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第40話 辛陳杜趙

遅くなり申し訳ございません。短めです。

 兗州 任城にんじょう国・任城県


 残党の処理、特に降伏した兵ですらない者の処遇は難しかった。青州の自分が封地として与えられた地域まで連れて帰ることにし、5年間収穫物50%貢納を課すことにした。このあたりは青州北海郡の尉官としてできる処罰の範囲でしか決められないので仕方ない。漢王朝は黄巾賊を『降伏すれば労働対価で赦す』という方針なので、それを逸脱してはいけないのだ。


 湖の外周を進んで任城県に向かう。100ほどの残党が徐和じょかと別れて向かっていたためだ。しかし、この部隊は道中に橋羽きょうう殿が用意した県の守備兵と戦って壊滅したことがわかった。戦場となった地点に行って挨拶だけして帰ることにする。


「遠く兗州まで来ていただき助かりましたよ、仲厳殿」

「いやいや。こちらには来る必要なかったようで、橋相様に援軍は不要でしたね」

「いや、賊共が我らと戦ったのは仲厳殿が攻めてくると聞いてからですので、連中も仲厳殿が来るならその前に食糧を手に入れたかったのでしょう」


 橋羽殿は敵兵を全滅させたらしい。中途半端なことはしないようだ。兗州はかなり荒らされたこともあって恨みに思う住人も多い。中途半端に降伏は許せないらしく、降伏しようとすると見て見ぬふりをして殺してしまうことも多いそうだ。橋羽殿もあまり強く追及しにくい。抵抗する気があったと兵が判断したなら、あまり強く言えないのだ。


「我らとしても、邑の働く者が減っているのであまりそうしたくないが、現場の兵が連中を恨んで徴兵に応じている場合も多い。彼らは降伏を許さない」

「青州では中々見られない光景ですね」

「青州は徳治に満ちていますからな。黄巾に頼らずとも生きていけるから、黄巾に与する者も少なかったと」

「各地で似たようなことがおきているのでしょうね」


 正直青州以外で黄巾の降伏した家族なんかが生きることを許される土地はあるのだろうか。北海国以外の青州にはまだ多少人を受け入れる余地があるけれど、他は人の心も土地も荒廃していて余裕はないだろう。特に冀州なんか酷い状況の筈だ。


「気にかけていただいたのは忘れませぬ。また何かあればお声がけ下され」

「ありがとうございます」


 死体を燃やしている煙に少し手を合わせる。よく考えればこの文化も仏教が入るまでないわけで。人の死に対してあまりにも軽い時代であることを再認識させられる時代だ。


 ♢


 兗州 泰山たいざん郡・奉高ほうこう


 泰山まで戻って来ると、冀州と青州の状況が入ってきた。どうやら冀州の黄巾賊と白波賊、烏桓うがん族は集結して蹇碩けんせきの軍勢と決戦に動いているらしく、青州を襲っていた烏桓族と白波賊はぎょうに向かって移動を開始したそうだ。公孫瓚は早速後方の白波賊の拠点などを襲うべく動いているらしい。


 兗州や豫州でもまた賊軍に襲われるのではないかという不安感が広がっているようで、地域によっては住民が青州に逃げようとする動きもみられるそうだ。その動きの一部で、兄のいる潁川郡でも青州に一族を1,2人逃しておこうとする動きがみられるらしい。兄からの紹介状を持った名士がたまたまうちの軍勢の動きを知り、同行したいと申し出てきた。そのメンバーとは杜襲としゅう趙儼ちょうげん繁欽ばきんの3人だった。代表して杜襲が俺と話をすることになった。


「黄巾賊を見事打ち破ったとのこと、おめでとうございます」

「あの辛陳杜趙しんちんとちょうと称される2人と、素晴らしい詩を詠むと名の知れた名人が青州を訪れて下さるとは」

「戦乱の中、青州は誰もが安寧を得ることが出来ると評判ですから。しかも、あの張元節様が教える私塾もあるのですよ」


 辛陳杜趙とは辛毗しんぴ陳羣ちんぐん・杜襲・趙儼の4人だ。豫州や荊州では既にその名が知られている人物で、史実でも曹操を支えた名将たちだ。

 特に趙儼は将をまとめる将として知られていた人物だ。話を聞く限り、陳羣は2年前の祖父の死をうけて父とともに喪に服しているそうだ。辛毗は家族の関係で後から合流する予定らしい。


「貴殿らのような名士が学んでいると知れば、人々は青州は安泰だと益々安心する。ぜひ張先生のところで学んでいってください」

「我らに仕えろとは言わないので?」

「程軍師のようにお手伝いいただくならともかく、年上の皆様を家臣にするなど傲慢ごうまんがすぎるというもの」


 実際、俺の家臣と言えるのはほぼ同年代の孫邵そんしょう・楽進・于禁・臧覇・張飛・簡雍といった面々だけだ。鄭益だって鄭玄様から預かっている状態だし、華歆かきん殿も劉政殿もあくまで手伝ってくれているだけだ。


「この荒れた時代、真に大事なのは人々に望まれる者が上に立ち、人々を導くこと。年齢は関係ないかと」

「それは民が願うものであって、役人として、あるいは将として国に仕える者が言うべき理ではないですよ」


 曹操も年上の家臣をもっていたが、それは家臣側が仕官を望んだ時だけだ。あくまで相手が望まなければ、家臣にはならない。


「なので、皆様が望む限り、青州では自由に学んでいただければ宜しいのです」

「成程。盧大海様の子は御二人とも仁政を知るようですね」


 彼らをともない、降伏した黄巾賊を連れて青州に帰る。青州はこれで平穏を取り戻せるだろう。


 ♢


 青州 北海国・劇県


 青州に帰ってきたところで、父から手紙が届いた。霊帝が病で倒れたという報だった。


 始まる。宦官と外戚の生き残りを賭けた戦いと、戦乱で誰も統制がとれない乱世の時代が。

 霊帝の死で、全てのトリガーが引かれるのだ。だれも止められない政争の中で、誰が勝者になるのか。史実通りなら董卓が勝つが、情勢は複雑だ。


 気づけば年末が近づいていた。怒涛の1年が終わり、新しい皇帝の時代は目の前だ。

主人公はここで自分が中途半端に関与するのを避けています。中央の政争は最悪自分も巻きこまれて死ぬので、距離を開けている状況です。


次話から第3章に入ります。

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