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第21話 兗州奪還と宦官問答 後編

 兗州 東郡とうぐん東武陽とうぶよう


 宦官で小黄門しょうこうもん左豊さほうは意地の悪い笑みを浮かべながら、こちらを値踏みするように見下ろしてきた。


「貴殿は未だ冠礼を済ませておらず、であればここにいるのはおかしい話。何故ここにいるか?」


 そう問いかけてきたのは、俺的には想定内だ。基本的に未成年扱いの士冠礼をしていない人間は、基本的に無位無官なのだ。だが、そのために俺は準備もしていた。


「小黄門様、今は平時でしょうか、戦時でしょうか?」

「何を申すか。無論戦時よ」


 ここで平時と言われたら、小黄門の査察自体がありえないという話になっていた。だが、これで言質はとれた。


「戦時なれば、父から与えられたこの官職は有効と言う事ですね?」

「何?」


 そこで見せたのは、父から任じられた郎中ろうちゅうの任命状とも言える書状だった。


「父は北中郎将として、侍郎じろうや郎中を任じて統率することが許されております」

「確かに。しかし、未成年が郎中になるのはどうなのか?」

「今は戦時。偉大なる高祖や光武帝は皇室の世が乱れた時、多くの未成年の将を郎中に任じておりました。なれば小黄門様の申す通り戦時なれば、ここにいるのは当然のことかと」


 この言葉に左豊は一転して不機嫌そうな顔に変わる。しかし、自分で戦時と言ってしまった以上、この論を覆すには初代・劉邦こと漢の高祖と中興の祖である光武帝・劉秀を否定しなければならない。少し黙っていたが、今度は別の難題を吹っかけてきた。


「では、兵を率いてこの兗州東郡を鎮めた様子を見舞うための遠征金、貴殿から用意してもらえるかな?」

「遠征金?」

「そう。我らが皇帝の言葉を伝え、逆に各地で戦う勇将たちの姿を直接お伝えする役目だ」


 まさか協力しないとは言うまいね?といった表情でこちらを見てくる。これが宦官の蓄財方法か。厄介極まりない。

 だが、俺だけはこれを回避できる。


「なるほど。ではこちらも準備しましょう」

「ほう。わかっているではないか」

「ええ。青州刺史の代理ですので、青州にお伺いの使者を送る準備をいたします」

「な、何?」


 そう。こちらは代理なのだ。戦ってこい以外の命令はあえて受けていない。


「青州では戦うことのみに注力せよと申しつけられています。他の事をせよと申されるなら、それを決める立場に我々はいません。青州に早馬を送りますので、そうですね……まず二月ほどお待ちいただけますか?」

「ふ、二月!?」

「なにせ青州は遠いですし、道中も賊は少し残っていますので、慎重に使者は向かわせねばなりませぬ。当然、危うければ道を引き返させねば、小黄門様の命ですから、確実に伝えねばなりませぬし。いや、むしろまずは使者の安全な道を探るべく、偵察を向かわせましょうか」


 使者は送る。送るが……今回まだその時と場所の指定まではしていない。つまり使者が到着するのは半年後、1年後ということも可能だろう…ということ!

 そして、こういう宦官が父の邪魔をしないようにする。ここにいてくれれば父は黄巾賊を大いに打ち破れるし、ここで遠征金をとらないなら周辺の領主も払わなくてよくなる。


「ご、護衛をつけよ!護衛とともに早馬で向かえば、もっと早く答えがくるだろう」

「では小黄門様の使者を送るべく、全軍で青州に戻りましょう。ええ、なにせ我々の兵は兗州での討伐のために送られたので、勝手に部隊を分けることを許されておりませんから!ぜひ命令を書で発行していただきたく!」

「そ、それは雒陽らくようが困る!」

「いやいや、軍を分けるのは認められておりませぬ。ではまず、軍を分けても良いか青州に使者を出しましょう!その返事が来たら、使者を護衛しながら青州に遠征金のお伺いを!」

「ええい!意味のわからぬことばかり!口ばかり達者だな!」

「いやいや、我々は小黄門様の申しつけを守るためにこうして準備をしようと考え始めている訳で」


 チャーハンを作る準備をするために油を用意するために油を買ってこようとしている、みたいなかんじだ。牛歩戦術とも言える。後ろで聞いていた臧覇ぞうはが少し吹き出していた。


