第24話 探し物を探しに行こう
島の名前などは昔の名前が調べてもわからなかったので、現在の島名のままです。ご理解いただけますと幸いです。
青州 北海国・膠東県
年が明け、中平2(185)年となった。
北海康王は在位47年で高齢のため、もう新年行事などで表に出てくることはない。彼の娘ももう40歳で、嫁いだ先でも子どもがいないそうだ。継ぐ者がいないため、自分の代で終わりだろうと語っている。
北海相も長年務めてきた人物なので、そろそろ隠居を検討しているらしい。史実では孔融が彼の後任になるはずだ。でも色々な流れが変わった今、どうなるだろうか。
2月。
北海国の都尉として、膠東県にやってきた。
この地域の有力豪族である公沙盧という人物からの依頼だ。彼は北海国の沿岸部で暴れているという海賊の討伐を依頼してきた。
「いやぁ、かの盧大海様の子も劣らじの名士とは、素晴らしいことです」
「どうも」
会った瞬間、苦手だなと思えるタイプだった。目元にこちらを見定めようとする冷酷さがある。言葉で褒めて、顔で褒めないかんじ。
「北海康王様と荀氏からも紹介されましたので、こちらに参りました」
「いやぁ、持つべき者は友ですなぁ」
こう言いつつ、表情は感謝を全く見せない。この公沙氏は官僚として雒陽に何人も優秀な人材を派遣しているため、潁川荀氏と友好な関係にある。だが、その次代を司るこの男は、言葉でへりくだって実際はこちらを上から見ているのが雰囲気でわかる男だった。これと会ったら荀氏も交友関係を見直すんじゃないか。
「海賊に困っていると聞きましたが」
「そうなのです。いやぁ、北海康王様や天下の勇将・盧北海を畏れぬ不届き者ですよ!」
屋敷の外には200人以上の武装した兵を持ちながら、こんなことを言う。多分、自分の配下を失いたくないのだろう。とは言え、彼の雒陽でのコネクションは普通の人なら見逃せない。こういう頼みは簡単には断れないということか。
「近くにある桑島あたりを拠点にしているようで、面倒この上ないのです。どうやら連中の首領は管承というらしいのですが、南の長広県から流れてきたようで」
「漁師の邪魔をしていると?」
「さぁ?漁師などいくらでもなりてはいますから」
下で働いている人間などどうでもいいといった口調に、ちょっとイライラを表に出しそうになる。横にいる張飛が露骨に不機嫌になっていたのを見て、逆に落ち着きを取り戻す。
「では何が困っていると?」
「うちの農奴が連中の島に逃げこんで、帰ってこないのですよ。もう何十人と逃げられていて、新しいのを補充しては逃げられるので、面倒だから潰しておきたいのです」
最近の北海国ではコーリャンによる増収で土地を失った農奴が再独立する例も出ているが、事前に調べた限り膠東県の農奴はあまり例がない。そもそも農奴として課される地主への支払いが重く、なかなか生活が楽にならないらしい。とは言え、法の上で考えればこの件で悪いのは管承だ。
「わかりました。管承の処遇はこちらにお任せいただけますか?」
「いやいや、その者の首がもらえねば困りますな」
見せしめに使うので、と言う彼らにひとまず頷いて屋敷を出た。
♢
「良いんですか仲厳様」
「張飛、良くはないよ。でも、都尉としての仕事なのも間違いないんだ」
「あいつが死ねば、訴えはなくなりますぜ」
「それが過ぎれば、我らが黄巾賊になるだけだ」
とは言え、公沙盧の思惑通りに進めるのも嫌な話だ。一泡吹かせつつ、仕事はきっちりこなしたいところだが。
沿岸部に向かって部隊を進めていると、程昱がふと足を止めているのに気づいた。
「何かありましたか?」
「殿、あの鳥の名をご存知ですか?」
「鳥?」
そこには木で休むイヌワシ(中国名は金鷹である)がいた。
「金鷹のことですか?」
「さぁて、真に金鷹か、捕まえてみねばわかりませぬなぁ。なにせ、鳥は鳴くことはあっても、己が何者かは囀らないものでして」
「……」
「でも、殿が金鷹と言ったら、きっと金鷹なのでしょうなぁ」
つまり、俺が管承だと言って捕まえて首にすれば、それが管承になるということか。賊がたとえ何と言おうと、それを証明する手段はない、と。
「成程ね」
「さてさて」
今回の悪知恵はいい悪知恵だろう。
♢
青州 東莱郡・黄県
管承は北海国の北にある桑島・南長島という島を拠点にしており、廟島海峡と呼ばれる山東半島との海峡を常に警戒しているそうだ。以前偵察に向かった公沙盧の部下は海峡の半分より向こうに行くと敵が船を出してきて火矢で攻撃して来ると言っていた。随分海賊の割には武装も良いものらしい。
