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第16話 黄巾蜂起、高密の戦い

2話目は14時過ぎです。

 青州 北海国高密侯国


 年が明け、光和7(184)年になった。張飛が到着し、兵の大半に弓矢を支給するところまで終わった。

 張飛は俺が指示した鍛錬をしっかり積んだ上でごく基礎の学も修めることができていた。


「仲厳様!お久ぶりでございます!」

「張飛、大きくなったな!」

「約束通り、役に立ちに来たよ!」

「ああ。期待しているぞ」


 泣き虫だった簡雍、お金がないのを気にしていた張飛。2人が味方なのは頼もしい限りだ。再会を祝った後、張飛の世話を臧覇ぞうはに頼んだ。とりあえず一番下っ端からのスタートだ。

 臧覇の下に弟分である張飛を預けることで最初期の護衛に特別扱いしないことを見せつつ、臧覇に信頼していることを示すためだ。

 とは言え、張飛の生活する部屋は俺の寝泊まりしている鄭玄ていげん様の屋敷の一番近くで、簡雍と同じ部屋にした。身内だから、そこだけは特別という事だ。これくらいがちょうどいい。


 張飛は公孫瓚こうそんさんからの久しぶりの手紙も届けてくれた。琢県の県令に就任したらしい。自慢とかではなく、単純に食糧不足だから食糧を売ってくれないかという話だった。

 だがこれは不可能だ。理由はシンプルで、太平道による大規模反乱が始まってしまったからだ。もう幽州への流通ルートは海路しかない。


 そう、史実より早くこの動きは始まってしまった。

 何が理由で黄巾の乱が早まったかは全部わかるわけではない。だが、父が俺の手紙を受けて調べた結果が影響している部分もあるだろうし、それ以外にも何か理由はあるかもしれない。今分かっていることは、冀州きしゅうで大規模な反乱が始まったということだ。


 そして、父が速達のような形で送ってきた書状なので、まだ周辺では雒陽らくようで起こっていることの情報は届いていないはずだ。

 俺はすぐにこの知らせをもって護衛600とともに孫家に向かった。


 ♢


 孫家の屋敷近くに着いた頃、明らかに騒がしい音が聞こえた。集団の一部を率いていた臧覇が、すぐに矢を手に取って臨戦態勢をとった。彼の食客も各々の武器を手に取り、その中から3人が音の方角に馬を走らせた。


「仲厳様!あれは人の戦う音です!」

「っ!屋敷まで急ぐぞ!」


 一気に動き出す。音はどんどん大きくなる。人の大きな群れが砂埃をあげながら衝突しているのがわかった。先行していた3人が再度合流し状況を報告してくる。


「敵は黄色い布を掲げています。総数は1000より多いことくらいしかわかりません!」

「太平道の逆徒共だ!総員、横腹から敵を強襲するぞ!」

「「了!!」」


 俺は最近野盗と周辺の農村などが区別をつけられるように使い始めた旗を掲げ、一気に敵の側面へ矢による攻撃を開始した。

「盧」の字を掲げた、白い旗。実際は絹が少し黄色がかっているから真っ白ではないのだけれど、周囲にはそれで充分だ。屋敷の外堀から屋敷内へ入ろうとする兵に容赦なく弓を番え、勢いのままに射かける。その間に、臧覇と張飛の部隊が直接黄巾の兵と干戈を交え始めた。後方から襲われた屋敷周りの黄巾兵は、突然のことに戸惑っている様子だ。


「太平道の逆徒共!天下を騒がす不届き者は、この盧仲厳が許さぬぞ!」


 精一杯声を張り上げる。父は俺の4倍くらい大きな声が出るが、その資質は残念ながら遺伝しなかった。それでも、一部には声が届いたようだ。相手を率いる将の1人らしき男が、周囲の兵を連れてこちらに向かってきた。


「我が名は司馬しば穰苴じょうしょが子孫、司馬伯然である!斉を追い出された一族の末裔まつえいが、大きい顔をして斉に戻ってくるでないわ!」


 相手の名乗りに、俺は精一杯引き絞った矢で返した。重藤弓から放たれた一矢は、狩猟用だったため相手の鎧に突き刺さることなくはじかれた。しかし、ある程度の勢いがあったおかげで腹部に衝撃が入ったのか、相手の将が馬から転げ落ちそうになる。合戦用の矢を持っていなかったのがここで響く。黄巾の一般兵のような防具でも何でもない武装相手なら十分だが、武将相手にはこの矢では厳しそうだ。


