表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/53

第17話 泰然自若の心、龍の体 前編

 青州 北海国高密侯国


 種蒔きの期間。さすがに鄭玄様も何かあっては危ないので孫家の屋敷に滞在することになり、俺も種蒔きはしなかった。高誘や同部屋の門下生らは戻って種蒔きをしていたが、郗慮ちりょは徴兵業務の手伝いを願い出てくれたので種蒔きはしていない。多分農作業がもう辞めたかったのと、実務経験が積みたかったんだろう。もっとも、こっちの方が激務なので本人は後悔していそうだったが。


 種蒔きできるという時点で青州がどれだけ安全かという話ではある。食糧庫のコーリャンはまだ十分あるし、青州の豪族や名家はここぞとばかりに役人が集めた募集部隊の人々に食糧を売っているらしい。徐州では麋竺の父らが大儲かりのようだ。

 張世平も張飛を連れてくる際に結構な量の馬をこちらに持ってきていたので、そのまま滞在する費用も兼ねて売ってもらった。騎馬部隊は馬の疲労で乗り換えるので、実際は700ほどしか運用は出来ない。でも周辺では最大の騎馬部隊になっている。


 うちは食糧が俺持ちなので、食事の心配がないから大人気だ。とは言え訓練も厳しいので、ただ飯食いは許さない予定だ。

 文官候補はある程度抱え込みたいと思いつつ、50名ほど若者や肉体労働が苦手そうな者を文官代わりに雇い入れている。


 種蒔きの時期はこのまま訓練しながら周辺一帯を守ることにしている。根拠地で食糧生産ができた方が長期的に見て強いからだ。張角は史実通りなら今年中頃に病気で死ぬ。だが、それ以外のことは同じことが起きるわけがない。どうなるか。


 徐州の麋竺の父親からは手紙で、徐州各地で立ち上がった黄巾党討伐軍の主だった勇士の名前が送られてきた。彼の商売相手でもあるのだろう。名簿のように並んだ名前に、見覚えのあるものがあった。そう子孝しこう。曹仁だ。彼は下邳で若者を集めて黄巾兵と戦っているらしい。

 リストを見ていると、訓練帰りの張飛が汗を拭きながら俺の仕事を嫌そうに見ていた。


「仲厳様はそんなに文字のびっしり書かれた手紙を見て、良く疲れませんね」

「慣れだよ慣れ。訓練でも、同じ距離を走り続ければ疲れなくなっていただろう?」

「書館でずっと学んでましたが、最後まで慣れませんでしたけれどねぇ」


 それでも、様式を指定すれば書類を書くくらいは手伝えるのだから十分だ。勉強ができる人間はすごいと素直に思える程度に情操教育もできているので、今の張飛なら揉め事は早々おこすまい。


「しかし、冀州や徐州から戦乱を避けてこっちに来る人間の多いこと多いこと。仲厳様はこうなると思っていたので?」

「そもそも、問題は寒波による不作だ。農民が畑を耕せなければ収入がなくなり、土地を手放す。そうしてここに来る。それだけだ」


 黄巾党の反乱は大規模な民衆の移動のトリガーにはなったが、問題の本質はそこじゃない。

 結局、人間食っていけなかったら住み慣れた土地でも離れるしかないのだ。仕事がなければ故郷にもいられない。そういう人間を豪族や名家が抱えこむと、漢王朝の統制がきかなくなる。黄巾の乱が漢王朝を実質的に滅ぼしたと言われるのは、この民衆の大移動によって誰がどこにいるか把握できなくなったことが理由なのだ。戸籍制度が崩壊し、税が取れなくなり、秩序が崩壊するのだ。だから、三国時代の戸籍人口が800万人しかいなくなった。


「汗を拭いたらこれだけ名前順に並べ直してくれ」

「それくらいなら任せてくださいよ」


 30枚くらいの紙束を渡し、名前順に並べ直してもらう。こういう作業は手伝えるようになったので、やはり勉強してもらって良かった。

 張飛に手伝ってもらっていると、部屋に遠慮がちに13歳くらいの若い文官が入ってきた。あざなしか知らないが偉長いちょうと呼ばれていた。孫乾が名家出身だが父親が死んで収入がないので手伝わせようと言うので手伝ってもらっている1人だ。


