81話 探偵、魔王とナルリスの攻略法を語る 2
“――”で始まる文章は過去の話からの引用です。
――真っ赤な短髪を逆立たせ、オレンジの色の瞳をギラギラさせ、深紅の鎧を身にまとい、朱色の大剣を武器にする。
「この文章には、ある1つの事実が隠されている。何か分かるか?」
俺の言葉に、アマミとルチルは首をかしげる。
「キーロックさんのことを紹介する文章ですよね? 特に何かが隠されているようには……」
「うむ……全体的に赤っぽい外見としか思わぬのじゃ」
俺は答えを言うことにした。
「アマミ。レモンの色の帽子、と聞いて、どんな帽子を想像する?」
「え? それはまあ黄色い帽子ですけど」
「そうだな。それで合っている。じゃあ、オレンジの色のスカーフは?」
「だいだい色のスカーフです」
「どうして?」
「どうしてって……オレンジはだいだい色でしょう?」
「ああ、俺たちにとってはそうだ。だが、レコにとっては違う」
さっきも言ったように、レコは生涯エルンデールの町の近辺から出たことがない。彼女自身が記録にそう書いている。
――わたしが生まれたのは内陸にあるエルンデールの町であり、生まれてからずっとこの町の近辺から出たことがない。
そして、エルンデールでは野菜や果物の色が、よそとは違っている。エルンデールに着いた日、俺はこう言っている。
――他にも食べ物が変わっている。
――レタスが赤い。オレンジが紫色である。ナスが黄色である。
――このあたりでは、これが普通らしい。
「つまり、エルンデール人のレコにとって、オレンジは紫色なのが普通なんだ」
そんなレコがキーロックの外見を紹介する文章がこれだ。
――真っ赤な短髪を逆立たせ、オレンジの色の瞳をギラギラさせ、深紅の鎧を身にまとい、朱色の大剣を武器にする。
「分かるな? ここに書かれている『オレンジの色の瞳』ってのは、つまり紫色の瞳という意味だったのさ。単純な話だろ?」
俺の言葉に、アマミは、しばしキョトンとするが、すぐにどこか納得のいかない顔をする。
何か反論があるのだろう。
「言いたいことは、言ってくれていいぞ。反論は大事だ。しつこいくらいに反論をつぶしてこそ、推理は成り立つ」
反論のつぶし方が甘ければ、推理が間違っていても気づくことなく、誤った推理にもとづいて行動することになるかもしれない。そうなれば、俺たちの命が危険にさらされてしまうだろう。
アマミはこう言った。
「……うーん、その……レコさんは、それなりの年齢の大人なんですよね? だったら、世界的にはオレンジはだいだい色が普通なことくらい、レコさんも今までの人生で聞いているのでは? もしそうなら、普通に『オレンジの色の目』を『だいだい色の目』という意味で書いているかもしれませんよ?」
「オレンジがだいだい色なんて、レコは受け入れねえさ」
エルンデール人は古来より皆、食べ物には頑固である。今日だって、彼らは「ナスと言えば黄色だろ」と頑固者らしく主張してきた。
――エルンデール出身者は、昔からみんな食べ物のことには頑固らしく、そんな彼らに向かって「このへんのナスは、こんな黄色いなんて変わってるな」などとうっかり口走ってしまったせいで、「ナスと言えば黄色だろ」などと面倒な絡まれ方をされてしまったり。
だから、エルンデール人であるレコも「オレンジと言えば紫だ」と言って譲らないだろう。だいだい色のオレンジなんて信じない。そんなのは偽物だと言うだろう。
――外では緑のレタスや、だいだい色のオレンジが普通だと地元民に言っても誰も信じない。「そんなのはレタスでもオレンジでもない偽物」だと言う。
ましてや、レコは一度もエルンデールから離れたことがなく、だいだい色のオレンジなんて見る機会はないのだから、なおさらだ。
