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第42話 ルールで縛られると、視野が狭くなる

ギリギリ1日1話と言い張る勇気。

 青州 東莱とうらい郡・東牟とうぼう


 王営は顔に強欲と書いてありそうなくらいわかりやすい人物だった。

 領内に入ってわかったのは、全然豊かではない生活をする人々。小作が虐げられ、土地持ちが小作の管理をすることで小作の反発が小農民に向かう。小農民たちは大幅な税に苦しみつつも、小作をストレス発散に使い、管理する邑長に媚びる。コーリャンが手に入っていなければ彼らの大半が黄巾賊になっていただろう。

 そして、そんな仕組みの上で1500の兵を抱えて睨みを利かせるのが王営だった。俺より財をなしながら目は吊り上がり、眉間のしわは深い。目線は落ち着かず、常に自分の財が誰かに奪われないか疑い続けている目だ。猜疑さいぎ心が強すぎるからか片方の眉ばかり上に引っ張られたせいか、口もわずかに歪んでいる。


「高粱の収穫から100分の5納めるという規定、あれを免除していただけるなら考えましょう」

「……私は、ただ揉めている内容を聞いただけですが?」

「私の1日で得る収入は五銖銭ごちゅうせんにして5000枚。この話す時間だけでも100枚は損をしております。県令様ならそれくらい計算できるのでは?」

「世の全てが金だとでも?」

「金で買えぬ物などありませぬ。人も、絹も、宝玉も。全て買えますぞ」

「人の心は買えぬ」

「御安心を。県令様が高粱を諦めれば、私も少しだけ心を取り戻せそうです。ほら、買えますぞ」


 ダメだ。話にならない。


「そういう方針なのですね。わかりました」

「もう宜しいので?」

「ええ。ああ、それと」


 俺はたまたま手元に持っていた五銖銭100枚の束を2つ、その場に置いていった。


「これで、貴殿には十分報いましたね?」


 俺は王営の屋敷に留まることなく、さっさと昌陽しょうよう県へ向かった。


 ♢


 青州 東莱郡・昌陽県


 王欽はわざわざ自領の境まで迎えに来る律儀な人だった。10歳ほど年上ながらひたすら腰が低く、猛烈に汗をかきながら緊張を露わにするタイプだった。もうこの時点で心情的にはどちらに味方したいか明確だ。


「いやぁ、わざわざ申し訳ございません。弟のようだった豹がこんなに立派になったのも嬉しいですが、高粱のことでお世話になっているのに、こうしてご足労頂いて」

「気にしないで下さい。東莱郡は遼東の公孫氏に脅かされる場所。ここを守る兵は減らせないので、揉め事を余裕のある我々が受けただけです」


 実際、東莱郡の太守は日ごろから従銭の派遣を快く受けてくれている。その分遼東公孫氏への備えが減るにもかかわらず、だ。こういう時くらい恩返しできなければ申し訳が立たない。


「水利で揉めている場所をまずは見ていただければと思うのですが」

「ありがたい。ではそちらに案内していただけますか?」

「ええ。途中馬車が通りにくい場所もあるので、そこからは馬で移動になりますが」

「構いませんよ」


 王欽殿が部下を先頭に進む中、俺は張飛に水利の難しさを教えた。


「青州は冬や雨期に降った雨をどう使うかが重要なんだ」

「幽州ではそもそも麦すらあまり育てていなかったから気にしませんでしたねぇ」

たく郡は柏の木を建材として売るか、牧草を食べる馬や牛を育てている者が多かったからね」

「よほどの日照りじゃなきゃ、井戸の水も枯れませんでしたし」

「だが、農業とは水が大事になる。水がなければ作物は育たない。水の量が作物の収穫量を決めると言っても過言ではないんだ」

「すると、川の水を多く使えれば農業はたくさんできると。なら、水の奪い合いが生まれるのも仕方ないですねぇ」

「そういうこと。そして、水は上流から下流に流れるから」

「上流の土地の方が農業には都合が良いと。それで今回は揉めてるんですねぇ」


 いずれ張飛にもどこか土地を任せるようになるはずなので、その時までに色々考えられる人間になってもらいたいところだ。


 馬車が行けない細道に入り、御者と少数の護衛を残してさらに上流へ。目的地には川の沿岸を石で固めた簡易式の堤防が敷かれていた。その横に、分流する形で灌漑用の水を取りこむ水路が掘られていた。水路を指さしながら、王欽殿が説明してくれる。


