第23話 劇県県令
冀州 渤海郡浮陽県
渤海郡で収穫したばかりの食糧を配り、張梁に殺された太守のいないこの地をまずは安定化させることとなった。ここが安定しないと冀州の奥地には補給が届かない。山賊討伐などと言っていられなくなるので、ここは慎重に進める。
黒山賊は主に渤海の北西にある河間国で暴れているらしい。ここが安定すると幽州との連絡も安定するので、公孫瓚にも手紙を送り、食糧を対価に渤海郡内の黄巾賊を討伐していった。北から公孫瓚が、南からうちの軍勢が攻撃したことで、渤海郡に残っていた劉石という名の黄巾賊を無事討伐することが出来た。合流した公孫瓚は、少し日に焼けて一軍の将として堂々とした振る舞い方をするようになっていた。
「いやぁ、助かる。盧先生は息災だったぞ。旋の弟も元気そうだった」
「もう旋じゃないですよ」
「おお、これはすまぬすまぬ。あれから長い月日が経った上、背も追い越されてしまったが、どうも旋は旋という気がしてしまうな」
まだ子供っぽいということだろうか。
「逆だな。あの頃から成人と変わらなかったから、今も変わっていない気がするのだ。しかし、昔からの仲とは言え無礼だったな。失礼した」
「まぁ、いいですよ」
「ところで、そなたの弓騎兵は騎射が出来ると聞いたが、どうやっているのだ?」
聞かれると思った。公孫瓚は自分の子飼いの兵をかなり鍛えて遊牧民族にも負けない騎兵隊をつくろうとしている。だから興味を持たれるだろうと思っていた。悪いが、鐙は万一あなたと敵対した時の切り札なので、教えられないのですよ。ここに臧覇の部隊は連れてきていないしね。
「いやぁ、騎射を出来ると言ってもまだまだ未熟ですよ。黄巾賊の弱兵だからなんとかなっただけで」
「そうか。弱兵相手なら騎射で移動できる程度には鍛えているのだな」
「それが、狙いを定めるなんてとてもとても」
「狙いは定められずとも、馬上で踏ん張れるだけの鍛錬を積んだか、それとも、そなたの発想力で踏ん張れるようにはしたのだな」
鋭いな。これだから白馬義従とかいう強力部隊をつくる史実武将は怖いんだ。
「まぁよい。戦における要の部隊の秘密などそうそう教えられるものでもないし、な」
「ははは……」
「それに、今は食糧をもらった側だ。いずれ恩を返してから、じっくり聞くとしよう」
公孫瓚は上機嫌な様子で食糧を受け取って北に帰って行った。やはり油断はできない。史実で活躍した武将には、それ相応の能力があるのだから。
♢
10月。
張宝が皇甫嵩将軍に討たれたそうだ。その後、広宗県の城内にて病気で立つことさえできない張角が発見されたらしい。死ぬ前に捕まったのは大きい。漢王朝は彼を処刑することができるのだ。
これとほぼ同時期に宛を包囲していた朱儁軍が趙弘らを討ち取ったそうだ。こちらは黒山賊でなく黄巾残党の排除を命じられた。黒山賊は拠点をつくらずに各地を放浪しているため、腰を据えて戦ううちの軍勢とは相性が悪いようだ。何進大将軍もわかっていたのか、俺の部隊は早々に黒山賊を追いかける任務から外されたわけだ。
張角を雒陽へ運ぼうとしたらしいが、容体があまりにも悪いため急きょ鉅鹿郡の鄴で張角の首がはねられた。皇甫嵩軍はその絶大な功績からほぼ万戸侯と言える食邑(領地)を与えられるそうだ。父も何がしかの官職を与えられるらしい。
♢
青州 北海国高密侯国
10月終わりに雒陽から使者がきた。討伐軍の解散命令と同時に、青州北海国の劇県で県令をせよというものだった。県令なら数年後の劉備と同じじゃんと思うなかれ。劇県は北海国の中央府が置かれ、北海国の県庁所在地のような扱いの場所だ。そこの県令になるということは、県令の中でも最上位の1人と言っていいのだ。
さらに北海康王様から北海国の都尉にも行として兼任を求められた。この行は正式な任免者が現れたらその職を失う制度なのだが、大体任じられている間は正式な任免をされないために実質2つを兼任し続けることになるらしい。
北海国では2500の軍勢を維持するらしく、この兵数を北海国として維持できる。そして、劇県でも1000を抱えることになった。朱拠県には劉政殿が入ることになり、高密侯国には王豹が入った。2つの県で1000が維持でき従銭が東莱郡に戻るので、実質的に半数以上の兵は正式な軍隊となったことになる。