――交易都市といっても、野菜や果物のような日持ちしない商品は運ばれてこないから、町の近くから出ない限り、外の作物を見る機会はないのだろう。
「要するに、食べ物に頑固な上に、生まれてからずっと紫のオレンジしか見たことのないレコが『オレンジの色の目』と書いたなら、それは『紫色の目』ということさ」
「……なるほど」
「納得したか」
「ええ。ジュニッツさんは、本当にしつこいくらいに反論をつぶしますねえ」
アマミはそう言ってくすりと笑う。
「……でも、ジュニッツさん」
「うん?」
「これって要するに、キーロックさんの目が紫色ってことですよね」
「そうだな」
「でも、その……それって何の意味があるんでしょうか……? 目の色なんて何色でもいいように思えるんですが……」
「意味ならあるさ。重大な意味がな」
俺はそう言うと、宝石人のルチルを見た。
今まで邪魔しないようにと思っていたのか、黙って静かに聞いていたルチルだが、突然視線を向けられたことで、紫色の目をパチクリさせる。
アマミが「あっ!」と声を上げる。
「気づいたようだな。そう、ルチルを見ればわかるように、宝石人は目が紫色だ。そして、キーロックの目も紫色。つまり、キーロックは宝石人だったのさ」
しばしの沈黙。
今度はルチルが反論をした。
「い、いやいや、ジュニッツ殿。たしかに、わらわ達宝石人は目が紫じゃが、しかし人間やエルフやドワーフの中にも紫色の目を持つ者くらいおるのでは? たとえば、キーロックは紫の目を持つドワーフという可能性もあるじゃろう?」
「それはない」
なぜなら紫色の目は、宝石人しか持っていないからだ。
4日前、ルチルのケガの治療をしていた時、アマミは宝石人についてこんな話をしてくれた。
――また、誰もが例外なくアメジストのような紫色の瞳をしているらしい。
――胸元の赤い宝石と、紫色の瞳は、どちらも他にこのような特徴を持つ人型の種はおらず、珍しがられているそうだ。
「だから、キーロックの目が紫なら、宝石人としか考えられないのさ」
「じゃ、じゃが……スキルやアイテムで目の色を変えているという可能性もあるじゃろう?」
「それもない。髪の色を変えることはできても、目の色を変えることはできない」
ルチルと出会う日の前日、アマミはこんなことを言っている。
――「変装に使えるスキルや道具って、ほとんどないんですよ。髪の色を変えるのがあるくらいですね。目や肌の色は変えられませんし、顔つきだって化粧とかで多少変えられる程度です」
「キーロックの目の色は、生来の色さ」
「し、しかし……そ、そうじゃ、髪の色が変じゃ。レコはキーロックのことを『真っ赤な短髪を逆立たせ』と書いておる。じゃが、宝石人の髪は緑じゃ。変なのじゃ」
「確かに俺はこれまで何度も宝石人について『エメラルドのような緑色の髪を風になびかせ』などと言ってきた。だが、そもそも髪の色は変えられるんだ。ほんのついさっき言ったろ?」
俺の返答に、ルチルは「うっ」と言葉に詰まる。
「じゃ、じゃが……た、たしか、キーロックはレベル100を越えるS級冒険者なのじゃろう?」
「確かに、レコがそんなことを書いているな」
――わたしたち2人は、このあたりでは名の知られた冒険者コンビだった。
――ランクはS級。
――ともにレベル100を越えており、国内でもトップ争いをするほどのコンビだった。
「じゃが、宝石人のレベルはもっと低い。おかしいのじゃ」
「全ての宝石人のレベルが低いわけじゃねえさ」
まれに高レベルまで上がる宝石人もいる。アマミもそう言っている。
キーロックは、そのまれな宝石人なのだろう。
――アマミが言うには、人間の平均レベルが30程度であるのに対し、宝石人はだいたい20くらいまでしか上がらないらしい。まれに高レベルまで上がる宝石人もいるが、ほぼ全ての宝石人はレベル15から25程度だという。