「では、どうすれば小黄門様の遠征金を出しても良いか聞くための使者が青州に早く届けられるか、今から家臣らを集めて合議をさせていただくというのはいかがでしょうか?」

「もう良いわ!この事はしかと報告させてもらうからな!」

「小黄門様の遠征金について、我々が本気で準備を進めるための計画を立てていたことですか?」

「帰る!」

「では、安全な帰り道を我々で考えますので、本日はお泊りください」

「すぐ帰る!」


 苛立たし気に席を立った左豊は、本当に食事すらとらずに夕方という危険な時間帯ながらさっさと次の都市に向かっていった。

 こうして、宦官の賄賂おねだりは終わった。最後の方、劉政が唇を噛みながら笑いをこらえていたのを、俺は見逃さなかった。


 ♢


 とは言え、結果的に宦官をここに滞在させて父の邪魔をさせないようにするのは失敗した。ちょっと自分でも調子に乗った部分はあったので反省だ。まぁ、程昱ていいくはめちゃくちゃ面白がっていたけれど。張飛だけは途中から意味が分かっていなかったらしい。また勉強しような、張飛。


 周辺の安全確保がほぼ終了し、雒陽に手紙を出した4月の終わり頃、長社の皇甫嵩様から連絡が来た。長社の包囲が緩み、波才率いる黄巾軍を汝南じょなんえんに退かせることに成功したらしい。東郡の治安維持は皇甫嵩様が汝南地方とともに担当するので、青州刺史に青州側から冀州へ圧力をかけるように命じる内容だった。何進大将軍の名前で発行されていたので、代理と言えど素直に従って戻ることにした。程昱は東郡を出るならお別れかと思ったが、家族と一緒に青州に来るらしい。ありがたい。鮑信殿に東武陽を預け、引き渡しを任せた。東郡だけでなく冀州や豫州、荊州、兗州では太守や県令が多数黄巾賊に殺された。今回の戦での活躍で、多くの武闘派がその隙間を埋めることになるだろう。しかし、それは宦官からすれば嬉しい話ではない。殺された太守や県令には当然だが宦官の身内もいるし、今回の一連の動きで中常侍の中でも処罰を受けた者が出た。だから、優勢な戦場の多い兗州・冀州で嫌がらせをしたり、わいろを渡す味方となる武官を増やしたりしようとしているのだろう。


 ♢


 兗州 泰山郡南城県


 泰山郡の太守も、黄巾賊に襲われて亡くなっていた。その後任になり、俺たちが泰山まで来る前にこの一帯を平定していたのが、蔡邕様の逃走を手助けしたよう氏一族だった。貞姫と婚約している羊秘ようひの父である羊続ようぞくが党錮の禁の解除をうけて地元で2000の兵を集め、太守を殺した黄巾賊を打ち破った。その後、空位となっていた盧江ろこう太守に任じられたそうだ。羊氏の根拠地である東陽とうよう城は山の上にあるので、俺は一部の家臣と護衛のみで山を登り、彼らに会いに行った。


 羊秘が留守を預かっており、俺は歓迎を受けた。1つ年下だが、彼はこの城の民からは慕われているようだった。


「仲厳様は蔡先生からお聞きしていた通り、素晴らしいご活躍ですね」

「いやいや、周りの人に恵まれたおかげです」


 実際、特に臧覇と張飛抜きでここまで戦えた自信はない。色々下駄を履いているからここまで来れているだけで、本質的に三国志の英傑と肩を並べられる程とはとても言えないのだ。


「しかし、冀州は後少しで黄巾賊を討てたのに、相変わらず宦官共は漢朝の害にしかなりませんね」

「あー、父上の件は、もう少し私が上手くやれれば良かったのですが」


 父は俺と違い、ドストレートに「賄賂?やらん」と相手にしなかったらしい。その影響で父は軍を辞めさせられた。一応自分が状況次第でやる予定だった「最前線にあえて本陣を置いておいでおいで。え?怖くて来られないなら話は聞けないなぁ作戦」などのいくつかの自分なりの策は伝えていたので、それらを一切使わなかったのは明白だ。何か父にも思惑があるのかもしれない。鉅鹿郡の広宗県まで追い詰めた黄巾軍本隊は父がいなくなったため、攻城戦を中止。敵は幽州方面の敗残兵や青州との境にいた兵を呼び戻して包囲を突破し、黄巾軍は現状睨み合いとなっている。雒陽に送った兄への手紙経由で何進大将軍が父の弁護をしたようで、父は罷免されるだけですんだ。とは言え、後任に任じられた董卓はまだ現地に到着すらしていない。宦官たちはどうする気なんだか。せめてもう少し足止めしていれば父が先に黄巾賊の本拠を落とせたかもしれないんだよな。失敗だ。


