不審なようで
「だからさ、違うんだって」
「何がどう違うんだ?」
騒ぎの中心を覗けば、肌の焼けた男がいた。
「お前エジプト人だろ」
「違いますよぉ、俺の母親はヒッタイト人で……まぁ、確かに俺の親父はエジプト人だけど、俺生まれも育ちもヒッタイトだしぃ」
「なんだお前、その話方腹が立つな」
馬を下りて、輪に入る。
どうやら彼は必死に自身を弁護しているらしい。
この時代悪さした奴はなぜかみんなからフルボッコされるから、彼があんなふうに必死になるのは分かる気がする。特にバビロニアの人たちはとっても気が強いから。
「……」
「こいつ、怪しいな。縛り上げろ」
「わわ!? 待って、待てって!! なぁ、俺怪しくないって!! どういったら信じてくれんのかなぁ」
頭をがしがしと強く掻く乱雑な仕草を、何故だかロスタムを思い出し、微笑ましくなった。
「……彼がたとえエジプト人でも、盗人でもなければ、なにか重要な書簡を持っているわけでもないし、問題ないんじゃないですか」
「なんだと……?!」
そんな発言しただけで睨みつけるように怒らなくても。
彼は身ぐるみをはがれ、今は腰布一枚だけだ。見たところ、ぺらぺらしゃべる性格の彼なら、重要な任務を与えられすらしないだろう。
つまり、安全に国を渡りたかった旅人であるという可能性のほうが大ということだ。
その旨を伝えると、彼は手を組んでキラキラした目でこちらを見た。
「おお、あんた良い人だ! 女神だよ!! ちょっと歳くってるけど」
「ユーフラテス河に捨ててやろうか」
「こわっ!!」
アフマドさんは、空咳を一つ漏らした。
「……おい、お前名は」
「え? あっ! はい、オレはアリー」
「父は」
「……父は、俺のこと知らないと思います。母と、一緒に暮らす時間のほうが長かったし」
なにか事情があるのだろう、影をさし、悲しげにそういうアリー。
けれど、彼には何か胡散臭さがある。
「ふむ。アリー、お前もヒッタイトに行くのだろう」
「いいんですか!? よかった!ウガリットにいる母の祖父母に会える! いやぁよかったよかった」
「良いとは誰も言っていないが、まぁ、邪険にするほどのことでもなかろう。そのかわり、雑用としてついてこい」
「そりゃもちろん、驢馬のように働きますよ!!」
マーシャに腕を掴まれ、再び馬に乗る。
どうやら話は決まったようだ。
「!」
彼と目が合うと、ウィンクされた。……この時代でもあるのか。
「おばさん、良い人だね!」
「殴られたい?」
笑顔で彼はサイドステップで去って行った。
マフマドさんが横に馬を並べていたので、声をかける。気になっていたことを、訪ねるために
「……あの、マフマドさん」
「なんだ?」
「今、アッシリアの戦況ってどうなってるか、知ってますか?」
「……」
国内にいるとき、シーリーンさんが母を心配させまいと、その情報は一切家に入らなかった。
仲間内でも、その話は暗黙の了解で禁句になっていたので、一向に終わらぬ不安を抱いたままだったのだ。
「ちらと聞いた話では、ミタンニは戦車の強国とか」
「そうだな。ミタンニ国王『ドゥシュラッダ』は貪欲で獰猛。植民地増大に尽力を尽くしているような男だ」
フリル人によって作られた戦車を取り入れ、いち早く戦場でそれを駆使し、強国になり上がったミタンニ。
「彼国は、我が偉大なるバビロニア、そしてエジプトに並ぶ三大勢力だ。まず、すでに組み敷かれていたアッシリアに勝ち目はないだろう」
「むしろ、何故行こうと思ったのか」
(女神にそそのかされてなんて、誰が思うだろう)
漫画の知識を駆使するなど、やはり愚の骨頂。
アッシリアの国を想いながら胸を痛めるカオルであった。




