彼の強さ
彼は『門番』である。
常に寝ようと試みている姿からは、まったく想像できないかもしれないが、一応隊長が認めるほどの強さがあるので、それは事実。
特に真価を発揮するのは魔物相手だろうか。
そんな彼の強さの秘密は、故郷にあった。
「……終了」
剣を払い、血を飛ばす。
目の前には、ピクリとも動かない魔物の群れ。
決して一人で対処できるような数ではなかったが、彼は呼吸ひとつ乱すことなく、それをやってのける。
隊長をして「一応優秀」と認める彼は、かなり強い。べらぼうに強い。
幼き頃より相当な修練を積んだとしか思えないその所業だが、実は彼が剣を持ったのは僅か二年前。つまり、門番になったときからだと言える。
なのになぜそんなに強いのか? と疑問になるのだが、秘密は彼の故郷にある。
彼はこの王都より、ずっとずっとずーっと遠い田舎に生まれ、育った。
しかもただの田舎ではなく、よりにもよって山奥の田舎であり、冬の寒さがとても厳しい場所である。
そのためか、魔物もより強い。
なにせ大自然の厳しさに耐えきれるような強靭なものが育つのだ。
もちろん、通常だと王都から派遣された討伐隊などが駆除にあたっているのだが、残念ながら彼の田舎は田舎過ぎて、簡単に来てくれるような場所ではなかった。
むしろ「え? あそこに人、住んでんの?」レベルである。
よって、彼らは自分たちの力のみでどうにかしなければならなかったので、どうにかすることにした、というのが先祖代々の教えである。
いっそ引っ越したらいいんじゃないのか? と思うかもしれないが、彼の田舎の住人達は無駄に根性があったので、魔物たちに立ち向かった。
もちろん、「剣」なんてものはないし、わざわざそのために人を割くなんてバカらしい。だって田舎の暮らしは忙しいのだ。
なので、いつも手元にある物を使って、誰でも対処できるようになったほうがいいだろうと、考えた。
だから、害虫並みの頻度で出没する魔物たちに対し、彼らはクワや鎌で応戦していた。
「今日は3匹も出てよ~」
「種植えの時期だってのに、邪魔だよなぁ」
「毎年毎年、勘弁してほしいぜ」
てな具合に。
さらには。
「昨日、夕食時に来て困ったのよ」
「わかるわぁ。洗い物増えてめんどくさいわよねぇ」
「ほんっと、迷惑よねぇ」
なんて感じに、包丁やお玉、果てはまな板やお鍋のふたまでもが活躍したりする。
それが日常。
何度でもいうが、日常。
害虫並みの頻度で出没するといったが、彼らの田舎では魔物たちを本当に害虫としか思っていないのが事実。
いると邪魔。そんな認識。
だって、小さな子供から、お母さん、果てはお年寄りまでもが、さっくりと退治しちゃってるのだ、日用品で。
もう一度言おう。
魔物は強い。王都に出る魔物よりも数段強い。
これを聞いた隊長が、己の存在意義を考えるためにうっかり旅に出そうになるぐらいには衝撃的なことだと言えるだろう。
だが、ここでは常識。
なにせ外から人が来ないので、誰もその異常さを指摘してくれない。
そんな常識なので、彼が田舎を出るときに持っていた武器は、包丁。
本当はクワがよかったのだが、持ち運びにくいので断念したがために、包丁。
それがどうして剣に昇格したのかというと、門番の試験に挑んだ時に包丁でさっくり合格しちゃったので、その場で「頼むから見栄えを気にしてくれ」と、隊長に渡されたのが今の剣だったりする。
もちろん彼は、「ちょっと大きい包丁」程度にしか思っていないのだが。
まあ、そんなわけで彼は強い。
なにせ所詮害虫。
そんなものに手間取るわけがない。
それが彼の田舎の『 常 識 』なのだから。