「度し難い宦官共はいずれ滅ぼすしかありませんね。父も10年もの間出仕を許されませんでした」


 党錮の禁の影響はかなり大きかった。宦官対儒学者の果てしなき抗争が能力不足の県令や太守を生みだし、飢饉と寒波でこうした反乱が発生した。身内びいきをしすぎると無能な身内が店の前の木を除草剤で枯らすようになるから気をつけないといけない。

 とにかく、制度の欠陥と天候不順に新興宗教の暴走が重なって今回の反乱がおきた。問題点を理解して、どう改善するかが今後の課題だ。


「宦官自体が悪と言うとそう常侍のような人物も否定することになります。大事なのは宦官になれば誰もが一定の出世出来る状況を変えることかと」

「うーむ、しかし、宦官ですから」


 このあたりに儒教的な問題点もある。儒教において宦官は士大夫よりはるかに地位が低いと定められているため、優秀な人間は宦官にならない。そして、優秀でない人間が出世する最後の手段が宦官になっている。そして、宦官は皇帝との距離が近いので、自分をバカにする士大夫や地方豪族と仲が悪くなる。曹操の祖父に当たる曹騰そうとうのように、中常侍まで上り詰めても尊敬された宦官はいる。ただ、絶対数が少ないのも事実だ。


「己の栄達しか考えない宦官を排除できる仕組みを作れればいいのですがね」

「そういうことこそ、盧北海と呼ばれる仲厳様が考えていただければ良いと思いますが!」


 無理言わないで欲しい。宦官がうまく利用できた時代って……いつだ?明なら世界周遊の鄭和とかが宦官だが、彼はイスラム教徒だから通常の出世コースを歩めなかった結果宦官になったはず。この時代なら、太平道の信者で有能な者を罪を許す代わりに宦官にするか?でも皇室を滅亡させようとした宗教の人間を皇帝の傍で働かせるわけにもいかないか。うーん、難しい。

郎将の任命に関しては光武帝が意識的に真似ている様子があるので、それなりに当時は有名だった考え方かなと思います。


本来、曹操が加わって5月に長社の形勢が漢朝有利になるのですが、曹操不在と黄巾の乱勃発の前倒し、兗州の支配奪還が絡み合った結果ちょっとだけ早めに長社包囲戦は終了しました。とは言え、朱儁と皇甫嵩の軍勢へのダメージは史実より大きいです。その分、孫堅の活躍度が上がっています。

盧植は史実では左豊の讒言で収監されていますが、本作では職を解かれただけですんでいます。事前に馬元義らを捕まえた実績も考慮された結果です。盧植の思惑は次話で明らかになるので、それまでお待ちください。


史実では羊秘だけでなく羊衜も後に蔡邕の娘と結婚しています。本作では蔡邕が結構強めに羊氏を頼った関係で婚姻の順番が変わっています(というか、おそらく史実で蔡邕の娘が3人以上いるのですが、うち2人は羊氏に嫁いでいる)。貞姫は本来おそらくこれから生まれる妹の名ですが、本作ではあまり関わらないので名前を先借りしています。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんで殺さないんだ? 殺れって言えば殺ってるでしょ。 主に張飛君とか。 [一言] 後から賊の仕業とか言いふらしとけばいいのにね。甘過ぎる気がする
[一言] >使者は送る。送るが……今回まだその時と場所の指定まではしていない。つまり使者が到着するのは半年後、1年後ということも可能だろう…ということ! 利根川インストールに草。 後ろで武官達が必死…
[良い点] 宦官を悪一辺倒で切って捨てなかった事 [気になる点] 宝具を質に金稼ぎをしないと来世で驢馬に転生させられるという思想も癌だよなぁ [一言] 皇帝の側で間違いを犯さない為の自発的な処置からス…
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