成長したようで
朝、カオルはアトラシュ家の仕事場を見学した後、簡単な仕事をすることに。商品の数をチェックしていると、聞いたことのある声が聞こえてきた。
誰だったか
「ではこれがすべてですね。バビロニアでは最近こういった細工の宝石飾りが人気なんですが、いかがですか」
「ほう! だがうちはあんまり宝石が取れなくてなぁ。うちもだがエジプトのほうもあまり宝石の売れ行きがよくないんだわ」
「それは残念だ。ではまた……あ?」
あ? って言われたよ。
カオルはアトラシュともう一人の商人に近寄った。
「えーっと、アフマドさん!」
「それは父だ……頭悪いのか?」
「女神の胸が気になるマーシャさんでしたか」
「いつ俺が胸が気になるといった!! 嫌な誤解を招くような事いうんじゃない」
「冗談なのに胸倉掴まないでくださいよ~なははは」
女性相手に本気で怒らなくていいのに。笑って流すと諦めたようで話してくれた。
「知り合いか」
「えぇ」
そういえば、前シリアへ行くと言って連れて行ってくれたんだった。
カオルはこれだけは言っておこうと笑顔でマーシャに伝えた。
「アリーはやっぱり胡散臭いエジプト人でした」
「か、顔が怖いぞ。笑顔なのにこれほど怖い笑顔初めて見た」
基本ヘタレなマーシャはカオルの笑顔に凍り付いている。
「あいつのせいで私大変だったんですよ!」
「お前が弁護するからだろ! 懐かれたのは自分のせいだろ」
「そうですけど!」
アトラシュは顎髭を撫でながら笑った。
「おめーら仲いいな」
「悪くはないですね」
「おい、お前さっきから誤解招くようなこというなって……」
「さっきから何意識してるんですか」
「ほが!?」
奇声を放って何故か頬を紅くするマーシャ。カオルは真顔でそれを見つめてアトラシュを見たが、解釈の答えは返ってこなかった。
ウブなんですかね。
ドス。
「痛っ!? ちょ、マーシャさんなんでチョップするんですか」
「五月蠅い!」
ドス。
「ぐふ、やりましたね? やり返しますよ。ハンムラビ法を駆使してやり返しますよ。訴訟しますよ」
「これはお前が俺を侮辱した報復だ、よって無効!」
ぎゃーぎゃーもめていると、カオルは服を引っ張られ後ろに下がった。
若干首が苦しい。
「……」
目の前に立ったのはロスタムだった。
「なんだ」
「カオルに何の用だよ」
にらみ合うマーシャとロスタム。
(何機嫌悪くなってんの?)
カオルは不思議だなあとのんびり思いながら間に入った。
「ロスタムはマーシャさんと面識ないの?」
「ない」
そんな即答しなくとも。ならマーシャに聞くまでもなく彼も知らないだろう。お互い初見なのにこのにらみ合い。……私のせいか?
「あのね、ロスタム。別に私いじめられてたわけじゃないからね」
じゃれていただけ。そういう前にマーシャが余計なことを言った。
「カオル、弟か?」
アトラシュが横で噴いた。私も笑いそうになった。うん、よく我慢した偉い私。
「ああ? おめーの眼は節穴かよ。どう見たって似てねーだろうが」
「なんだその口調……年上に対する礼儀がなってないんじゃないのか? お前」
「女に暴力するようなやり方が礼儀かよ」
「戯れと礼儀の違いも分からないのか?」
周りのギャラリーがわいわい集まってきた。喧嘩か喧嘩か、と嬉しそうに好き勝手騒ぎだす。
あんまり大きくなると面倒だ。
「はー……。まぁまぁお二人さん」
肩をつかむと、二人同時に払われた。
「「お前は下がっていろ!!」」
……あ?