「とは言え、この軍勢はまだ不安定な冀州・并州・荊州・豫州に派遣される可能性もある」
俺の元に残ってくれた程昱と臧覇を副官とし、県の尉に張飛を任命した。丞には鄭益を任じ、彼の補佐に簡雍をつけた。孫乾と孫邵は一旦実家に帰った。華歆殿たちは北海郡でもうしばらく住むらしいが、邴原殿は家族とともに地元に戻るそうだ。滕兄弟は出身地でもある劇県で俺の家臣として働くことになっている。高密侯国と劇県を往復する日々になりそうだ。
高密侯国では食客として1500を維持することになった。それ以外はここまでの給料を渡し、解散となった。とは言え、彼らは新しい青州刺史が対黒山賊で徴兵している部隊に紹介状を出したので、ほぼ全員がそのまま仕事にありつけた。
劇県や高密侯国では新たにロバを使った膠の生産量を増やすことにした。楊貴妃が愛したと言われる山東半島産の膠だが、今回はトウモロコシを餌にして増産していくことにした。膠は様々な用途に使えるので、これを増やすのは重要になりそうだ。
増産用の専用牧場で50頭ほどのロバを飼い始めた。ここから数を増やし、しばらくはとにかく数を増やす。餌は十分とれるので、どれだけ規模を大きくできるかが勝負だ。視察に行った牧場はかなり広々としていた。それでも、ある程度数が増えてきたら狭くなると言われた。生き物を飼うのは難しい。
この牧場では負傷の影響で兵士をやめた者を中心に働いてもらう形にしている。膝に矢を受けた元兵士が、今は牧場の門番だ。
高密侯国の牧場は孫家の屋敷の近くにあることもあり、貞姫と文姫の2人の遊び場にもなっているそうだ。劇県との往復生活の中、高密侯国に来ると2人がロバと遊んでいる姿をよく見る。12月の寒い季節でも冬毛に覆われたロバは温かそうで、そんなロバに乗った数え7歳の文姫は楽しそうだった。
「仲厳様ー!」
牧場前を通った俺に気づいた彼女が手を振ってきたので、門番に声をかけて中に入れてもらった。今年は劇県ではわずかに雪が積もったが、ここは雪がほとんど降らないのでロバも元気に動き回れるようだ。牧場内に入ると、一番大きなロバが文姫を乗せてこちらに軽快に歩いてきた。
「仲厳様、いつこちらに戻ったのです?」
「今戻ってきたのです。これから年始の直前までここで過ごそうかと」
「そうですか」
いつも通り扇で頬をポンポンと叩かれる。ちょうど兵装の見本もかねて作っていた子ども用のイヤーマフラーを彼女に渡した。弓の端材を利用してヘッドフォン型に毛皮を使って作ったこれは冬でも兵士が寒くない様にするためのものだ。劇県含め北海国で城門の門番などで働く兵は冬でも仕事を休めないし。
「どうですか?」
「とても温かいです!」
「これで冬でもロバと長く遊べますね」
「素敵です」
満面の笑みの彼女がロバから降りるのを手伝い、そのまま屋敷に戻った。ロバは彼女にもらったトウモロコシの入ったエサを食べて満足そうに鳴いていた。ロバも彼女の扇でポンポンと叩かれたら頬ずりで返していたので、かなり仲が良いらしい。
孫家の屋敷に入ると、蔡邕様が書状を開いて読んでいた。部屋の前まで来たところで蔡邕様がこちらに気づいて声をかけてくれた。
「仲厳殿、文姫と一緒だったのか」
「書状を読んでいたのですよね?邪魔してしまいましたか?」
「いや、いい。君の父である子幹からの手紙だからね」
「父上ですか?」
「あぁ。今はこちらに戻ってこない方がいいと」
どういうことだ?と思ったが、先日の父の話を思いだした。おそらくこれから父たちは宦官との闘争に入るのだろう。そして、万一そこで負けた時に、誰も清流派がいない状況を避けたいのかもしれない。
「それと、改元が発表されたそうだ。年末だが光和を中平にするそうだ」
改元か。政治が新しくなるというメッセージだが、さて、どうなるだろうか。
「あと、子どもが産まれたそうだ。仲厳殿の弟だな」
「元気だなぁ、父上は」
色んな意味でね。
山東のロバで作られた膠は名産品だったそうですが、この頃はまだそこまで生産規模が大きくなかったようです。騎馬兵が劇県に移動した関係で、空いた孫家屋敷そばの旧厩舎周辺がロバの牧場になりました。
改元は当時の皇帝なりの反省の意なので、結構意味が大きかったようです。




