第11話 元服(しない)、婚儀(兄がする) 後編
本日2本目です。明日も0時過ぎと16時前後で1話投稿します。
豫州 潁川郡襄城県
李瓚様の娘を迎えるために潁川郡まで向かう。といっても距離的には300里(約120km)くらいなので、特別製の馬車なのを考慮しても片道1週間くらいで行ける。広い中華で見れば近い方だ。2月末に潁川郡に到着し、李家の祖廟にお参りをする。これから娘さんをお預かりしますという儀式だ。その後で兄と李家の娘さんは花で飾った馬車で雒陽に向かう。3月に入る頃に一連の儀式が終わり、俺は帰ることになった。まだまだ学問の最中だからという理由だが、面倒な儀式に全部付き合わせるのもあれだという兄上の配慮である。
その代わり、潁川郡の李家の実家の方で行われる宴会に盧家の代表として招待された。帰り道の途中なので郗慮や孫乾・孫邵も一緒だ。
潁川郡の有力な士大夫が集まった宴会は、主催の李瓚様とその子である李宣殿、潁川名士で済南相の荀緄様やその子どもと挨拶をした。雒陽には一族の荀祈や荀攸がいるとのことで、兄上と一緒に学んだ時期もあったらしい。次々と参加者に挨拶をしては杯を受けたり注いだりした。
「盧家の次男、盧仲厳と申します」
「ご挨拶痛み入る。それがし荀休若と申します。弟も一度お会いしたがっていましたが、もうすぐ太学の試験のため雒陽を離れられず」
「太学ということは私より年上ですね」
「ええ。仲厳殿が太学を受ける頃には弟も太学に通っているでしょうから、何かあれば遠慮なく頼ってください」
潁川荀氏の1人、荀衍だ。他の荀氏は学を重視しているからか身長も体格も普通なのだが、この荀衍だけ肩幅が異常に広い。腰回りの太さも鍛えた人間のそれなので、最初はボディーガード的な人かと思っていたくらいだ。そして、そんな彼の弟となると荀彧だろう。顔合わせできなかったのは残念だが、もし曹操みたいに優秀扱いされなかったら結構悲しかったので複雑な気分でもある。
父が酒を1石(約30kg)飲んだという話を前世で見た記憶があるが、実際の父は本当にそれくらい飲むんじゃないかというくらい酒で酔ったところを見たことがない。肝臓強すぎでしょ。という父を持ったがために、俺は合計40人から酒を注がれては飲んで話に応じることになった。これくらいなら大丈夫ですよね?と相手の目がずっと言ってくるようで面倒だったが、それだけ飲んだ上まだ満年齢なら15歳ちょっとの肉体でも全く酔うことはなかった。これがウワバミか。本当にアルコールの匂いを嗅いでも特に何も感じないとは。
他にも、潁川郡の名士と挨拶したが、酒を飲めないのは1人だけだった。それが、長社県の棗祗殿だった。紹介してくれた荀衍は、酒の飲めるか飲めないかの違いが戦力の決定的差ではないことを説明してくれた。
「英明な男だ。雑木とは違うのだよ、雑木とは」
「はぁ」
そう説明している荀衍殿の顔こそ真っ赤だし、馴れ馴れしさが3倍だった。そして、その後すぐ酔い潰れて家族に連れて行かれていた。その後、棗祗殿と色々な話をした。
「実は北海で栽培している種のお礼を各農家から受け取って欲しいと言われているのですが」
「税とは別に、ということですか。であれば収穫から割合で納めてもらうのが良いかと」
割合の概念で話せる人は貴重だ。どうしても税と同じ感覚で調べるのが面倒だから牛1頭でこれくらいとればいいみたいなアバウトな集め方をしようとしていた。
「名案です。それで世話になっている孫家にもお願いしてみます」
「ふむ。決断の早きこと、風の如し。幼名の旋という名に相応しいですな」
北海で世話になっているからと孫乾・孫邵も紹介しながら話をした。郗慮は自分から色々な人に話しかけて縁を作ろうとしていた。ああいう行動力はすごいと思う。でも5人目くらいで酔ったのか6人目に話しかけることなく宴席の端っこでぴくりとも動かずに眠り続けていた。しかも翌朝起きたら誰と話したか記憶があやふやになっているようだった。おいおい、行動力の空回りェ…‥‥。
♢
青州 北海国高密侯国
すっかり我が第二の故郷と化した高密に戻った。高誘が頑張ってくれていたおかげで種蒔きは順調のようだ。これから人手が必要な時は郗慮があるので問題なし。鄭玄様の元に戻る途中、会ったことのある人からは感謝の言葉をもらえた。作物の育ちが順調らしい。もう青州にはほぼ行き渡ったらしい。東莱と冀州との境だけ今年の収穫分で分ける形になるそうだ。ネズミ講みたいにうちから種を分けられた領主や農家が収穫の一部を3年間俺に納める約束(に孫家がしたらしい。5%の割合でとるのは棗祗殿の提案をそのまま伝えた)なので、気づけば俺は大金持ちだ。
そのせいで以前の野盗のような件があっては困ると護衛を雇うよう鄭玄様に命じられた。鄭玄様は以前盗人を説法で改心させたことがあるが、「善人や中人でない者全てに言葉が通じるわけではない」と言っていた。
そのため孫家に相談したところ、俺が雒陽に行っている間に色々準備が終わっていた。北海康王様からの紹介とのことで各地の役人の息子など100人を雇うことになった。彼らのまとめ役には隣の東莱郡出身の王豹という男が就いた。結構筋力もありそうだし、馬の扱いも俺よりうまかった。