「これが領内に引き入れる水のための水路です。ご覧いただけばわかると思いますが、他の川を使う場合と同じくらいの水路の大きさなのですが」

「確かに。でも、これに向こうは文句を言っていると」

「はい。我々もどうすればいいのかと困っていまして」


 布で汗をふく姿を見ても、本当に困っているのが察せる。水路の水を独り占めのような訴え方だと聞いていたので、水門でもあるのかと思っていた。そういったものは当然なく、水路は普通のものだ。


「一応、ここの上流に洪水を防ぐ水門と水を逃がすため池があります。しかし、ため池はここ数年使っておりませんし、水門を閉じれば我々も水が来ません」

「一応、王営の水路も見てみるか。場所は知っていますか?」

「はい。ただ、我々が近づくと衛兵が威嚇いかくしてくるので……」


 彼らからすればさらに揉める要因になるのは避けたいのだろう。ただ、状況の確認は必須だ。

 俺は張飛の力を借りて水路の取水している部分を計測した後、川の下流へ向かった。


 ♢


 川の下流、取水する場所には10名ほどの武装した兵士がいた。王営の配下だろう。遠目で水路が見えたところで王欽の配下で案内してくれた兵を帰し、俺と張飛らだけで水路を確認しに行く。近くまで行くとこちらに気づいたのか、警戒した様子でこちらに声をかけてきた。


「何者だ!?」

「北海国尉、劇県令の盧仲厳です。東莱郡太守の意も受けて、水利で揉めている現場を視察に来ました」

「その様な連絡は受けていない!言われた仕事以外をすれば我々が罰される!御下がりいただきたい!」

「ここに、屋敷でもらった水路の確認許可書があるので、確認してほしい」


 銭200枚で手に入れた調査の許可書だ。だが、相手は頑としてこれを受け取らない。


「知らない!言われた仕事以外してこれまで何人が罰されてきたか!御本人を連れてくるか上から命令がこない限り、我々は許可できない!」


 とにかくマニュアル通りしか動けないタイプの人だ。とは言え、色々規則で縛られているだろうことは想像できる。これは憶測だが、部下にも失敗すると罰金とか課してそうだ。流石に我慢ができなかったのか、張飛が口を出す。


「おいおい、お前らの主が偉いとは言え、県令様より偉いなんてことはないだろう。太守から正式に依頼のあった県令に楯突いたら、お前らの主まで罰されるぞ」

「知らない!命令にない!命令にない!命令書を上が持ってこないと、受けられない!」

「あのなぁ……」


 怒るより呆れる対応だ。そして、こちらが近づくのに命令で凝り固まった相手の1人が、ついに恐慌を起こして矢を放った。矢は馬車の上の方に刺さっただけで実害はなかった。だが、その一撃で王豹と張飛が怒りに染まった。


「良いんだな、お前のその一撃が、主を殺すぞ」


 王豹が橋を渡って相手に突撃した。元々覚悟が出来ていたわけでもない彼らは、散り散りに逃げ出したが王豹が許さなかった。半数は捕縛し半数は死んだ。当初の予定とは大分違う形になりそうだった。

 ただ、水路の大きさを確認すると王営の方が水を倍以上取水していることもわかった。これで王営の方に問題ありと断言できる状況が出来上がった。


「至急東莱太守の元に向かおう。この件も含め、報告してどうするか判断してもらう」


 仲裁しに来たはずなのに、なんだかなぁ。

王営はかなり強欲な人物だったのが史書でも見えます。そういう人物にしています。

この話は一見あまり中央と関係ないですが、今後意外と関わってくる予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 乱世と云うご時世だから中途半端に生かすより邪魔な奴はさっさと殺して潰して身内に任せよう
[一言] 典型的な小悪人ですな。 目先の利益を求めすぎて身を破滅させるタイプの。
[一言] よし、県令暗殺未遂犯として滅ぼそう
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