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現代→古代  作者: 一理
エジプトのようで
131/142

番外編『サイード編』

 僕の家はアッシリアの中でも片手に入るぐらいには大手の商家だ。

 厳格な父に、おっとり温和な母、そして気の強い兄と姉に、おませない妹の四人兄弟の、次男として生まれた。

「父さん! これ、この記録どういうことだよ!!」

「何の話だ」

「俺が輸入しようとした奴、全部却下してんじゃねーか……ですか!」

「ふう……お前が仕入れようとしている奴はもう時代遅れだ」

 部屋を出ると、ちょうど父と兄が廊下でもめているところだった。

 どうやら商品の発注についてらしい

「なんでだ……ですかよ。この商品に至っては流行とか関係ないだろ……ですよね」

 相変わらず敬語が使えない兄さん。言葉がとっても不思議なことになってる。

 兄さんの後ろから、姉さんが現れた。

「だめねーだめだめ、ロスタムってばバッカねー」

「なんでだよ」

「いーい? あんたが入れようとしてるやつより、ヒッタイトはもっといいもの売り出したのよ」

「あぁ? いいもん?」

「そ、鉄製よ」

「ンなもん知るか」

「知っておけ」

 ずばっと切り捨てた兄さんの頭に拳を落とす父。

 流行には疎い兄さんだけど、持ち前の気の強さと、気前の良さからお客さんの評判はよく、ちゃっかり商人として色んな方面で自分だけの友好線をもっているから、父にも負けていない商売の戦術を確立している。跡取りとしては何の問題もないし

「あら、サイードそんなところでどうしたの?」

 姉さんは、未亡人になってしまったけど

 美しい容姿に、賢いし気が利く女性としていろんな男にもててるし、女性たちからは憧れの対象として見られ頼らている。

「ううん、別に?」

「お兄ちゃん、私のベール風で飛んじゃって木に引っ掛かったの。とってー」

 可愛い妹。ホマーは母といつも一緒にいるから女性としての嗜みはもちろんできているし、シーリーン姉さんに負けず劣らず頭がいいので、どうすれば自分が可愛がってもらえるか分かっている。

