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第34話 芽吹く前(別視点)

2章の第3者視点はこれで終わりです。

 冀州 常山じょうざん国・欒城らんじょう


 皇甫嵩こうほすう将軍に率いられた3万の軍勢は、5月になってついに黒山賊の首領・張牛角ちょうぎゅうかくを討ち取った。

 No2である褚燕ちょえんも軍勢を撃破されたために散り散りになり、彼ら黄巾賊の残党や反王室の勢力が冀州では沈静化すると思われた。

 そのため宦官は黒山賊討伐の報を受け、速やかに皇甫嵩の配置転換を霊帝に進言した。

 皇甫嵩は復興を目指す荊州牧に任ぜられ、軍権を取り上げられる形となった。


 一方、黒山賊の残党が欒城県に集まり、ある男と合流し始めていた。男の名は郭泰かくたい。昨年、成皋関せいこうかんを襲って雒陽の人々を恐怖に染めた元黄巾賊である。と言っても、彼の配下は今7000ほどしかいない。勢力としては弱小と言っていい状況だった。だからこそ、宦官は皇甫嵩の手柄をこれ以上確固たるものにしたくなかったとも言える。


「来たか、飛燕ひえん

「おう、関崩し殿は元気だったか」


 褚燕は別名飛燕と呼ばれており、郭泰も成皋関を攻めたことから関崩しの異名が轟いていた。


邯鄲かんたんでは随分皇甫将軍にやられたらしいな」

「牛角様は奮戦していたさ。俺みたいにさっさと逃げる馬鹿者とは違った。だが、太史慈とか名乗る変な奴にあっという間に殺されちまった」

「それでも、お前が兵を逃がさなければ、今頃みんな各地でバラバラに殺されて終わりだったさ」


 慰める郭泰に、涙を流す褚燕だったが、10秒も泣かないうちにケロッとした顔で会話を再開させる。


「飛燕も聞いたと思うが、皇甫将軍が冀州からいなくなった。次に来るのは朱儁しゅしゅんか、それとも」

「噂じゃ宦官の養子だって話だぜ」

「宦官の?随分舐められたもんだな」

「北にいる公孫瓚こうそんさんという県令は厄介だが、兵が少ないから大軍でいれば攻めてはこない。宦官の軍勢を破れれば、まだ戦えるって話だ」

「だが、官軍の兵糧が尽きないのが困りものだ。お前の親分だった牛角も、食糧がなくて兵が元気ないところを襲われたのだろう?」

「兵糧の出所はわかってる。公孫瓚も、皇甫嵩も青州から買っていた」

「青州……盧北海か」

「あそこは兵も精強で数もいるらしいが……あそこの蔵を1つ手に入れるだけで、しばらく食っちゃ寝できる量の食糧が手に入るそうだぜ?」

「今の兵数では足りん。だが……官軍を破って周辺の不満を持つ兵を集合できれば……」

「目指そうぜ、俺はお前なら出来ると思ってる」

「では、まずは兵をまとめてどこかを襲わねばな」


 2人は話を終えると、にやりと笑いあった。


「ところで、名前はどうするんだ?」

「うちは各地を波のように彷徨さまよってきた。俺の白馬を先頭に突っ走ってきたから、白波はくは賊って名乗るつもりだ」

「いいね、関崩しにふさわしい名前だ」


 彼らは常山国の中心都市である元氏げんし県を襲撃することを決めた。


「行くぞ、子龍。いくら若いと言ったって飯にありつけるかは働き次第だからな!」

「……はい」


 その腹に、1人の英雄を抱えながら。


 ♢♢


 司隷 河南尹かなんいん雒陽らくよう


 雒陽で今年の盧慈による税の貢納を待っていた段珪だんけいは、劇県の5倍となる算賦を見て大笑いしていた。


「まさか俺に会わぬためにこの額を送って来るとはな!」

「笑っている場合か、段黄門。丁宮ていぐうが司空となり、我らの意を聞かぬ者が増えているというに!」


 段珪と話しているのは畢嵐ひつらんという中常侍で、張譲派の1人として段珪と同じ仕事をこなすことが多い人物だった。彼は金に目がないくせに臆病で、いつも段珪の巨体に隠れるように過ごしている人間だった。丁宮は清流派の一員であり、光武帝の時代に活躍した丁鴻ていこうの子孫であった。


「せっかく袁隗えんかい王芬おうふんうごめいて、良い具合になっているというに。鼻が利くな、県令は」

「盧県令と王芬を会わせて帝の廃位を企んでいる者を炙り出すのではなかったのか!」

「もういい。出来ぬとわかった策は捨てるのだ。次を考えるぞ」

「袁隗が盧植を尚書に復帰させたせいで、尚書がまたあの男の大声で支配されかねんと言うに、暢気よな」

「これで我らの網に囚われる程度なら、元より保険とはならぬ。そういう意味では、安心したぞ」


 袁隗は息子の盧慈を取りこめないと見るや、さっさと盧植を復活させて尚書の掌握を優先することにした。宦官が今も張譲派と趙忠派で争い、これに呂強による両派閥への攻撃が続く状況は袁隗にとって好機だった。彼は3つの派閥全てに恩が売れるように立ち回るべく盧慈を使おうとしていた。しかし、それが叶わないとなると、盧植を雒陽に呼び戻すことで張譲・趙忠へ圧力をかけ、自身の三公復帰を働きかけようとしていた。