「仲厳様、実はお耳に入れたい話が」

「どうしたんです?」

「今、かん曹掾そうじょうが話を聞いているのですが、仲厳様に会ったことがあるとか申している方が来ていて」


 簡雍が相手してくれているのに相手が誰かわからない。それでいて俺に会ったことがある?誰だろう。


 ♢


 簡雍が話している部屋は隣の部屋から様子が窺える構造になっているため、俺はまず念のため隣の部屋に入った。するとそこから見える顔の1人が、懐かしい人物であることに気づいた。隣の部屋に急いで出向き、声をかけた。


根矩こんく様、お久しぶりです」

「仲厳殿、大きゅうなりましたなぁ」


 文字通り見上げる仕草の邴原へいげん様。その隣には邴原様と同じ年頃の人物が3人と、若い少年と言っていい年頃の子どもが2人いた。

 簡雍が「知り合いなので?」と聞いてきたので、「以前父上を訪ねて来られた青州の賢人だ」と答えた。それを聞いて安心したとばかりに簡雍は本来の仕事に戻っていった。


「まずは黄巾党討伐、おめでとうございます」

「いえいえ、孫家と私が狙われていただけですので」

「それでも、見事黄巾党を青州から追い出していただけたおかげで、賊は青州にはほぼいない状況です」

「ええ。一部では賊がまだいると訴えが来ていますからね。完全にはいなくなっていません」

「種蒔きが安心してできる地である。それは間違いなく仲厳殿の功ですよ」


 報告や陳情が来ているのも小規模な賊が多いので、訓練代わりに討伐していたり、事情を聞くために使者を派遣していたりする。豪族から来ている依頼にはちょっと怪しいものもあるので、自分の権力拡大のために使おうとしていないか、慎重になっている部分もある。


「実は、そんな仲厳殿にお願いがありまして」

「根矩様の願いとあらば、心して聞かねばなりますまい」

「いやいや、そこまで大事ではございませぬよ。我らの一族とともに、ここでしばし世話になりたいというお話で」


 そこで改めて同行者が紹介された。邴原様と学友の管寧かんねい華歆かきんの2人がまず最初に紹介された。華歆は良く知っている。魏の相国まで務めた能吏のうりである。


「管幼安と申します。ここで世話になる間は、何なりとお手伝いいたしましょう」

「仲厳殿、幼安はかの斉の名臣・管仲かんちゅうの末裔だ。つまり、斉王の末裔たる仲厳殿と、宰相の末裔たる幼安がここで揃ったということ」

「はぁ。それは良いこと、でしょうか?」


 正直、滅びた国の王の子孫(自称)と名宰相の子孫(本物)が揃っても、ねぇ?


「ふふふ。なるほど。確かに盧大海の子は素晴らしい教育を受けたようだ」


 華歆がそう言って笑った。どういうことやねん。少し頭に疑問符を浮かべていると、邴原様に残りのメンバーを紹介された。邴原様と同い年くらいの最後の1人は劉政という人物で、劇県の南にある朱虚しゅきょ侯国出身という邴原様の同郷出身だった。周辺の野盗討伐で活躍していたらしく、戦える食客を50名ほど連れて来たらしい。彼が護衛役もかねていたわけか。


「実は私の父が貴殿の高粱のおかげで昨年一昨年と収穫に困ることなく済んでな。周辺は北海都尉が警護をしてくれることになったので、家の領地は任せて駆け付けたのだ」

「それは助かります。兵を指揮できる人がどうしても足りず」

「であれば、良い時期に合流できましたかな」


 ついでに言えば、張飛の指揮官としての師匠も欲しかった。臧覇では少し年齢が近すぎるので、せっかくだから鍛えてもらおう。

 そして、最後の若者2人は華歆の縁戚だった。滕耽とうたん滕冑とうちゅう兄弟と言うらしく、華歆の妻が2人の姉らしい。滕姓は確か孫権の娘を妻にした一族がいたような?華歆との縁といい、その一族の可能性はあるかもしれない。兄の滕耽はとりあえず文官見習いとして働いてもらいつつ世話することになった。書館も卒業しており、北海に来る前の俺みたいな中途半端な立ち位置らしい。滕冑はまだ10歳なので、とりあえず勉強してなさい。


 文官不足・武官不足も少しだけなんとかなりそうだ。いや、足りていないけれどね。

曹掾は後漢の軍隊内の役職ですが、別に簡雍が公的な役職をもらったわけではありません。あくまで内部的な呼称です。


邴原再登場。彼らは当時3人で龍に例えられていたので、題名の元になりました。

劉政も含めて本来は遼東の公孫度のところに逃げ込んだり青州の山奥に逃げ込んだりするはずの人たちです。昔の縁がこの結果につながりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