高密に戻って4日後、簡雍から連絡が入った。無事にこちらに7名を連れてきており、今は青州の東海郡から来ているらしい。あと少しで戻ってくるというのはありがたい。レンゲももうすぐ花が咲く。今年は難しくても、来年には養蜂が始められるといい。交渉で江夏郡が飢饉などで食糧難になったら彼らに食糧を届ける約束をした。距離はあるが、江夏郡に縁ができたとポジティブにとらえることにした。
土地のph値調整のための石灰の仕入れ先が東海郡にあることもわかり、燃料となる石炭が斉国内で採れることもわかった。必要な物が揃ってきたので、いよいよ黄巾の乱発生時を意識した準備を始めることになった。なにせ戦うことになるのはほぼ間違いない。しかも黄巾の乱発生は3年後の4月。時間はあるようでない。
前世で自分が扱っていた弓を再現すべく、重藤弓の試作を始めた。多分だが、自分が弓を使えるのもこの時代に来た理由のはず。となれば弓の強化は必須事項だ。できればこれも種と一緒にもらえれば楽だったんだけれど。火薬が使えるようにできるのがベストではあるけれど、中華で硝石が採れる場所なんて知らないし、理系じゃないのでどう扱えばいいか分からないのだ。
幸いにしてちょっと奥地なら孟宗竹が手に入るし、中国の藤も手に入る。故郷である琢郡や山東半島でも漆は手に入るので、これらを使ってともかく試作をする。北海康王や青州刺史から自衛のためと話せばむしろ協力してもらえるおかげで、弓職人がしばらく鄭玄様の屋敷近くに滞在しての製造となった。できた試作品を使って一射してみる。鏃は鉄まで公営炉からもらえなかったので、青銅で木の的を撃つ。
「盧北海様、どうでしょう?」
「うん、いいかんじですね」
職人さんは少し緊張した様子だったが、俺の言葉にホッとした様子だ。突然知らない弓の作り方をしろと言われれば、それも仕方ない。弓は感覚が前世から大分薄れている上、見回りで単弓を使いすぎたためちょっと手に馴染みきっていない。とは言え、軽くて丈夫で良く飛ぶという部分は問題なさそうだ。
「これからこれをうちの護衛に使わせたいので、200ほど用意していただけますか?」
「200ですか。年内にはなんとか?」
「どうせ野盗や山賊が来た時に追い払う用なので、すぐに必要というわけでもありません。来年になっても大丈夫ですよ」
「ではできた分からお届けいたします」
「お願いします」
黄巾の乱が起こる時期になったら真っ先に身柄を確保して囲い込む相手に決定だ。北海康王様はいい職人を紹介してくれた。
♢
収穫の時期。収穫物を届けに来た斉国の有力者の使いから面白い話が聞けた。
隣にある兗州で青州と接している泰山郡という場所がある。ここの役人で獄吏と呼ばれる犯罪人を牢屋に入れる官職の1つに就いていた臧戒なる人物が泰山太守の不正な命令に反発したのがきっかけだ。
「太守は自分が私腹を肥やして売官の資金を太守の間に集めようとした。そこで、金のある人間を無実の罪で処刑し、財産を没収しようとしたんです」
「それは恐ろしい話ですね」
「ところが、この話を聞いた臧戒が激怒し、処刑を拒否した。どころか、その者らを逃がしてしまった」
「お、おう」
アグレッシブなことで。
「怒った太守が臧戒を捕らえて牢屋に入れようとしたら、その息子の臧覇が臧戒の護送中に食客数十人と護送の護衛100人と戦って勝利したんですよ」
「……100人の護衛って、足りないんですかね」
「本来、食客を数十人も率いれる士大夫なんてそうそういませんから」
話してくれた使いの人も口元をひきつらせそうになるくらいドン引きしていた。あの臧覇のエピソードなら納得がいく。そうか、この時期なのか。
「で、臧戒は救出されて川を使って徐州の東海郡に逃げ込んだそうで。ただ、あそこはまだ高粱がないので、仕事があるのか」
「食客も一緒に逃げたのなら、下手すれば野盗になりますからね」
実際、黄巾の乱で集まった兵には似たような経緯で仕事を求めて官軍に入った者や、逆に黄巾賊に加わった者もいたようだ。
「青州でもこの前、あの司馬穰苴の子孫が済南で野盗を行ったとかで都尉が注意喚起していましたな」
「青州司馬氏と言えば名家だったはずなんですがね」
「怖い話です」
青州司馬氏はかつて春秋・戦国時代に斉国の田氏の末裔だそうだ。この田氏が盧氏の祖である姜氏を追い出して斉王を名乗った。そして田氏が斉を滅ぼしたのだ。つまり、うちの仇の一族でもある。
「どうやら司馬氏の封地では高粱を受け取ってはならぬと命じていたそうで、民の暴動になって一族もろとも土地を追い出されたそうで」
「あー、うちが姜姓だからですかね」
「それはありそうですね。姜氏の作物など受け取らぬ、みたいな。愚かな」
「そんなことに拘って父祖代々の封地を失うとは」
「まぁ、そのうち都尉に討たれるでしょう」
でも、そういうやつが黄巾賊と結びつくと厄介なんだよな。余裕があれば討伐したい。でもまだ勉強中の身だし、そういう活動を始めると中央に目をつけられそうだし。
仮に硝石が使える主人公ならば、山東半島は硝石がとれるので無双できたのですが、自分的にそれは面白くないなということで。
三国志の英雄(曹操と劉備と孫策なしですが)が書きたいのであって、鉄砲で死ぬ呂布とか……それはそれで面白いのか?
というかんじで、今作は火薬はなしです。
合成弓の概念はもうあるのでいいのですが、孟宗竹が意外と山東半島には多くないという。難しい。
王豹は東莱王氏で、司馬懿が才能を評価した王基の父親です。