 何進は張譲派と趙忠派の争いがどちらか優位になるまで静観のつもりだったため、この動きに驚いていた。宦官以外もまた、主導権争いが何進と袁隗の間で進みつつあるということでもあった。


「王芬はほぼ黒だ。だが、他の参加者がわからん」

「盧県令が出てくれば全容が掴めただろうに」

「だから、過去を振り返るな」


 冀州刺史であり、名士として名高い王芬は宦官にとって危険な存在だった。彼の周辺に皇甫嵩を置くことを宦官たちは嫌い、皇甫嵩を荊州に飛ばして兵を取り上げたのである。ここまでは宦官の大半が同じ考えだった。しかし、皇甫嵩の後任について宦官たちは揉めに揉めていた。張譲派は段珪を戦場に送って功を稼ごうとし、趙忠派は蹇碩けんせきに軍を指揮させ、出世ルートから外れた高望の子・高進を副官に抜擢し功をあげさせようとしていた。何進はここでもあえて動かず、袁隗はここで何進と対立しないよう静観で動きを合わせている。


「せっかく手を打って高進を抑えているんだ。ここで高進の復帰は許せない。蹇碩を上にしても、高進は許さぬ方向で進めるぞ」

「蹇碩が上になったら面倒なのでは?」

「それなら何大将軍とともに我々は協力せずに失敗させればいい」


 高望は義息子の復帰を焦っていた。劉繇りゅうようの弾劾の後、ほとぼりが冷めたら引退する太守の後釜で復活させようとしたのに、黄巾賊の影響で太守の入れ替えが大量発生してしまった。ここから任期3年は原則交代がない。そのため、義息子の官職復帰が長引いてしまう状況になっていた。それをなんとかする一手が、黄巾討伐に送りこむ事だった。


「高望はあれで太子の信任が篤い。だから今後のためにも今は奴を叩くべきだ」

「黄巾共が余計な事をしなければ……。只でさえ夏惲かうんが疑われ、廷尉ていいを辞させられたのに」


 高望を含む趙忠派は何皇后・劉弁に近い宦官が多い。次世代になれば相手が優位に立つのは明らかだった。


「保険を使いたくはないが……県令に命乞いも、現実的かもしれんな」


 段珪の呟きはあまりにも小さく、畢嵐の耳には届いていなかった。


 ♢♢


 涼州 漢陽かんよう郡・


 反乱軍を討伐できない状況に、張温は集まった諸将に焦りを隠せなかった。


韓約かんやく辺允へんいんの居所はまだ掴めんのか!?」


 この言葉に、董卓がやや冷めた様子で答える。


こう刺史の失策できょう族が反乱に加担したせいで、連中を取り逃がしたので」

「奴はもう己の命で失策の責をとった。今の状況を聞いている」


 昨年涼州刺史に任じられた耿鄙こうひは失策で羌族とてい族が反乱に加わった。結果として耿鄙は討死し、涼州情勢はまた膠着状態に戻りつつあった。

 耿鄙の司馬として軍を率いていた馬騰ばとうも行方不明となっており、涼州はこのままでは漢王朝の支配下とは到底言えない状況となりつつあった。

 董卓の発言に不快感を示したのが、先日まで荊州方面で活躍しこちらにやってきた孫堅だった。


「それより、いつまでたっても賊軍とまともに戦わない腰抜けがいるようだが?」

「なんだ、たかが議郎のくせに、随分とさえずるな?」

「たまたま韓約らを流星の力で退けただけの者が、偉そうにふんぞり返る理由がわからんな?」

「以前いた将軍は目上には黙って従えとうるさかったぞ?」

「学のない愚か者め。法を守らぬなら上司であっても弾劾するのが正しい儒学の教えと言うものだ」

「ちっ。いつもいつも言う事が変わる。関東の連中は己の都合のいい時だけ儒学を振りかざす奴ばかりだ」


 孫堅は張温に董卓を討つよう耳打ちしたが、張温は結局この言葉に頷くことはなかった。

 合議が終わった後、董卓は自分の帷幕で李傕りかくらにこう言い放った。


「儒学儒学と言いながら、都合のいいことしか言わぬ。雒陽の連中には芯がないわ。従ってられん」


 董卓は涼州で漢王朝に逆らわず、しかし命令をきかずにすむようにするにはどうすればいいかを考え始めるのだった。

さりげなくフェードアウトしていた太史慈、登場。

実は黒山賊討伐の皇甫嵩の元に派遣された(形で武功を稼ごうとしていた)のでした。出世を狙って頑張っているのですが、義理はない行為です。

(皇甫嵩は後々盧慈に手紙を送って贈り物と援軍感謝で終わりです。太史慈には「盧県令に褒美をもらいたまえ」って伝えてます)


丁宮が丁鴻の子孫と言うのは本作のオリジナル設定です。本貫地が違うので、本作では長男ではなく三男あたりの派生が沛国を故郷にしたということにしてあります。


宮中情勢奇々怪々。趙忠VS張譲の争いに両方を叩く呂強と何進、3派にいい顔しながら権力を握りたい袁隗という構図です。段珪は張譲派ですが、最悪の時は盧慈に保護してもらえるよう利用しつつも色々便宜を図っている面があります。

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