彼女の独り言のようで
私の名前は小野田七菜。
どこにでもいるアニメとか漫画とかちょっと好きすぎてそっちに夢中になっちゃってるだけの、ただの一般人。
だったんだけどある日、とあることがきっかけで、他国の古代の世界へやってきてしまったの。
異世界トリップやっほーいってテンションあがってたんだけど、どうやら違ってたみたい。なんだか殺されそうになるし、牢屋っぽいところ放り込まれるし、どうにかしなきゃと考えた私は、生きるために嘘を吐いた。
『私はこの神殿の女神、私を殺したら神の怒りを買うでしょう』
必死だった。
正直最悪だった。どんなに非現実を望んでいたとしても、こんなの望んじゃいない。
砂っぽい不潔っぽいダサイ、あり得ない古代なんて、これぽっちも興味なかった。
「たすけて」
帰りたいよ、わけわからないよ、誰でもいいから、守ってほしい。そう思ってた。
誰も守ってくれない、じゃあ仕方ない、楽しもう。誤魔化すように楽しんでバカみたいに笑って、夢見て、そうして演じてるうちに思ってきたの
「私、女神になれるんじゃない?」
とっさの思い付きで女神と言っちゃった割には、古代の人たちの信奉具合が半端じゃなかった。これぐらいの支援があれば、きっと私この世界でも幸せになれるって思うようになったの
いつしか私の頭の中は帰る方法を考えることじゃなくて、どうやったら本物の女神になれるか、ということだった。
最悪な人生の物語の中、ワクワクしてた!
神の力も、漫画でよくあるチートな能力だって、素敵な出会いだってなかったけど、女神になれる可能性はあった―――少なくとも私はあると思ってたから―――目標を持って生きてこれてた。楽観視できてた。帰れなくてもいいや、だって私は神に選ばれた女神なんだもん
未来だってしってる、みんなが知らないことを知ってる、権力だって少しだけ与えられてる。
もう何も恐れるものはない。
「私はイナンナ! 女神なの!!」
でも、そんなとき、一人の女性と出会った。
彼女の名前は紀伊カオル。私と同じ境遇で、私より先にこの世界に来てしまった女性。
―――どういうことなの? 私だけじゃなかったの? 私は望まれてきたんじゃなかったの?
内心怖かった。居場所を失う恐怖が私を脅すの
「私と手を組みませんか?」
だから、引き込もうとした。けれど、ダメだった……紀伊さんには私には無い冷静さと現実を受け止める強さがあった。彼女の言うことは私には少ししか分からなかったけど、私と対立するという意思表示は分かった。
だから手酷く追い出したけど……また出会うことになろうとは。
しばらくして戦争になった。ヒッタイトとミタンニが争うはずだった戦争が、先にアッシリアとミタンニが戦うことになってしまったの。理由は私の浅はかな言葉のせい
――――こんなはずじゃなかった!
声は届かず、死の恐怖に逃げながら怯えて、ただただ流されて……娼婦たちと一緒に運ばれながら外を見たら、紀伊さんがいて、つい、駆け出してしまったの。
「紀伊さん!! 紀伊さん!」
助けて。助けて、助けて。御願い、助けて。
こんなこと言うのは図々しいって分かってたけど、頼れるのはこの人しかいないって思ったから。とても迷惑そうな顔で受け入れてくれた。市場では私より積極的に動いてくれたし、旅もしっかり面倒見てくれた、紀伊さんってお母さんみたいでついつい甘えちゃうんだよね
後先考えない私のフォローをしてくれるし、大人な対応もしてくれる。イルタの大切な腕輪も、どうにか助けたいって思ってたルシアも、無事に守ることができた。―――私も、希望を見つけることができた。
お礼を言う前に、相変わらずな紀伊さんは何も言わず去っていってしまった。これ以上は自分で頑張れっていうように……
「うん、頑張るよ」
もう逃げない。これからどんなことがあろうとも、逃げない。
ヤクソクする。
本当に苦しんでいるヒッタイトの人たちの役に立てるように、皆で鼠退治もするし、先生のお手伝いだってするし、言うこともちゃんと聞くよ。
だから、ねぇ、紀伊さん
―――また会えるよね……?
今でも思うの、映画館の隅に転がってた割れた石の欠片。もしかしたらあれに触れたから来てしまったのかもしれない。見たことがないからはっきりとは言えないが、もしかしたらアレは前に展示されていたという古代石の欠片だったのかもしれない
だとしたら……
「……紀伊さん」
「どうしました?」
「ルシア……ううん。ただちょっとね考えてただけ」
「悩みがあるのでしたら相談に乗りますよ!」
七菜は微笑んでルシアにお礼だけ言った。
もしかしたら紀伊さん……
空を見上げ、七菜はため息を吐いた。
「よっし、まずはみんなと一緒に鼠あぶりだして病原菌退治だー!!」
「皆に集まる様に、僕走って知らせてきます」
「やるならド派手に行こう。そうしたらお城の人がきっと様子見に来てくれて、私の存在アピールできるし!!」
「ほっほっほ、女神様やる気ですな」
「アレク先生!」
七菜はアレクに近寄った。
「私の弟を思い出しましたよ。双子の弟なのですがね、元々私の家が医者の出なのですが。私が医学の道へ進んだとき、彼は軍兵の道へ突き進んでいったのですよ」
「へえ」
「犠牲者を出さないために、俺が守るんだとむちゃくちゃなことを言いおりましてね」
「なんか紀伊さんっぽい」
白く長いひげを弄りながらアレク先生は上を見上げた。
「真っ直ぐに生きる人間は、前しか見ていない、だからこそ振り返る時間が極端に短い。故に、己が何を落としているのか気が付かない。そこが危ういのです」
「なんで?」
「過去は、過ぎ去ったものではありますが、捨て置いたものではないからです。そこから学び、進むからこそ、未来があるのですよ」
七菜はアレクの言葉を頭の中で反芻させたが、意味が分からず「へえ」と適当な相槌を打った。
「アレシャンドレ先生!」
「だれ?」
長ったらしい名前と思っていると、アレク先生が動いた。
「どうしたのかね」
「え? 先生ってアレクじゃないの?」
「ここではそう呼ばれているが、わしの名はアレシャンドレというのですよ」
そうだ、そういえば初めて会った時も「アレクと呼ばれておる」とかいってたなと七菜は思い出した。
「……なんで最初っからアレシャンドレって言わなかったの?」
「ここでいるのなら、ここで親しまれた名のほうがいいじゃろ?」
そういうものなのかなと七菜は思いつつ、歩き出した先生の後ろをついて行く。
さぁ、忙しくなるぞ。