「いいよ」

 それに比べて、僕にはなにがあるのだろう。

 妹のように世渡り上手でもないし

 姉のように流行に敏感でもないし

 兄のように気が強いわけでもない。

「……」

 木に引っ掛かったベールを見る。

 手を伸ばしても微妙に届かない距離。ためしに離れてジャンプしながら取ろうと試みたけど、タイミングが合わず取れなかった。

「むー、お兄ちゃんしっかりしてよね」

「はは、ごめんね」

「惜しいわねぇ。ロスタムとってやれば?」

「俺はサイードより背が低い」

「クス」

「笑うな!!」

 父が使用人を呼ぼうとしたら、目の前を誰かが歩いた。

「どうかしたんですか?」

 カオルさんだった。

 正直僕は彼女が苦手だった。今では家族の中ではいてもらわなくては困る存在にまで大きくなっている彼女だったが、それが僕にとって『居場所』を取られるような気がした。

 何の取り柄もない僕の代わりに、なんでもこなす彼女が居座る。

 そんな気がして怖かった。

「カオルー、私のベールぅ」

「ベール?」

 カオルさんは上を見上げ、「なるほど」と呟いた。

「また木に登ろうとすんなよ。その木は幹が細い。お前じゃ折れる」

「失礼な。……でもあの程度なら登らなくてもとれるじゃん」

「え?」

 みんなでカオルさんのほうを見ると、彼女のほうがきょとんとしてしまった。

「いや、だってさ」

 そういって彼女はホマーの躰を僕のほうへ寄せた。

「肩車したら、余裕で届くでしょ」

「あぁ」

 シーリーンが手を打った。

「そうね」

「じゃあやろっか」

 ホマーを抱き上げ、肩車をした。

 頭上で彼女の「とったー」という声を聴いてゆっくり降ろした。

「こういうとき背の高い人って便利ですよね」

 と笑うカオルさん。

 君も女性の中ではなかなか高いけどね。

「よし」

 父さんが手を叩いた。

「仕事に戻るぞ」

 と歩いていく。その後ろを姉さんがついて行き、何か言っているのが見える。

 僕も歩き出すと、後ろでうめき声が聞こえた。

「……どうしたの?」

 兄さん撃沈

「カオルに『お前神出鬼没だよな。足あるか?』って」

 ホマーがカオルにしがみついたまま説明した。兄さんって本当カオルさん好きだよね。

「足があるから、足払いしてみたけどどうよ」

 威圧的な顔をしながら兄さんを見下ろすカオルさん。

 あの技はどこの国のものなんだろう。そこらへんの兵士よりきっと強いと思う。

「ふふ、まあほどほどにね」

 歩いて行こうとしたら、カオルさんに呼び止められた。

「サイードさん。なんかやりかけの商品チェックの粘土板あったから、とりあえず完成させておきましたよ」

「……」

 僕は足を止めた。

「できたんだ……?」

「えぇ、商品一つだけあわないのオカシイナって思ってたら、ヘーカーさんが間違えて別室置いちゃってたみたいですよ」

「そうなんだ。よかった」

 昨日からずっとやって、どうしてもあわなくて諦めて置いていたやつ、カオルさんはすんなり解決してくれたらしい。

 僕の中で、黒い靄が生まれる。

「ありがとう」

「いえ」

「カオルさん、あぁいたのね」

「マミトゥさん。どうしました?」

「あのね、犬の散歩行くの。一緒にどう?」

「いいですよ」

「私もー」

 ホマーがカオルさんの背を追いかけていく。

 ここに残るのは僕と兄さん。

「っていうか、兄さんいつまで沈んでるの?」

「骨が痛い」

「……ほら」

 手を貸すと、渋い顔をして起き上がる兄。

「好きな子ほどいじめたいっていうもんね」

 にこっと微笑めば「ちげえよ」って怒られた。でも、兄のソレは構ってほしくてやっているのだとしか見えない。

「仕事に戻るぞ」

 そう言うけど兄さん。気づいていたかな。カオルさんが来てから僕より彼女と仕事する量が増えたんだよ。

 僕は……この家では、どんな価値があるのかな……。




 夜。

 自室で犬と戯れていると、ドアがノックされた。入ってきたのはカオルさん。

「あ、やっぱりここにいましたね」

 犬のことを言っているのだろう。いつもちゃんと犬小屋にいるのだが、今日はこっそり抜け出していたようだった。

「連れて行くのかい? ほら、いっておいで」

「おや、サイードさんのそばに居たいみたいですね」

「そうみたい」

 人の手を甘噛みする犬。

「あのー」

 カオルさんが、おずおずとしながらこちらを見ている。

「私も撫でていいですか」

 そういえば無類の犬好きだった。

 どうぞといえば横に来て、犬を撫でるカオルさん。

「……」

 彼女の手はきれいだ。すらっとしている。目も、ハッキリとした意思が輝いて見える。

 黒い髪の毛も艶やかで、どこか珍しい雰囲気を持っている。町を歩けば誰もが彼女に目を惹かれていた。

 今は見慣れて落ち着いているけれど

「ふふ」

 犬を愛でる彼女は、いつもの『できる女』ではなく、まるで『少女』のようだった。

 僕は彼女に見惚れる。

「カオルー! どこだー!!」

 兄さんの声が聞こえた。カオルさんは犬を撫でていた手をとめ、にっこりほほえんだ。

「……あー、満足した。わたしもう失礼しますね」

「兄さん呼んでるしね……じゃあまた明日」

「ふふ」

 カオルさんは微笑み、僕を見た。

「サイードさんって、この家の中で一番落ち着いてて頼りになりますね!」

 それは、どういう意味で笑ったのだろうか。

 機嫌がいいカオルさんは、そのまま去って行った。

「……」

 外でカオルさんと兄さんが言い合うのが聞こえる。

 そして激しい一撃も聞こえたから……喧嘩になったんだろうな。

 犬が僕を舐める。

 僕は犬を撫でる。

「……犬は、好きなものに優先順位があるからね」

 あの人の何をしていてもきっと優先させるものは決まっていて……僕には、きっと視界に映らない程度の存在。

 僕がどんなに手を伸ばしても、どんなに背伸びしても

 あの木に引っ掛かったベールのように、きっと手に取ることは一生できないのだろう。

 

 届きそうで、届かない距離。

 でもやっぱり、手に入らない。そんな人へ

「嫌いだなあ」

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