ファザコンのファザコンっぷり
時刻は既に午後11時半になろうとしていた。
今日はもう帰宅をあきらめている。
仮眠所として道場に敷かれた布団の上に座り、聡介は和泉が取ってきてくれた寝具に着替えようとネクタイを外した。
ふと隣にいる和泉を横目で見ると、どういう訳かひどく不機嫌そうだ。
「おい、彰彦。何を不貞腐れてるんだ?」
「別になんでもありません」
「お前まで、駿河みたいなことを言うなよ」
しかし和泉は黙って布団に潜り込んでしまう。
まさかとは思うが、駿河とコンビを組ませたのが気に入らなかったのだろうか。
相手がどうこうというのではない、自分と組めなかったことがおもしろくないのだとしたら……。
頭が痛くなってきた。
確かに和泉は相棒としてこの上なく優秀だ。二人で組んでいろいろな事件を解決してきたという実績もある。
打てば響き、言葉が多くなくても通じ合える気心の知れた間柄であるだけに、互いの意見を出し合って真相に辿りつくことができたのは確かだ。
しかし、それは二人とも所轄の刑事課にいた頃の話だ。
聡介も当時は一介の刑事に過ぎなかったし、部下をまとめる立場ではなかった。
今はもう管理職なのだ。
どうやって各刑事達の持っている良い素質を最大限に生かし、効率よく捜査を進めていくか。
となると当然、和泉にだけ関心を払ってはいられなくなる。
彼を実の息子同然に思っているのは今も変わりない。
和泉が幼い頃に父親を亡くし、成人するまで何かと苦労があったことも知っている。だから聡介を実の父親だと思って甘えているのだということも。
だけど。考えてみればこの男はもういい歳をしたオッサンなのだ。
そしてふと思う。
まさか、和泉のお嫁さんが彼を見限ったのには、この男のファザコンが理由の一部なのではないだろうか……。
まさか、な。
翌朝、和泉はやたらにテンションの高い白うさぎ、稲葉結衣の声で起こされた。
「おはようございます、高岡警部!!」
今日はコンタクトレンズを入れているらしい。装着に難儀したのか、目がまさにウサギのごとく真っ赤になっている。
「これ、朝ご飯作ってきました! 良かったら召し上がってください!!」
100円ショップによく売っている、プラスチックのカラフルな容器にサンドイッチが盛りつけられている。
聡介は既に起きて着替えていた。
「ありがとう。こんな朝早くに、これだけ用意するのは大変だっただろう」
「いえ、そんな……」
「どうせ、作ってくれたのはお母さんでしょ?」
目を擦りながら和泉が言うと、図星だったようで、結衣はギクッと身体を震わせた。
誰から聞いた訳でもないが彼女は実家から職場に通っているらしい。
「それにね、捜査本部への差し入れはおむすびっていう相場があるんだよ。事件が一刻も早く終結するようにっていうゲン担ぎでね。そんなことも知らないでよく刑事なんかやって……もごっ」
口の中に無理矢理タマゴサンドをねじ込まれた。
寝起きで喉の渇いているところへ、これは苦しい。
聡介は時にスパルタだ。
「みず……」
すると目の前にすっ、とコーヒーが差し出された。駿河だった。
「今日はどうなさるんですか? どこへでもご案内します!!」
キラキラと赤い眼を輝かせ、結衣は聡介の前で膝をつく。
「用意ができたら、声をかけてください。自分は報告書をまとめていますので」
既に出かける用意をしていた駿河はそう言って道場を出て行く。
和泉はコーヒーで口の中のものを流し込んでから、おもむろに着替えを始めた。
「きゃあ!!」
悲鳴が聞こえて手を止める。
「彰彦……もう少し気を遣ってやれ」聡介があきれたように言う。
「そっちが出て行けばいいんですよ」
背後で聡介がすまないな、と言うのが聞こえた。
どうして聡さんが謝らなきゃならないんだ。ますますおもしろくない。
幼い子供が下に弟や妹ができた時はきっと、こんな気分なのだ。助手席に乗り込むと再度ミラーにぶすっとした表情の自分が映る。
さっさと事件を解決して、捜査本部を解散させよう。