なお、大事なことなので言っておくと、『宝石人の特徴』と言われているものには2種類ある。
全宝石人に当てはまる特徴と、そうではない特徴だ。
たとえば、目が紫なのは『誰もが例外なくアメジストのような紫色の瞳をしている』と書いてあるように、全ての宝石人に当てはまる特徴である。
一方で、たとえばレベルが低いのは『ほぼ全ての宝石人はレベル15から25程度』と書いてあるように、全員ではない。例外も存在する。
まだ子供であるルチルは、例外的な宝石人をあまり知らないのかもしれない。
そのルチルはというと、
「む、むむむ……じゃ、じゃが……」
と、まだ納得のいかない顔をしている。
宝石人である彼女にしてみれば、軽々しくキーロックを同胞と認めるわけにはいかない、という気持ちがあるのかもしれない。
まだまだ、言いたいことがあるようだ。
いいだろう。
繰り返すが、推理において反論は大事だ。反論は全部つぶして、推理に穴がないことを確かめないといけない。
俺はその後も、ルチルの反論を1つずつつぶしていった。
会話の流れを事細かに全部書くと長くなるので、簡易的に書こう。
<反論1>
「宝石人は生涯を故郷の村で過ごすのじゃ。キーロックは自分の意思で人間の町で暮らしておる。おかしいのじゃ」
とルチルが反論する。
「おかしくない。人里で暮らす変わり者の宝石人もいる」
と俺は答える。
4日前、ルチルの治療をしていた時、アマミはこう語っている。
――まれに人間の町で暮らす変わり者の宝石人もいるそうだが、ほとんどの宝石人は故郷の村で生涯を静かに暮らすという。
キーロックは高レベルだったというから、他の宝石人と違って「自分の力を村の外で試してみたい」という気持ちが芽生えたのかもしれない。
ルチルは「なるほど……」と納得した。
<反論2>
「宝石人は、語尾に『じゃ』をつけるのじゃ。キーロックの話し方は違うのじゃ。矛盾しているのじゃ」
とルチルが反論する。
「矛盾してねえ。『じゃ』をつけない宝石人もいる」
と俺は答える。
ルチルが治療から目覚めた時、俺はこう言っている。
――「わらわ」とか「~じゃ」とか、いささか変わったしゃべり方である。後で知ったのだが、この話し方は宝石人特有の口調らしい。方言とでも言うべきか。宝石人のほとんどは、この少女のような話し方をするという。
ほとんどの宝石人は、語尾に「~じゃ」をつけるが、ほとんどであって全員ではない。
ひょっとするとキーロックも本当は語尾に「~じゃ」をつけたいけれども、人間の町に溶け込むために意識して口調を変えているのかもしれない。
ルチルは「な、なるほどなのじゃ」と納得した。
<反論3>
「宝石人は、自分の髪の色を自慢に思っておるのじゃ。キーロックは髪の色を変えているとジュニッツ殿は言ったが、よく考えてみたら、自慢の髪の色を変えるのは変なのじゃ」
とルチルが反論する。
「変じゃねえ。自慢に思わない宝石人もいる」
と俺は答える。
ルチル自身が昨夜こう言っている。
――「だいたいの宝石人は、自分の髪の色を自慢に思うものなのじゃ」
自慢に思うのは、だいたいの宝石人であって、全員ではない。
ひょっとしたらキーロックも、自分の地毛の髪色を自慢には思っているものの、人間社会に溶け込むためには髪色を目立たないものに変えた方がいいと判断したのかもしれない。
ルチルは「そうだったのじゃ、確かにわらわはそう言ったのじゃ……」と納得した。
<反論4>
「キーロックは宝石人にしては髪が短すぎるのじゃ。おかしいのじゃ」
とルチルが反論する。
「おかしくない。故郷から離れれば宝石人の髪は短くなるだろ? それに自分で髪を切ることもできる」
と俺は答える。
なるほど、確かにルチルの言う通り、宝石人の髪は長いのが普通だ。生まれた時から100センチ前後あり、何もしなければ生涯その長さのままである。
