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第41話 姻戚

明日はちょっと忙しすぎるので投稿できない可能性が高いです。投稿あったらラッキーくらいでお願いいたします。確認できるようにブックマークなどしておいていただけると幸いです。

 青州 北海国・劇県


 新年を迎えた。中平6(189)年だ。霊帝の容態は悪い意味で安定していた。寝たきりであまり長時間起きず、眠っていることが増えているそうだ。

 父からは冀州の戦況も送られてきた。年末に蹇碩けんせきと白波賊の大合戦があったそうだ。


 両軍総勢約18万が激突した戦は、官軍のやや負けくらいで終わったらしい。

 高進が討死したものの、援軍で入っていた袁紹軍の顔良がんりょう文醜ぶんしゅうが大活躍して大崩れを防いだのだとか。

 その後、蹇碩が後方に下がったタイミングで皇甫嵩将軍が3万の兵で北上。袁紹軍や公孫瓚軍、丁原ていげん軍と合流して疲弊した白波賊と第二戦を行い、見事勝利したそうだ。

 丁原と言えば呂布の上司で并州へいしゅう刺史に任じられた人物だ。いよいよ歴史の表舞台に呂布が出てくるのか。



 今年は蔡邕様も劇まで来ていただいての新年だった。文姫は姉と手紙のやり取りを続けているので、少しずつ姉がいない状況に慣れてきたようだ。

 新年の挨拶を終えると、今年の税を納めるために誰が雒陽に向かうかという話し合いになった。昨年は黄巾討伐前に鄭益が行ったのだが、鄭玄様の子どもという立場のおかげで政争からうまく逃げられたわけだ。しかし、今年も同じ人は避けた方がいい。最悪何かしらの官職に段珪が任じてくる可能性があるからだ。そこまで堅苦しくない新年の話し合いの場に、俺の膝の上に乗った文姫も一緒に参加していた。


「今年は雒陽と縁も欲しいと考えて、簡雍かんよう孫邵そんしょうを向かわせるのも手か」

「孫家の伝手をあまり手元から離したくはありませぬな。簡主薄も仕事が多い」


 程昱は茶を飲みながら楽な姿勢で会話に参加している。張飛は蜂蜜をかけた団子を頬張りながら臧覇ぞうはに教わりつつ部隊の会計書類(年末提出のはずのもの)を処理していた。2人の様子を尻目に、鄭益は俺に意外な人物を推薦してきた。


「では、滕耽とうたんはいかがでしょう?彼はもう17歳ですし、勤勉です。正使にするには年齢などは足りませぬが、青州の事情は最も良く理解している1人かと。副使ならば立派にこなせましょう」

「なるほど。正使にはおう叔治しゅくじがなればいいか。まだ青州の状況を報告するのは難しいだろうが、それこそ副使で補佐できる」


 王脩おうしゅうが正使、滕耽が副使なら問題もないだろう。おそらくだが、雒陽に向かう4月頃は霊帝の生死がいよいよ危うくなる時期だ。そうなれば鄭益などでなければわざわざこちらに絡んでくることもないだろう。


「では、2人に任せよう」

「ところで、文姫様が寝てしまわれたようですが」


 ふと目線を落として彼女を見ると、俺の左腕の袖を握ったまま目を閉じていた。夕飯も終わって眠くなる時間帯だ。そろそろ明かりをつけないと暗くなるのも確かだろう。


「蔡先生、文姫を部屋に連れて行きますね」

「別に今日はこのまま2人で寝てくれても構わないよ」


 文姫をいくつだと思ってるんだ。まだ12歳だぞ。


「ですが、真面目な話仲厳様の縁談もそろそろ決まらないと困りますぞ」

「うーん……と言われてもなぁ」


 父が中央の政争で忙しい今、俺から『縁談はよ』とか言って多忙な父を困らせたくもない。文姫のことは父も当然知っている訳だが、どうしろという指示は来ていない。彼女については好きにしろということなのだろうが、それはそれとしてどうすればいいのやら。


「盧家の繁栄のため、文姫様が大事なのはわかりますが、子がつくれる相手をお願いいたしますぞ」


 世が世ならセクハラだ。なんとも反応しにくい小言を言われつつ、俺は彼女用の寝室にお姫様抱っこで連れて行くのだった。


 ♢


 種蒔きの時期になり、降伏した黄巾兵を各地に分散させて一連の処理が終わった頃。王豹が俺に相談しに来た。

 彼の出身地である東隣の東莱とうらい郡にいる親戚が揉めごとに巻きこまれているらしい。


「東莱郡には王姓を名乗る豪族が多いのですが、私と祖父が同じ王欽おうきんというものがおりまして」

「従兄弟なのですな、それで?」

「近頃近隣の県で勢力を強めている王営おうえいという男と利水の話で揉めるようになったという話なのです」


 どうやら若干上流側に土地を持っている王営側に対し、下流に流す水の量を変えて自分たちに不利益になっていると文句を言っているらしい。


「王営は豪族として2000戸を有する有力者で、近年は高粱のおかげもあってかなり財を蓄えています。しかも周辺にも顔が利き、公沙こうさ氏の妻がいるとか」

「公沙氏、か」


 外戚という存在がここで顔を出してくるとは。面倒な。とは言え、こうして自分の後ろ盾になってくれたり、兵や財を貸してくれたりするのもまた外戚や婚姻による縁戚なのも事実だ。俺がこれだけ自由に動けるのも、ある意味では未婚で自分が縛られていないことも影響している。婚姻関係を1つ結べば、連鎖して色々な縁ができるのは羊氏を見ればわかる話だ。


