第36話 臨済の戦い(前)
青州 楽安国・高菀県
済水から東南に少し離れた高菀県に軍勢を集めた。周辺の県令たちに声をかけて集まった兵力は約2万。決して少なくない数字だが、依然として相手は7倍以上だ。
張飛・臧覇・于禁・楽進・王豹・程昱・太史慈。現時点の武将としてはかなりいいかんじだと思っているが、いかんせん敵の数が多い。
情報を集めた限り、黒山賊・黄巾賊の残党や烏桓族は一部しかこちらに来ていないらしい。烏桓族の兵数がそこまでじゃないのは朗報だ。大半は冀州で略奪やら都市攻めやらしているらしい。
現状の賊軍連合は楽安国の主要都市である臨済県を攻めているようだ。千乗県は落とされたようだが、蓼城県は無視されたことが早い段階でわかっている。臨済県の県令は黄河で賊軍連合を阻止しようとしたらしいが、敵兵が多すぎて渡河地点があまりに多く、10日前から行方不明とのことだった。
集まった情報を元に、全体への共有と作戦の立案を程昱を説明役として合議で進める。斉国・済南国・楽安国南東部の軍が合計約7000なので、必然うちが最大兵力で主導権を握っている。
「という状況で、敵は誇張しているとは言え兵数は10万ほどいるかと。黄巾賊や烏桓族は家族も一緒に動いているので、集団の実数は10万以上としても、戦える者はそこまでではないですな」
程昱の説明に、渋い顔になる各地の尉官たち。青州では戦がおこっていないだけに、慣れていないから単純な数の差に圧倒されている雰囲気だ。
「敵は臨済攻めを諦めてこちらに来ることはないでしょう。となれば兵を多少分けるはず。戦場に家族は連れて行けないので城攻めか千乗に置いていくか。いずれにせよ勝機は十分です」
しかし、程昱の説明でも彼らの不安そうな表情は晴れない。
「しかし、それでも数倍の敵では……」
「ここはこの高菀で籠城して味方を待つというのも」
「臨済を落とせば食糧が手に入って敵は帰るかも……」
楽観的なことしか言えない者も複数いた。頼りにはならなそうだ。だが、この兵が今回は重要になる。俺は彼らに過剰なくらい自信満々でいなければならない。勝つために。
「御安心を。私が敵の主力を打ち破りますので、皆さんも共に戦いましょう!」
「盧北海殿が言うなら」
「盧県令はあの盧大海様の子ですからね!」
「盧北海様が難敵を倒して下さるなら」
文官気質な人が多すぎるのも考えものだ。とは言え、なんとか兵を全軍動かせそうだ。
♢
青州 楽安国・臨済県
臨済県の南を流れる川に近づくと、大量の軍勢が既に川を渡っていた。総数はわからないくらい。でも、10万以上では流石になさそうだ。前世で見た東京ドームの満員の2倍いくかいかないかくらいに見える。これがアイドルのコンサートならいいのだが、生憎手に持っているのはサイリウムではなく槍などの武器である。どこまで熱狂的なファンでも、鎧着こんで殺気をまき散らしながらアイドルの握手を求めるやつはいないのだ。連中は俺に握手を求めるのではなく、俺の首を求めている。
西の空が少し赤みをさしてきた。これ以上の移動は無理だろう。王豹と程昱に事前に決めた通りに動いてもらう。決戦の開始は明日だ。
「渡河を止めるのは無理だな。日も落ち始めているし、今日はここで野営して、明日決戦か。伯連、指示を頼む」
「はっ」
「仲徳殿、例の狼煙を上げてくれるか?」
「既に準備はできております」
諸々の準備をし、体調を万全に整える。ここで勝てるかどうかが俺の、そして漢王朝の分水嶺になるだろう。
♢
翌朝。
渡河した敵の布陣が進む中、早々に布陣を終えたうちの軍勢は旗の数や配置から、こちらの想定通りになっていることを確認した。黒山賊が前方にいて、城攻めはおそらく白波賊が継続していること。千乗に非戦闘員を多く置いてきた黄巾賊の実数はそこまで多くないこと。そして、烏桓族は若手が主体なこと。
昨日の程昱の説明を思いだしながら、俺は盤上で作戦を確認していた。
『まず、黒山賊は我らと戦いたがっております。理由は太史子義殿の存在。張牛角を討たれたので、その仇と考えていることは明白』
『そして黄巾賊と烏桓族は飢えております。非戦闘員は間違いなく千乗に置いてきたでしょうし、食糧がある臨済を離れたがる者も多くないかと』
