、豪族出身者ではない家臣から選ぶべきということで簡雍を配置した。劇県に王豹、都昌県に臧覇、下密県に鄭益が県令として入り、北海国の丞に孫邵、尉に張飛を任命した。俺の家臣になることに今も若干抵抗している太史慈は、泰山郡の太守となった鮑信殿の下で青州に最も近い蓋県の県令に任じられた。本当は程昱らにも官職を用意していたが、今は不要と言われたので、代わりに北海国で俺に与えられた封地の一部を分けて渡してある。管承や楽進、于禁も劇県の尉官などに任じられたので、ひとまず主要な家臣は何かしらの公的な役職についた形だ。
一方で、楽安国相に孔融が、そして斉国相には蕭建という中央から派遣された役人が新しく加わっており、青州全土が俺の影響を強く受けるのは避けたいという思惑も感じられた。また、徐州で隣接している琅邪国の相には黄巾賊との戦で父の副官を務めていた宗員殿が入った。また、青州の簿曹従事に蔡邕様が任じられ、兵曹従事を俺が兼任する形で、実質的に軍事権を俺に預けるような形になっているようだ。
これらの人事が正式に決定した段階で、雒陽から9月に黄門侍郎の荀攸がその任官の使者としてやってきた。荀攸と言えば曹操の軍師として活躍した人だが、実は最初は何進の家臣でキャリアをスタートしている。俺の知るかぎりこれから董卓暗殺計画を立てて失敗するのだが、それは正直辞めて欲しい。成功する形で歴史が変わっている可能性もあるし、彼が死ぬ失敗に変わっている可能性もある。正直読めなさすぎて人材を失うことの方が怖いのだ。
「では、これで盧仲厳殿に渡すべき書類は全てです」
「ありがとうございます」
「……潁川では貴方の兄上にお世話になりました。青州は良い場所ですね。民が笑顔で、実りも多い」
「全ては偶然です。私がたまたまコーリャンを見つけただけです」
「ですが、それが青州の進む道を変えたことでしょう。そして、必要以上にその功で誰かから奪うことをせず、民の日々の暮らしを良くした。盧家無くして今の王室はないでしょう」
「確かに、父がいなければ黄巾賊はこれほど早く鎮圧できなかったでしょうね」
父は常に漢王朝のためにどうすればいいか考えているタイプだ。儒学もそのために研究している。俺はどうしたってこの後漢王朝が滅びる前提で動いている。きっとその小さな違いに父は気づいているだろう。だから、俺は盧家から独立した存在になった部分もあるはずだ。
「しかし、荀黄門はよく雒陽の混乱に巻き込まれませんでしたね」
俺の言葉に、荀攸は視線を落として悔しそうに唇を噛む。
「何将軍は、己が討たれる覚悟だったと思うのです」
「自分を犠牲にする、と?なぜ……」
「呼び出された時、将軍は私にいざとなれば潁川か、青州に逃げろと言っていました。そして、皇甫将軍も、朱将軍も雒陽には呼ばなかった。そして、盧司空も同行させなかった」
何進大将軍は手勢を少数連れながら、もっと連れていけるのに数を絞ったらしい。
「何将軍はきっと、宦官に討たれることで帝も庇えない状態に宦官と何皇后を送りたかったのではないかと。そうして、己が死んだ事で外戚のいなくなった太子様にお父上や皇甫将軍を補佐としてつけて、この難局を突破しようとしたのでは、と」
実際、袁隗が余計な動きをしなければそうなった可能性は高い。長安には蓋勲が京兆尹の太守として立ち塞がっており、宦官が逃げ込むのは不可能だった。何進大将軍が死ねば張温は長安に入れずに足止めされただろう。董卓さえいなければ、宦官の全排除とその名目の確保は何進派によって成し遂げられるはずだった。
「肉屋と罵る愚か者もいましたが、私は尊敬に値する方だと思っていました。だからこそ、董卓に政治を握られたのが悔しい……!」
ここしか、言うタイミングはないと思う。
「でも、だからと言って董卓を討つのは難しいですよ」
「……どういう、意味です?」
「そもそも、雒陽周辺で彼の軍勢は頭一つ抜けた存在。皇甫将軍が黄巾残党の討伐を終えない限り、その優位は揺るぎません」
「そうでしょうね」
「しかも噂では并州の丁刺史を味方につけたとか。そうなると、雒陽で董卓を狙うのは容易ではありませんよ」
「では、盧司空の助力があれば……」
「父は動きません。これ以上雒陽が荒れるのは、父の本意ではないでしょう」
董卓が武力を持っていなかったら、雒陽を守れる人間ではないと父は判断しただろう。そうであれば荀攸の計画も上手くいったはずだ。だが、董卓はそういう嗅覚でそうそう勝てる相手ではない。油断もしないだろうし、計画もいつか露見する。まだ若い荀攸(と言っても俺より年上だが)では勝てる相手ではない。しかも、これから史実では父も董卓に罷免される。どうなるかわからないが、十分警戒が必要な状況だ。
「……本当は、わかっているのです。今董卓を討とうとしても、成就しないことなど。ですが、これではあまりにも、あまりにも何将軍が可哀想で……」
命を賭けた策を、ぽっと出の董卓に潰される。しかも、自分が皇帝にと願った相手は皇帝になれず、家族とも離れ離れになってしまった。
「せめて、せめて董卓に、お前は間違っていると示さねばと」
「そのために、一族の命をも晒すのは上策ではありません」
「では、貴方ならどうすると?」
うっすら涙を称えた瞳で、正面から荀攸は見据えてきた。
「今は兄弟2人とも殺されることはありますまい。どこかの時に、2人を董卓の手から引き離せれば」
「後は何とかする、と?」
「青州と兗州、徐州の一部も我々の元でまとまれるでしょう。その力をもって、董卓討伐軍を、起こすのです」
董卓は政治的に成功しない。それは彼の考え方に遊牧民族的なものが入っているからだ。父は董卓をそう評していた。だから、史書でも彼の失敗は多数書かれている。
彼の失政で命を落とす人が出ないよう青州が受け皿になりつつ、彼を討つ大義を重ねる。
それが俺が今目指すことの1つだ。
時期によるが、俺が反董卓連合を起こすことだって考えていい。父が政権の中枢にいるうちは難しいが、そこまで長くはもたないはずだ。
「だから、軽挙妄動はされぬよう」
「……ご意見はわかりました。参考にさせていただきます」
荀攸は俺より賢い。だが、仲間を見捨てられなかったり、何進という主の無念を理解しすぎているだけだ。少しでもそうした自分を縛る枷を緩めてくれていればいいのだけれど。
何進の策を正しく理解していたからこそ、イレギュラーで政権を掌握した董卓を許せない荀攸。
政策が失敗続きだったので史実では暗殺計画までいきました。本作では何進の策がもう少しで成功しそうだったので、その分怒りの矛先が向いている設定です。