「貴様ぁ!」


 顔を真っ赤にして迫ってくる武将。先ほどの名乗りからして、最近済南で野盗化した司馬倶という男だろう。


「俺は一騎討ちとかやらないぞ。なにせ元服前だ」


 そう呟いて、今度は顔に向けて一発矢を放つ。今度は耳元を矢が貫き、兜の代わりに司馬倶が身につけていた黄色い鉢巻き状の布が破れて地に落ちる。

 他のうちの兵も次々と矢を放ち、武装していない黄巾兵を次々と破っていく。張飛たちのいる方から歓声が上がる。張飛と臧覇が大暴れし、黄巾兵が撤退し始めているのが見えた。


「敵将、討ち取った!」


 張飛の豪快な声が周囲を盛り上げる。鞍のおかげで踏ん張れる彼らは馬上で正に無双状態だ。大した武装のない黄巾兵は近寄ることさえできず、足を止めたところを彼らの率いる兵がとどめを刺していく。その歓声を聞いて、司馬倶の動きが止まる。


「伯然様、このままでは……」

「ええい!構わぬ!何が黄巾だ!俺はあの男さえ倒せればそれでいいのだ!」


 周囲の名家だった頃からの家臣と思わしき者さえ置き去りにしてこちらに突っこんで来ようとする。しかし、そこに屋敷側から敵を突破した男が空気読めずに顔を表した。


「我が名は太史子義!お前この賊の指揮官だな!俺の手柄になれぃ!」

「な!何者だ!」


 横合いからダッシュで突っこんできた太史慈の槍であっという間に脇腹を串刺しにされる司馬倶。馬が逃げ出すも、太史慈の腕力で串刺しのまま手柄首扱いで持ち上げられ晒されていた。うーん、これはある意味最高に空気読めている。


「良し、敵の指揮官は太史慈が討ち取ったぞ!そのまま敵を一気に総崩れにもっていけ!」

「「了!!」」


 俺の声で浮足立った周辺の黄巾兵への攻勢を強くする。部隊を前に出して太史慈と合流した俺は、彼に、


「良い仕事だ」


 と言ってサムズアップしておいた。大立ち回りをしながら自分から名乗りをあげる機会を失った太史慈は、「あ、あぁ」とか言ってそのまま俺の兵と合流し、敵兵の掃討を手伝っていた。


 恐らく実際の戦は2時間ちょっとかかったと思う。だが、あまりにも多くの情報を脳で処理し声を枯らして命令をしていたので、まるで5時間くらい戦っていたような錯覚を覚えた。黄巾兵は司馬倶を討ち取ったあたりからどんどん崩れ、そのうち撤退していった。