『烏桓族は丘力居が冀州方面に残っており、率いるのは蘇僕延なる将。官軍主力と自分たちの主力を戦わせているなら、こちらにはあまり騎射の上手くない兵が多いでしょう』
『となると城攻めは使えぬ黄巾を包囲に回し、白波賊が主力となっているはず。手柄の独占は和を乱すので、白波賊はこの戦を黒山賊に任せたいはずです』
『そこで、敵の先陣の目の前に、太史の旗を堂々と見せつけましょう』
実際、敵が布陣を終える前から堂々と、しかも大きな旗が太史慈の前で風にたなびいていた。程昱の策では、ここから黒山賊の部隊を壊滅させる策が始まる。
♢♢
先鋒として黒山賊軍の最前列にいたのは、張雷公と呼ばれる武将だった。彼はその旗に青筋を浮かべながらも事前の取り決め通りに攻撃開始の合図まで動くのを我慢していた。しかし、太史慈の言葉に、彼は理性を蒸発させることになる。
「どうした腰抜けの山賊共!所詮私の手柄首となった大将に率いられた敗北者の集まりではこの旗が怖くて攻めることもままならないか!」
横で程昱がカンニングペーパーを渡しているが、途中から読むのをやめて自分の言葉で散々に太史慈は敵軍を詰り倒した。
「我が武を止められる者などいないのだから、大人しく小物しかいない冀州で小競り合いでもしておれ!」
この言葉に張雷公は完全に作戦を忘れた。
「は、は、敗北者!?牛角様を、敗北者と呼んだのか!!おのれ太史慈ィィィィ!!その首、この張雷公が牛角様の墓前に突き立ててくれる!!」
彼はまだ布陣の終わっていない味方など気にもせず、数千の兵とともに突出して太史慈の軍勢に向かっていった。
お互いに合図も何もない、獣のような咆哮が響く開戦であった。
♢♢
俺は最初の作戦が見事成功したことを確信した。
太史慈のいる中央に突出して突撃してくる黒山賊と、それを追いかけるように前に出る黒山賊の軍勢。
ここは完全に地力で勝って倒すしかない。中央左と中央右に楽進・于禁を配置し、彼らの力で全力で黒山賊を倒す。
遅れて動き出した右の烏桓族に対し、予定通り臧覇が2000の騎馬部隊を向かわせる。
普通に考えれば騎馬の数も敵が多いし相手は騎馬民族。勝ち目はない。しかし、鍛え上げ鐙の支えがあるうちの軍勢の騎射は、想定通り相手よりほんの少し、本当に少しだけ射程を長く保ち、後退しながら相手の前衛を徐々に削っていく。若い騎馬兵は軍としての動きより、目の前の騎馬民族でもないのに自分たちと互角に射撃戦ができる敵を倒すことに躍起になり、数の優位を生かせない戦い方を始める。
そして左は県令などの寄せ集めの軍だが、ここにはうちから500の兵と張飛を向かわせていた。彼の名は黄巾賊にとって恐怖だろう。特に、今回の敵には唯一青州でうちと戦った管亥がいる。奴は絶対にこちらに強く当たりには来ない。張飛の怖さを誰よりも知っているはずだから。
そして、左右が機能しない状態で、とにかく中央を押しこむ。劉政殿や従銭が突出した太史慈をサポートし、于禁・楽進の部隊が黒山賊を上手くおさえこむ。
開戦から1時間ほどで、兵数不利ながら戦場は膠着状態にもっていくことに成功していた。
そして、俺の側に戻ってきた程昱が、相手の動揺を見逃さなかった。
後方で待機している白波賊が一部の部隊を渡河させて撤退させようとしているのを、彼は危険を承知で輿に乗り、やや高い視点で見ることで気づいたのだ。
「今ですぞ、仲厳様!」
「良し!全軍、白波賊は撤退を開始したぞ!勝った!勝った!勝った!」
「「「勝った!勝った!勝った!」」」
大歓声を上げながら中央軍を前進に転じさせる。相手は俺たちの声で動揺を始め、黒山賊を徐々に押しこみ始めるのだった。
敵は背水の陣ですが、川幅は10mくらいなのでそんなに背水感はないですので省略しています。
何があったかは次話で。主人公の戦い方は地黄八幡式です。
一応敵の陣容はこちら。兵数は城攻めで万単位で抜けていたり、同行の家族が兵数カウントされていなかったりで実数だと約4倍弱くらいです。
中央後
楊奉(白波賊)・張挙(張純配下)
中央前
褚燕(元黒山賊)・張雷公(黒)・于毒(黒)・楊鳳(黒)・浮雲(黒)
右
蘇僕延(烏桓)
左
徐和(黄巾)・管亥(黄)・劉石(黄)




