95話 探偵、魔王キング・リゾックを倒す 1
ナルリスを捕獲し、宝石人達を妖精の森に保護した翌朝のことである。
俺は朝食を済ませ、妖精たちから全身をすりすりされた後、転移門の前に立った。
横にはアマミとルチルがいる。
これから3人で魔王を倒しに行くのだ。
3日前、ルチルはこう言った。
――「死神と決闘する時、それに魔王と戦う時、わらわも同行させてほしいのじゃ。いや、わらわなど、いても邪魔かもしれぬが……、しかしジュニッツ殿が命を張っているのに、わらわ1人、安全な妖精の森でのほほんとなどしてられぬ」
その約束を彼女は果たそうとしている。
「よろしくなのじゃ」
ルチルの言葉に、俺は「ああ」とうなずいた。
「宝石人達のそばにいなくていいのか?」とは聞かない。
妖精の森には、ルチルがずっと救出を切望していた宝石人達がいて、まだ上手く動いたり話したりできない彼らのそばで、ルチルはずっと世話をしていた。
やっと再会できたのだ。今も離れたくないに違いない。
だが、それでもルチルは「せめて魔王との戦いでは、ジュニッツ殿の力になりたいのじゃ」と言う。「この程度では恩返しにはならぬが、ささやかながらも命を張りたいのじゃ」と言う。
である以上、俺から言うことは何もない。
「行くぞ」
俺の言葉に、アマミとルチルはうなずいた。
俺たちは門をくぐった。
◇
転移門を抜けた先は、密室だった。
密室、と言っても別段閉じ込められているわけではない。
魔王の玉のある部屋の片隅に、壁がへこんだところがある。
昨日、ナルリスを無力化して、妖精の森に帰る時、そのへこんだところに転移門を設置した。そして出口を、アマミの土魔法による偽の壁でふさいだのだ。
図にするとこうなる。
■が壁、□が偽の壁、門が転移門である。
■■■
■門■
■■□■■
要するに、昨日は転移門を隠してから、妖精の森へと帰ったのだ。
わざわざこんな細工をしたのは、万が一にも転移門を見つからないようにするためである。
何しろ、昨日ナルリスは地下迷宮に潜ったきり帰らなかった。
迷宮は12時間以上いると死ぬ場所である。
ナルリスが潜ってから、すでに24時間は経過している。
町はざわついているだろうし、捜索隊が出されていてもおかしくない。この魔王の玉の部屋にたどりつく可能性もゼロではない。
もし転移門が無造作に部屋のど真ん中に設置してあったら、たちまち見つかってしまう。
それゆえ、こうして偽の壁の向こうに門を隠したのだ。
「どうだ?」
「ん……大丈夫ですね」
俺の質問にアマミが答える。
彼女は壁に小さな穴を開け、外の様子を探っていた。
目に見える範囲でも、魔法で探知できる範囲でも、外には誰もいないと言う。
門をしまい、偽の壁を崩して、外に出る。
部屋の中央には、ドブ色に輝きながら宙に浮かぶ球があった。
魔王の玉である。
触れればすぐさま、魔王の部屋へと転移するだろう。
「じゃあ、行くぞ」
「はい」
俺は魔王の玉へと手を触れた。
瞬間、景色が変わった。
それまで、薄灰色の石壁に囲まれていた空間が、土の壁に覆われた空間へと変化したのだ。
魔王の部屋に転移したのである。
レコは記録の中で、魔王の部屋の構造は下の図の通りだと描写した。
<魔王の部屋>
■■■■■■■■■
■ 魔 ■
■ ■
■ ■
■ ■
■ □□□ ■
■ 玉□ ■
■ □□□ ■
■■■■■■■■■
■:魔王の部屋の壁
□:ドームの壁
魔:魔王
玉:魔王の玉
俺は今、ドームの中にいた。
すぐそばには、玉が浮いている。
レコの記録では『魔王の玉は2つある。1つは地下迷宮にあり、もう1つは魔王の部屋にある。触れると、もう片方の魔王の玉のところに転移する』と書いてあった。
俺の目の前に浮いているのが、もう1つの『魔王の玉』なのだろう。
触れると、地下迷宮に帰ることができるのだ。
