第39話 黄巾壊滅
青州 平原国・平原県
千乗にいた黄巾賊の家族も合流したためか、彼らの動きはかなり鈍かった。休息と白波賊の対応を準備した後でも兗州までは到達しておらず。俺たちは急いで青州の境目に近い平原国まで西進し、先行していた楽進ら兗州出身者から情報を集めた。その結果、黄巾賊は大まかに2つの集団となって逃げていることが判明した。
「片方は徐和の率いる6000ほどの集団。戦えるのはおよそ2500ほどかと。こちらは兗州に入り、小さな邑を襲って食糧を漁っている様子」
「こちらの方が進みが遅い連中か」
「はい。もう片方が管亥の率いる5000ほどの集団で、こちらは既に済水を渡って冀州に逃げています。おそらくですが、こちらは白波賊の本隊と合流し、蹇碩と戦う気かと」
「そちらは一旦放置だな。徐和の部隊を壊滅させることが第一だ」
「徐和は兗州の東武陽を避け、南下を開始していることが分かっています。狙いは恐らく任城国か、山陽郡かと」
東平国から南に渡河したところまで確認されているので、そのまま行けば山陽郡か任城国だ。そこから南下すると劉寵様の精鋭兵がいる陳国なので、そちらに向かうことはないだろう。
「よし、情報を集めつつ南に向かう。必ずここで黄巾の一部を壊滅するぞ」
全員が頷くのを確認し、俺は翌日の出発に備えるよう命じた。兄がいる潁川方面まで行かせるわけにもいかないしな。
♢
兗州 山陽郡・鉅野県
道中に3つの邑が襲われたのを確認した。県令がいるような地域には近づいていないのを確認し、程昱の進言もあって彼らの狙いを山陽郡の一帯と見当をつけた。そして、山陽郡に入って5日後、ついに鉅野県で黄巾賊に追いついた。
「あれか?」
「間違いないかと」
程昱の情報網はここでも役に立った。敵は明確にこちらと戦う態勢をつくろうとしているのに、その動きは鈍重だ。程昱は彼らが3日に1度寝ずに移動している法則性を偵察で確認し、敵が寝ずに移動した日の翌朝に俺たちが追いつけるように調整していたのだ。
「よし!敵は寝ずの移動でまともに戦えん!一気に圧し潰せ!この戦も勝ったぞ!」
「「「勝った!勝った!勝った!」」」
中央を于禁に任せ、左翼の楽進と右翼の張飛が敵の布陣が完了する前に突撃した。于禁は唯一まともに布陣している徐和がいるであろう中央に圧力をかけつつ、決して突出しないように全体をコントロールしていた。相手は押しこめているが、こちらも兵数が少ないので簡単に総崩れにはならない。
しかし、開戦から1時間もたたないうちに、敵の後方から1000ほどの兵を率いる軍勢がやってきた。旗の名前は『李』の一字。この地域の豪族である山陽李氏だ。後方からも敵が現れたことに気づいた黄巾賊は陣が分かりやすく動揺し、早くも張飛のいる右翼側が敗走する敵を生み始めた。それだけでなく、降伏する者も現れているのがわかる。右翼側が崩壊し、中央軍の後方に李の旗がたなびきながらあえて戦わずに一定の距離感で本陣を脅かす動きを見せる。程昱がその様子を見て、敵本陣を包囲する動きをすると決める。
「左軍を崩すのだ!左軍が崩せればこの戦は終わりだ!」
程昱の指示で中央の兵の一部が左に向かい、右軍が敵本陣の近くに向かう。張飛の姿と名前で畏怖した敵はバラバラにその場から逃げようとし、その敵を李家の兵が弓兵の攻撃で狙い、逃がさない。全く示し合わせていないのに完璧に連動してくれるのはありがたい。
「仲厳様、もはや戦は終わりです」
「程軍師と王将軍が頼もしすぎて、私が必要ないですね」
「いや、この兵は仲厳様を慕う漢随一の精兵。でなければここまで勝てませぬ」
俺がこんな呑気に話せるのも、王豹が決して気を抜かずに指揮を続けているからだ。俺の役割はある意味固まった。ともに戦場にいることと、この姿を味方に見せること。そして、絶対に退かないという姿勢を見せることだ。
そして、全方位に敵が壊走を始めた。その瞬間、于禁がそれまでと違って苛烈に敵を攻め始めた。これに呼応するように張飛・楽進も攻勢を強めた。これによって敵軍は後方で李旗のいない場所に逃げようとするも、そこに李家の弓兵の攻撃が集中する。結果、わずか10分ほどで敵兵が壊滅し、2000の非戦闘員を含む降伏者が出た。
徐和は降伏しようとした兵に殺されたらしく、彼を殺した兵の首もこちらに差し出された。
黄巾賊のあくまで一部だが、この日文字通り消滅した。
♢
李家の部隊を率いていたのは李乾という人物で、補佐をしていたのは李典だった。やはり史実でも優秀なだけある。
彼らは豪族なので土地から離れることはないが、こういう時は強い。李乾も李家のNo2として、土地を守るために出兵したそうだ。
「感謝いたします。盧県令には二度も兗州を救っていただいて」
「李家の皆様も見事な用兵で、我らも助かりました」
「これで兗州の黄巾賊は壊滅。残党もいないとなれば安心して暮らせます」
「何よりです」
「元々、寝ずに敵が進軍している今仕掛けて数を減らそうと考えていましたが、文字通り壊滅させることが出来るとは。兄にも良い報告が出来ます」
彼らも自分たちの土地が荒らされそうならこうして兵を出す。決して多いとは言えないが、ここ数年の状況から豪族で兵を抱えている者は少なくないのだ。こうして兵を抱えることで仕事を得る者が出ている。仕事を得る人が増えれば山賊や盗賊は反乱軍に合流しないと生活できなくなる。そうしてまとまった賊を倒せば余剰人口も減って統治は安定するというのがこの乱を鎮める最適解だろう。
しかし、そう上手くいくだろうか。
実際、蹇碩はやっと敗北した高進の軍勢を再集結させて再び白波賊の郭泰と対陣できる状態に戻せた程度の状況らしい。袁紹が率いた部隊が時間稼ぎとなる攻勢で一部の白波賊を倒したおかげらしく、各地で袁紹は称賛されながら「やはり宦官ではダメだな」という風潮が出来上がりつつある。これで高進が討死でもすれば霊帝の宦官への信頼が地に落ちるだろう。そして、それを何進大将軍は狙っているはず。彼は雒陽郊外に既に後詰めという名目で2万の兵を集結させているらしいし、朱儁将軍もその補佐に回っている。この軍勢は涼州の反乱軍が危険と判断すれば涼州に行き、冀州が危険と判断すれば冀州に向かう予定の軍勢だそうだ。
「冀州が落ち着けば南の黄巾賊もかなり討伐されましたし、また王室にも平穏が戻るのですがね」
李乾はそう言って自分たちの土地に戻って行った。
良い縁も結べたし、帰って烏桓族らがまた青州に来ないように防衛線を固めることにしよう。
黄巾賊の一部、壊滅。
白波賊の主力が全力で来れば兵数が桁違いになるのですが、それをすれば流石に公孫瓚や袁紹が挟み撃ちにしようと狙うので主力はずっと冀州方面だったのも幸いしました。
そしてこの話で李典と出会いました。
李典はこの頃はまだ豪族の一族なので仕官してくることはありません。曹操のいる史実では地盤が近いこともあって早期に仕官しましたが、今作はもう少し家臣になるにはステップが必要です。
本作で言う孫邵ポジションなので。




