一晩寝ると忘れるタイプ
翌日、白うさぎはひどく暗い顔で捜査本部にやってきた。
基本的に聡介以外の他人に対してほとんど関心のない和泉でさえ、
「どうかしたの?」と声をかけてしまったほどだ。
昨日は無理をしてコンタクトをしていたが、今日は眼鏡に戻った。
「……高岡警部の、地雷を踏んでしまったようです……」
「地雷?」
何か聡介の気分を損ねるようなことを言ったのだろうか。
和泉は気付いていた。この若い女性刑事は聡介に並みならぬ好意を抱いている。
無理もない。
聡介はいつだって女性子供に優しい。本人はまったく自覚していないが。
「別に、気にすることないんじゃない? 聡さんて一晩寝ると、昨日のこと全部忘れる人だから」
それは事実だ。
意識してそうしているのか、それとも本当に忘れているのか。
聡介は昨日何かのことで怒らせても、翌日には大抵忘れている。
執念深い和泉にとっては信じ難いことだ。
白うさぎはぱっと顔を上げると、
「本当ですか?」
「……僕が、聡さんと何年一緒にいると思ってるの? 昨日今日からの知り合いじゃないんだからね」
「そうなんですね! ああ、よかった……」
ありがとうございました、と彼女はウキウキした足取りで聡介の元に走って行く。
聡介は白うさぎに話しかけられると普通に応じていた。
さて、と和泉は駿河の方を見た。昨夜も遅くまで仕事をしていた。
報告書をまとめることなど、事務処理はできるだけ手を抜きたい和泉と違って、彼は真面目にコツコツと取り組んでいる。眠くないのだろうか?
「ねぇ、葵ちゃん。昨夜言ってたこと、どうやって調べるつもり?」
被害者の人となりを調べるということ。
彼女が勤めていたコールセンターや芸能事務所の同僚に聞くしかない。
だが、彼らがいったいどれほど正直に話してくれるだろう?
死んだ人を悪く言う人はいない。
まして警察に対して本音を話すことなど考えにくい。
「葵ちゃんのその美貌で、コールセンターの女性達を懐柔するのかな?」
それはあながち冗談でもない。
駿河に女性を喜ばせるトークをしろというのは全く無理難題だとしても、彼のことを気に入った女性が、聞かれてもいないことを話してくれるというケースは期待できる。
「そういうのは、和泉警部補の方がよほど適役なんじゃないですか?」
意外な反応があった。
「……僕、実はあんまり女の人好きじゃないんだよね」
その時、駿河が見せた表情はきっと一生忘れられない。
後にも先にも人造人間と呼ばれる彼にそんな顔をさせた人間はいない。たぶん。
「なんていうのかな、扱い方がよくわからないっていうか……相手するのが面倒くさい」
だから元奥さんにも愛想を尽かされたのだろうか?
「自分だって似たようなものです」そう言ってから駿河はふと、会議室の入り口の方に視線を向けた。和泉もそれに倣う。
同じ班の仲間が今日も二人で仲良く一緒に出勤してきた。
1人は確か友永という名前だが、もう一人は思い出せない。
二人は何やら楽しそうに話している。漏れ聞こえた話の内容は、どう考えても事件にも、仕事にも関係なさそうだ。
どこぞの店のキャバ嬢が可愛いとか、昨日のファミレスのあの店員はきっと間違いなくGカップだの。
「彼なら、女性に接するのは何も問題はなさそうです」確かに。
和泉は若い方の刑事に声をかけようとして、やめた。名前が思い出せない。
同じ班の仲間だが、今まで一緒に働いたこともなければ、今も特に接触はない。
ただ覚えているのは元々生活安全課にいたということだけ。