二人は今にも掴みかかろうかというほど、ばちばちと火花を散らしている。家の中から心配そうに見ていたミラがアトラシュに飛びついた。
「止めてお父さん!」
「男の喧嘩だ。好きにやらせとけ」
「……ッ。サイードさん!!」
この騒ぎに見に来たサイードに助けを求めたが、サイードは笑顔で断った。その潔さは普段の慣れからくるものだろうか
「だいたいお前何様なんだ? お前の育ちを見れば親の教育が知れるな」
「俺が態度悪いのは生まれつきだ。お前が女みたいにぐちぐち五月蠅いのは親の教育か?」
ぶっとい紐が切れるときと同じ音が聞こえた。
二人はお互いの服を掴んだ。目が据わっている。
「きゃあっ!」
お互いが拳をあげた動作でこれから起きるだろう流血沙汰に恐怖したミラは、小さな悲鳴を上げて目を固く閉じた。
が
「いいかげんにしろよ?」
二人の肩をカオルはつかんで牽制する。
笑顔で。
「「お前は下がってろ!!」」
「ふう……」
カオルは二人の肩から手を離し、頭にさりげなく手を移動させ手を合わせるように力入れた。
「「!?」」
二人は人為的なヘッドアタックをお互いにかまし、あまりの痛みに悶絶した。
カオルは座り込んで悶絶している二人に合わせ軽くしゃがみ笑顔で訊ねる。
「まだやる?」
外野が大笑いで「やるなーねえちゃん!」やら「だらしねーなー」やら野次を飛ばす。
マーシャが立ち上がった。
「女にやられて黙っていては男の沽券にかかわる!」
「何? やるの?」
少し悩んだそぶりを見せたが、その間にロスタムが立ち上がった。
「てめー!! カオルー!!」
カオルも立ち上がる。
ロスタムが襲い掛かってきた。
「……」
ロスタムの攻撃『掴みかかる』
カオルの回避『足払い』
バランスを崩したロスタムを背に回し、宙に浮いた格好を利用し、技を発動した。
「げぇ!?」
「はっ!」
柔道『背負い投げ』一本
途中でどうなるか分かっていた割には受け身を取れなかったロスタム。地面に背を強く打ち辛そうに呻く。のんびりとカオルはそれを見下ろしながら肩を叩いた。
「まだやる?」
「やるか!!」
いい笑顔で聞くカオルにロスタムは叫ぶ
それはよかったと言いながらカオルは立ち上がり、今度はマーシャを見た。
「やる?」
「いや、あのー……まぁ、女に手を上げるのはよくないな。うん」
「そうそう」
アトラシュの豪快な笑いが聞こえた。
「がーはっはは! すごいじゃねぇか!!」
こっちにやってくると、手首の骨を鳴らした。
ん? なんだこのフラグ。
「こんなあっさり終わったらせっかく集まった見物客が退屈だろう? 俺とも闘おうぜ!」
「嫌ですよ。喧嘩両成敗でやっただけの話ですも……ん!?」
飛んできた拳をよけた。ジシス同様相手が女でも遠慮のないところが一緒だった。この手の相手は自分が満足するまで殴ってくるからとても面倒だ。
「やめろ! カオルに手を出すな!」
ロスタムが腰を抑えながら立ち上がり、間に割って入り、暴れアトラシュの拳を受け止めた。
観客から歓声が上がった。
「さすがアクバルの倅! 俺の拳を受け止めやがった!! がっはは!!」
相手が誰でも、喧嘩がしたいだけのアトラシュは攻撃をやめない。二人の殴り合いは始まってしまった。カオルは頭痛そうに手を置き、ため息を吐いた。
どうするかな……
「おい、カオル」
マーシャに肩をつつかれた。見れば帰る支度をしていた。
(素早い)
「俺も暇じゃないし、野次馬にやんや言われたくないからこのまま去るぞ」
「あぁ、お気をつけて」
「おう。で、だな。もし暇ならバビロニアにも寄れよ」
「バビロニア?」
「あぁ。じゃあな」
手を振って去って行った。
見送っているとミラに抱きつくように服を掴まれた。
「カオルさん! 父を止めて下さい!!」
「えー」
ちらっと見る。
アトラシュさんの拳、一撃一撃が重そうで痛そうだ。というかロスタムもよく受け流せていると思う。
(あれ? ロスタム……強くなった?)
前は技をかける前に倒れていたのに、今は技をかけても気絶していない。……素人相手に遠慮なく技かけるなという突っ込みはナシな方向で
「……ふーん」
カオルは歩き出した。そして二人の前まで来ると叫んだ
「お二人さーん! お昼にしませんかー!!」
アトラシュの拳が止まった。
観客も野次を止めた。……この時代の人たちの特性。
「飯だ飯ー」
「腹減ったなー」
「戻ろう戻ろう」
ご飯は大事。
お昼のために帰って行った。アトラシュもお腹をおさえながら娘のところへ行きご飯を聞いていたが、怒った娘に説教されていた。
息を切らし倒れているロスタムに手を差し伸べた。
「……」
起き上がったロスタムを見て、カオルは笑った。
「あーらまぁまぁ泥だらけになったね~。……それにしても強くなったじゃん?」
「俺だって、負けっぱなしじゃないぞ」
「負けたじゃん」
渋い顔をした。
カオルは苦笑いを浮かべ、ロスタムの頬にキスを落とした。
「!!」
「さっきはありがと。かっこよかったよ」
おい飯ー! と叫ぶアトラシュの方向へカオルは歩き出した。
ロスタムはさっきまで感じていた痛みをすっかり忘れ、キスされた頬に手を当て、にやけた。
「……夢か?」
だとしたら、覚めないで欲しい……今は、まだ
ただ純粋に君を求めたい。