「双方の話を聞いてみて、ではあるけれど。ちょっと早めに何とかしないと、遼東に付け入られますよね」

「そうです。公孫氏が遼東から今も沿岸を狙っております故」


 遼東公孫氏は公孫瓚とは別の一族だ。遼東半島周辺はこの遼東公孫氏によって名目上漢王朝の支配下に置かれている。しかし、連中は隙あらばこちらの沿岸部の豊かな土地を手に入れようとしてくる。厄介な敵だ。


「兵を引き連れて行くのは冀州への警戒もあるから大規模には出来ないし、牟平ぼうへいまでは少数で向かうか」

「それが良いでしょう」


 従銭の本拠地である牟平県は揉めている王営の本拠である東牟とうぼう県の西隣にある。王欽の土地はその東隣にある昌陽県だ。つまり西から牟平(従銭)→東牟(王営)→昌陽(王欽)という位置関係になっている。いざとなれば従銭の沿岸警備に戻した兵を動員することにすればいいだろう。


「ただ、王営は自衛のために500近い兵を抱えています。油断は禁物かと」

「まぁ、公孫氏もいるし、私も人の事を言えるわけじゃないからなぁ」


 自衛のための私兵が横行するのは現状仕方ない。とは言え、それが周辺に対する暴力装置になっては困るのだ。


 ♢


 青州 東莱郡・牟平県


 北海康王様の許可をもらい、東莱郡の太守にも事前に許可を取って従銭が普段いる牟平県に王豹・張飛・于禁と向かった。臧覇と楽進に北海を任せて300ほどの兵と牟平県に入ると、牟平県の従銭の屋敷には公沙盧こうさろが先回りして来ていた。


「盧大海様の子が我が姉上の嫁いだ王氏の元に向かうと聞きまして、先日東牟に行った帰りにこちらに寄ってお待ちしていたのですよ」


 前言撤回。先回りじゃなくて、王営の元に行った帰りに俺が来ると聞いて待っていただけだった。


「我が姉上の嫁いだ王一族は光武帝様の孫である章帝様の頃に匈奴討伐に功があり、2000戸を与えられた名門。盧大海様の子である貴方様なら、その偉大さはよくわかりますよね?」

「確かに、偉大なご先祖様ですね」

「そうでしょうそうでしょう」

「ですが、揉めているのは水利の話と聞いています。双方に話を聞いて、現場を確認してからですね」

「いやいや。忠節孝行で手にした地の利権は、そのまま得られずして何としましょうか。それに、上流の者が水を独占しては川の水が使えませぬ。上流の者は下流の者を慮るのが筋。これは儒学にもある上が下に範を示すという考えに同じでしょう」


 儒学はへ理屈バトルな部分がどうしてもある。だが、やろうとすればダブルスタンダードが平気で言えてしまう。だが、それは時に己の首元を襲うブーメランとなって帰ってくる。


「では、公沙氏が膠東こうとう県で今広げているコーリャンの畑も止めていただけますか?下流から作物を育てるためと称して水の流れる量が減っていると苦情が北海国相に届いていると聞いていますが」

「な、そ、それは……その……」

「上流が下流に範を示すべしと申されるなら、まず己自身が範を示すのが名士たる矜持でしょうな」

「ぬ、ぬ、ぬぬぬ」

「公沙氏の範を見たら、我々も昌陽で同じことを伝えて参ります」


 公沙盧はこの会話の後あわただしく帰路についた。都合の良いように儒学を使われてたまるものか。

 100%公平とはいかずともある程度公平に見るつもりだったが、この様子だと王営という男を色眼鏡で見てしまいそうだ。王豹は喜んでいるので、そういう意味では別に問題ないのだけれど。

王豹も王営も王欽も全員実在が『後漢書』などで確認されていて、全員青州東莱郡の人ですが、縁戚関係は物語上の設定です。

王欽と王営が揉めたのも史実通りです。光武帝劉秀から章帝の頃に王姓が増えたのも確認していますが、このあたりの因縁は物語的な要素と思っていただけると幸いです。


婚姻による縁が色々な意味を見せるお話が次まで続きます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 水利を巡っての争いは生活にダイレクトに関わるからどこも必死ですねえ。 なんなら領主が矛を納めても農民が納得しなければ暴発しますからねえ。 まあ水稲メインの日本ほどじゃないでしょうけど。
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