 ♢


 戦の終わった後、屋敷の中に向かうと、蔡邕様が鎧を着たまま出迎えてくれた。どうやら蔡邕様も指揮をしていたようだ。


「仲厳殿、やはり側面から敵を襲ったのは貴方でしたか」

「ええ。父上から太平道の者が王室に叛旗はんきひるがえしたと連絡がありまして、伝えるために急ぎ向かったところでした」

「我々は運が良かったようだ。太平道の者共は3000はいたので、ここの私兵ではそのうち敗れていたかもしれませぬ」


 屋敷の奥から戦の終わりに気づいてやってきた貞姫と文姫の2人が、蔡邕様に抱きついていた。普段は見ない姿だが、なんだかんだ心配だったのだろう。

 屋敷の中からは鎧を着た孫乾と孫邵も出てきた。鄭玄様の側で蔡姉妹も守っていたと話していた。


「仲厳様のおかげで、なんとか守れました。捕まえた兵によると、ここを襲って孫家を討った後、仲厳様も襲う予定だったとか」

「俺も?」

「おそらく、青州がまとまるとすればその旗印は仲厳様です。青州刺史では民がついてきませぬ。だから、まず貴方を襲うつもりだったのでしょう」

「青州は太平道の信徒が少ないから、少ない信徒で襲える相手に絞るつもりだったってことか」


 面倒な。だが、相手にアドバンテージがある初手の奇襲を防げたのは大きい。こちらはこれから兵を募集して大規模になることが可能だ。

 娘2人から解放された蔡邕様も、話を聞いていたのか会話に参加する。


「仲厳殿、孫家とともに、急ぎ兵を集められよ」

「必要ですか」

「私の知るかぎり、周辺の州で最も太平道の信徒が少ないのがこの青州。この青州で兵を集め、周辺の州を援けねば、この反乱、簡単には収まりませぬぞ」

「ならば、蔡邕様の名で集めた方が」

「まだ党錮とうこの禁から許されていない以上、儒者が動くのは厳しいかと。その点、仲厳殿は子幹が尚書で働いているし、兄上も司馬で働いている」


 蔡邕様が雒陽を追われたのは別の理由だが、まぁほぼ同じくくりか。

 蔡邕様の言葉に、孫乾と孫邵が頷く。相変わらず孫邵は口を開かないが、孫乾が拳を握りながら語気を強めた。


「やりましょう。天下を救うのは太平道などというまやかしではなく、盧北海であると知らしめましょう!」


 周囲はすっかり盛り上がっていたので、俺も空気を読んでその場は黙っておいた。文姫が側まできたので少し頭を撫でると、「ありがとう」と言って扇でポンポンと俺の手を叩いていた。


 ♢


 翌日。負傷した兵はそのまま孫家の屋敷で治療を受けることとなり、俺も大事をとって周辺の警備兵を集めて拠点を孫家に移した。鄭玄様の門下生も孫家の屋敷周辺に一時移り、兵を集めるまで滞在することになった。種蒔きまでまだ時間があるので、畑の警戒をしなくていいのが不幸中の幸いだ。高誘らは貴重な書物などを馬車に載せ、合流するという。


 兵たちは戦での臧覇・張飛の活躍ぶりを見て、彼らを兵を率いる将にすべしと自分から言ってきた。最古参の護衛をまとめる王豹おうほうも同じ意見だった。これから戦となれば、実力がないと生き残れない。この2人はやはり別格ということだろう。

 気づいたら俺の指揮下に組みこまれていた太史慈も、そのまま50人ほどを率いる部隊長として働くことになった。本人は渋っていたが、俺の説明で、


「孫家の護衛では戦が少ないから武名を上げることは出来ないぞ」

「一理ある。ならば、一時下につくのも仕方なしか」


 ということになって指揮下に入った。


 10日後、周辺から流民だった者たちが続々と俺の元にやってきた。簡雍も含め孫家の手も借りて大急ぎで名簿を作り、兵に志願する者を整理していった。俺の指揮下に入れば飯に困らないというのも大きな理由のようだ。万一この兵に敵のスパイが紛れ込んでいては困るので、出身の郡ごとに受付を分け、申込者同士で知り合いがいるか確認しながら私兵に組みこんだ。司馬倶の出身である済南郡からはそもそも応募してきた兵がほぼいなかったので、彼らは俺の近くに寄れない仕事を任されていた。


 この頃には青州各地に黄巾党の反乱が知られており、討伐軍結成のため青州刺史から徴兵も始まっていた。ついでに、俺の私兵徴集も追認ということになった。布告は大将軍何進の名で行われ、党錮の禁で追放された儒者たちも許されて一部は中央に呼び戻されていた。


 そして2月になる頃、東莱とうらい郡から1000の兵を率いて従銭という男が俺の指揮下に入りたいと言ってやってきた。彼らは敗走した黄巾兵の指揮官が張饒ちょうじょうという男であることを調べ上げ、その潜伏する山林も探し出していた。地元パワー、最高だね。


 二度目の戦いは東莱郡のきょう県で行われた。盧の地に逃げこむとは、縁起が悪いと思わなかったのかね?

 こちらの戦力は膨れ上がって4000。相手は1000ほどで、指揮官らは早々に逃げだしたようだ。

 残党の黄巾兵は太平道を捨てれば食事・住居・仕事などの世話をするという条件で半数が降伏。狂信者500を文字通り殲滅して終わった。


 青州黄巾はこれで全滅させた。逃げた張饒と副将の管亥かんがいの行方は気になるが、彼らが青州で暴れることはもう不可能だろう。

というわけで、盧慈軍行動開始です。

孫家サポートで、王豹・臧覇・張飛・従銭が武将格。太史慈も合流。

蔡邕・孫乾・孫邵・簡雍・鄭益がサポートというかんじになります。従銭は本来黄巾軍ですが、主人公に食糧支援で救われたのでこちらに。

名目上は青州刺史の指揮下にいることになっていますが、ほぼ独立軍です。

4000は名簿作って所属を決められた兵ですので、孫家周辺の居残りも含めて実際の兵力は7000くらいになっています。そしてまだ増えます。

当然武装は間に合っていないので、これから少しでも準備を進めることになります。それでも、中核部隊は重藤弓まで装備しているので精鋭です。

現代人がなんでそこまで戦えるの?という部分には、次話に理由が出てきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 有力な将が増えつつありますね。関羽なんかはもちろん夏侯惇や曹仁ら史実での曹操の配下達がどうなるのかも気になってきます。 更新お疲れ様です。
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