数日前にアマミはこう説明してくれた。
――彼らの髪は特殊で、生まれた時から既に100センチほどの長さで生えそろっている。そして、余程の力を加えない限り、髪が抜けることもなければ、切れることもない。代わりに、髪が伸びることも、新しく髪が生えてくることもないという。
しかし、同時にアマミはこうも説明してくれた。
宝石人は、故郷にあるダイヤ(動かせない)から遠く離れるほど髪が短くなる、と。
――まるでダイヤが寂しがっているかのごとく、宝石人は皆、ダイヤから離れるとマイナス効果を受けてしまうらしい。
――具体的には足と髪が短くなる。
故郷から出て人里で暮らすキーロックの髪も短くなっているだろう。
もっとも、故郷から離れるだけでは、髪は5センチより短くはならない。
――「ああ、どれだけ遠く離れても、髪は5センチより短くはならないらしいです」
レコはキーロックを短髪と書いているが、5センチが短髪かは意見の分かれるところだ。
可能性は2つある。
1つ目は、レコにとって5センチは短髪と言える長さだったというもの。
2つ目は、キーロックが自ら髪を切ったというものだ。宝石人の髪は頑丈ではあるが、切れないわけではない。
――そして、余程の力を加えない限り、髪が抜けることもなければ、切れることもない。
余程の力を加えなければ髪は切れないということは、強い力を込めれば切れるということだ。
高レベルで物理戦闘が得意で力も強いであろうキーロックのことだから、自分で5センチ以下にカットしたのかもしれない。
そういえば、レコの記録では、キーロックは魔法が苦手だったと書いていたが、髪が短くて魔法を使えなかったのだろう。
宝石人は髪から魔法を放つ。
――「彼らが魔力を集中させると髪が輝き、そしてその髪から魔法が発射されるんです」
その髪が短くなれば、どうなるか?
数日前にアマミが説明してくれた通り、まともに魔法が使えなくなってしまうのだ。
――髪が短くなってしまっては、髪に貯められる魔力が減るし、何より繊細な制御が必要な魔法のコントロールが乱れてしまう。
――故郷から5キロ離れて髪が30センチ短くなった時点で、もうまともに魔法は使えなくなるらしい。
「そんな大事な髪をキーロックは自分で切ったのか?」と思うかもしれないが、どのみち故郷から5キロ離れただけで魔法は使えなくなるのだ。
故郷に帰る気さえなければ、実用面で髪を切るのに差支えはない。
ひょっとすると人里に溶け込むために、人間の髪型を真似したのかもしれない。
とまあ、長くなったが、要するにキーロックの髪が短くてもおかしくないということだ。
ルチルは「なるほど……」と納得した。
このようにして、俺は4つの反論全てをつぶした。
ルチルは「ううむ……」とうなった。
そして、こう言った。
「……もう反論はないのじゃ」
「納得したか?」
「うむ……ジュニッツ殿から前にキーロックの話を聞いた時、わらわは同胞であるはずのこの男が宝石人であると分からなかった。そのことが恥ずかしくて、つい熱くなって長々と反論してしまったようじゃ……すまぬ……」
ルチルは頭を下げる。
「気にすることはないさ。おかげで、推理が補強できたしな」
「しかし、ジュニッツ殿」
「うん?」
「キーロックが宝石人ということは理解したが……それでいったい何が分かるというのじゃ? 変わり者の宝石人が1人いるだけとしか思えぬのじゃが……」
ルチルの疑問はもっともである。
ここまで長々と話してきたが、要するに『キーロックは宝石人である』ということが判明しただけなのだ。
だが、そこには重大な意味がある。
「レコの記録を思い出せ。キーロックが宝石人だとしたら、彼はありえない行動をとっている」
「ありえない行動?」
「ああ、そうだ。そしてその異常な行動こそが、魔王の居場所を示す重要な手がかりとなる」