何もかもレコの記録通りだ、と思った。
あの記録の舞台に今自分が立っているのだ、と思うと妙な気分になる。
(ここで遠い昔、レコとキーロックが魔王と戦ったのか)
そんな考えに浸っていると、2つの人影が現れた。
アマミとルチルだ。
彼女たちも転移してきたようだ。
「ここが、魔王の部屋ですか」
アマミはそう言って、あたりに気を配る。
一方、ルチルは何やら様子がおかしい。
「ん……む……」
と、戸惑ったような声を上げている。
(ああ、そうか)
様子がおかしい理由はすぐに分かった。
ルチルの背が縮んでいるのだ。
正確には、足が短くなっている。20センチ以上は短くなっただろう。
俺もアマミも背丈は変わらない。
ルチルだけが、縮んでいるのだ。
そのせいか、ルチルは上手く体が動かせないようだ。
歩くのに苦労している。
急に足が20センチも短くなれば、普通はそうなるだろう。
瞬時に対応できたキーロックが異常なのだ。
「す、すまぬ、ジュニッツ殿……」
ルチルは申し訳なさそうな顔をする。
だが、俺としてはありがたかった。
「いや、ルチル。よくやった」
「え?」
「ルチルのおかげで、俺の安全が保証されたのさ」
「ど、どういうことじゃ?」
ルチルは疑問符を浮かべる。
「俺が今日、どうやって魔王を倒すつもりかは分かるよな?」
「う、うむ。一昨日の晩にジュニッツ殿が推理を聞かせてくれたのじゃ。能力『死神対戦』を使うのじゃろう?」
「そうだ。その際、必須条件がある。覚えているか?」
ルチルは思い出すように少し考え込んだ後、こう答えた。
「死神の本拠地……たしか『死神の山』じゃったか。そこよりも遠く離れたところで、能力を使う必要があるのじゃ」
「その通りだ。2日前に説明したことだから詳細は省くが、死神対戦を使うと、死神が俺の所までチェスリルの対戦をしに飛んでくる。対戦すれば、弱い俺は負け、死神に命を取られる。だから、死神が俺の所まで辿り着かないよう、やつらの本拠地からできるだけ遠い場所で死神対戦を使わないといけない。
俺はここが」
そう言って、俺は床を足でトントンと叩く。
「この魔王の部屋が、死神の本拠地から極めて遠い場所だと推理した」
「う、うむ。ジュニッツ殿は確かにそう推理したのじゃ」
「だが、100パーセントの確証はなかった。生きるか死ぬかの大事な話なのに、保証がなかった。その保証をルチルがくれたのさ」
「わらわが?」
ルチルが驚いた顔をする。
「そうさ。宝石人は、故郷から遠く離れるほど足が短くなる。ルチルの体に今起きている現象は、まさにそれだろう?
そして、ルチルは今、20センチ以上も足が縮んでいる。これほど縮むのは、ここが『死神の山』から遠く離れた別の星であるという証拠に他ならない。
細かい計算方法は前に話したから省くが、ともかく何兆キロも離れていることは間違いない。
ルチルのおかげで、その確証が得られたのさ。ありがとうな」
俺の言葉に、ルチルの目に涙が浮かんだ。
「そうか……わらわでも、ささやかながら役に立ったのじゃな……ずっと足手まといだと思っていたのじゃが……よかったのじゃ……」
「なあに、気にするな。こういうのはお互い様だろ」
「う、うむ。いかんな、わらわは昨日から泣いてばかりじゃ……」
ルチルは涙を手でぬぐう。
≪ジュニッツさんは優しいですね≫
突然、アマミが念話でそんなことを言う。
≪ああん?≫
≪いえね。ルチルさんがずっと自分は足手まといだと気に病んでいたのを、ジュニッツさんは知っていたのでしょう? だから、わざわざあんなに丁寧に説明して、「ルチルはちゃんと役に立っているんだ、気にすることはないんだ」って励ましてあげたんでしょう?≫
≪……何を言いやがる。俺はただ探偵らしく、筋道をもってルチルの功績を説明しただけだ≫
≪はいはい≫
アマミは優しげな顔で笑った。
魔王を倒すまで、あと1時間。