張飛らに特注の龍舟ことドラゴンボートを用意させながら、俺は木盾の表面に水を染みこませる作業を手伝っていた。
「しかし、この舟はそんなに速いんですか?」
「速いよ。凄まじく」
競技では人数や規格の制限で出せないが、人数制限などがなければ時速80km、約秒速20mも可能らしい。廟島海峡は5.5kmほどの距離なので、半分弱まで行ってから速度を出せば残り半分を5分ほどで到着も理論上は可能だ。実際は漕ぎ手の体力がもたないだろうけれど。
用意したドラゴンボートは20艘。これに1艘30人で600人を桑島に上陸させる。海戦をするには経験値の違いがありすぎるからだ。
相手は公沙盧の家臣が調べた限り3種類の船を持っている。敵船に乗りこむための船である先登、敵船に突撃する艨衝、そして矢で攻撃するための主力船である闘艦だ。闘艦はやや小型な代わりに海でも活動できるように頑丈な見た目だと報告を受けている。相手がこれらの船で有機的に動くと勝ち目はない。だからさっさと桑島に上陸してやろうというわけだ。
「全船、半分ほどまでは無理せず、ゆったり島に近づく。相手が警戒するあたりまで進んだら、全力で漕ぎだせ」
「船の前に乗ったやつは動きを合わせろ!速さが出るかはお前らにかかってるぞ!」
張飛の檄に全員が応じる。海で慣れるためもあり、ここ数日は半分いかない距離まで練習で海峡を漕いでいた。相手も少し慣れて、数がいても船を相手が出して来ることはないだろう。
波の揺れにも慣れた俺たちは、今日も元気に海へ出た。いつも通りのような顔で半分近くまで船を進めた。管承の部下たちは警戒しつつも、まだ船を出しては来ていない。
「良し!全速前進!」
「「了」」
普段と違い、一気に船を南長島に向けて走らせる。船の先頭で4人の男が重心の移動を促すことでスピードを上げる。漕ぎ手も必死になって5里(約2km)を漕いでいく。
海賊側の船が慌てて出てくるが、陣形を組む前に先頭の船を追い越していく。投網を投げてきた船もいたが、速度を出して横を通り抜けた。1艘くらいは捕まる危険性も考えていたが、捕まることなく南長島の南西にある砂浜に船を突っ込ませることに成功した。
息も絶え絶えな兵士たちだったが、少しすると鍛えてきたおかげか息を整えた。盧の旗を掲げると順に武器をとって上陸していく。相手はここより北の港から船で出てきているので、一路北へと進軍を開始した。
10分ほど歩いていると、敵の将が1人降伏してきた。海に出ている海賊が400ほど。島には100人も戦える者が残っていないらしく、港をこちらが攻めれば守れないと判断したらしい。敵の船は大急ぎで港に戻っているようだが、海流がそれを許さない。北西に向かって流れる海流は、港には近づきにくい流れだ。港から出るのは速いが、入るのは苦労するだろう。普段はその海流が迅速な展開に役立つが、今回は帰還の困難さで彼らの行動を阻害している。
そのまま港まで案内させ、港を占領する準備にかかった。やっと近づいてきた船に矢を何本か打ちこませると、相手の船は大げさと言っていいレベルで手を振りながらこちらに戦意を喪失していることをアピールしてきた。船が近づくと、兵たちが武装を船の脇に捨てていた。指導者らしき男が船を降りてこちらに向けて膝をついて降伏の意を示してきた。先に降伏した将が彼を管承だと説明した。
「管承と申したな。何故公沙盧と揉めたのだ?」
「はっ。公沙盧は税を他の領より重くとり、それでいて畑を失った者に買い戻すための金を法外な値にしています」
「なるほど。確かにそれは良い行いではない」
「しかも、税の支払いが滞ると家財や息子娘を連れていくと言うのです」
許されるか許されないかで言えば、許されない行為だ。この場合、儒教的に大事なのは「子供が親のために身を差し出す」ことで、「強制的に子どもを連れて行く」はアウトということになる。難しい理論だ。
「では、その問題を何とか出来るなら素直に服するのだな?」
「はい、援助をくれた相手も、答えます」
やはり、誰かが青州を混乱させようとしていたらしい。そもそも、海賊レベルで用意できる船でもないのだ。
「では、管承、少し手伝ってもらいたいことがあるんだ」
「は、はい」
ここからが本番、ということだ。
管承は三国志の時代でほぼ唯一の海賊です。彼以外は基本川ですので水賊または川賊になります。




