78話 探偵、地下迷宮に潜る 前編
翌朝、俺とアマミはエルンデールの町を歩いた。
目指すは地下迷宮である。
このエルンデールの町は、地下に迷宮がある。
「迷宮のどこかに魔王がいるんですよね?」
アマミが確認するように俺に問う。
「そうらしいな」
「でも、魔王が具体的にどこにいるかは、町の住民にも分からないんですよね?」
「そうみたいだな」
レコとキーロックは魔王の玉を見つけ、そこから魔王の部屋に転移していたが、その玉を誰かがまた見つけることができた、という話も聞いたことがない。
「あと地下迷宮について分かっていることというと……。
迷宮の構造が定期的に変わる。
迷宮には魔王以外の魔物はいない。
魔物以外の生物が12時間以上迷宮にいると死ぬ。
でしたっけ?」
「いま分かっているのは、それくらいだな」
そう言った後、ふと疑問に思うことがあり、アマミにこうたずねる。
「そういや、アマミは前に、この町の地下に魔王がいるのが感覚で分かるって言ってたよな?」
「ええ、なんというか、ある程度のレベルになると分かるんですよね。魔王からも、魔王の玉からも、全く同じ嫌な雰囲気が漂っていて、多少離れていても、この嫌な雰囲気は分かるんですよ。もっとも、迷宮の存在のせいか、雰囲気はぼやけてて、たとえば『地下15階の北西の端の部屋』みたいな具体的な場所までは特定できませんが」
「じゃあ、雰囲気じゃなくて、魔法やスキルを使うことで、魔王の居所は分からねえか?」
「分からないですねえ……」
アマミが言うには、魔王の生命反応を魔法で探知しようとしたり、地下迷宮の構造を魔法でスキャンしようとしても、上手くいかないらしい。
古い遺跡には、そういう探知・探査系の魔法を阻害する仕組みが備わっていることが多いらしいが、今回のケースもそれではないか、とのことである。
「それで、これからどうしますか? 地下迷宮って誰でも入れるんですよね? さっそく中に入りますか?」
「いや、その前に町で地下迷宮について聞き込みをしよう」
何も知らずに行くよりも、ある程度情報を集めてからの方がいい。
まだ朝の早い時間ではあるが、ある程度大きな町ともなれば、朝っぱらから広場や酒場でグダグダやっている連中というのは必ずいる。
どうやって生計を立てているのか分からない不思議な連中だが、ヒマそうなのは間違いない。
地元民風のやつ、流れの冒険者風のやつ。
金を持ってそうなやつ、持ってなさそうなやつ。
偏り無く色々と話を聞く。
話を聞いていく上で、ちょっとしたできごとがいくつかあった。
エルンデールは古くから酒の産地として有名らしく、自然と酒飲みも多いのだが、そんな中でうっかり酒豪のやつに話を聞いてしまったせいで、朝から酒に付き合わされたり。
エルンデール出身者は、昔からみんな食べ物のことには頑固らしく、そんな彼らに向かって「このへんのナスは、こんな黄色いなんて変わってるな」などとうっかり口走ってしまったせいで、「ナスと言えば黄色だろ」などと面倒な絡まれ方をされてしまったり。
ナルリスが話題に上がった時、「ナルリスは……」と口にしたところ、どうも相手はナルリスのファンらしく、「おいおい、ナルリス様だろう?」と説教を食らってしまったり。
地下迷宮の話をしようとしたら、「地下迷宮じゃない。正式には地下遺跡というんだ」と言う地元民と、「いや別に地下迷宮でいいだろう」と言う地元民との言い争いに巻き込まれてしまったり。
ともあれ、色々と話を聞くことはできた。
そうして午前いっぱいを費やして情報収集が終わると、俺とアマミは食堂で昼飯を食べながら、成果を話し合った。
人も多いので、念のため念話で話す。
≪さて、話を整理しようか≫
≪ですね。じゃあ、分かったことをまとめますね≫
そう言って、アマミは話し始める。
彼女が話をまとめるのは、『アマミの視点で話してもらうことで、俺が気づかなかったことが分かるかもしれない』という狙いによるものだ。
≪まず地下迷宮の出入りについてですね。
迷宮が解放される時刻……つまり誰でも出入りできる時刻ですが、朝の6時から夕方の6時までのようです。だいたい日中ですね。
夕方の6時を過ぎると入ることはできなくなります。ただし、出ることはできますが≫
≪まあ、迷宮探索中にトラブルが起きて、やっとのことで出口にたどりついたと思ったら、夕方6時を過ぎていたので出してくれませんでした、ではあんまりだからな≫
≪まったくです。
で、迷宮への出入り口は全部で4つ。すべて町中にあります。
入るには、レベルボードを見せて、入退出記録の用紙に名前を書くだけでいいそうです。出る時も同じですね。要するに誰でも入れます。
出入り口は、どれも町が管理しています。えっと、この町を支配している人たち……誰でしたっけ?≫
≪商会連合な≫
≪そうそう、その商会連合の下部組織に地下遺跡委員会というのがあって、そこが管理しています。
もっとも委員会と言っても、あまり仕事はないみたいです。出入り口の管理くらいで。帰ってこない人がいても、よくあること、で済まされて放置だそうです。いちいち救出なんか行きません。
ダンジョンを囲んで作られた町だと、ダンジョン産の宝やらが産出して、大金が絡むだけあって町側の仕事も山盛りなんですけど、この町の地下迷宮は宝なんて出ませんからね≫
≪迷宮とダンジョンの違いってなんだ?≫
≪魔物や宝が自然と湧いてくるのがダンジョン。湧いてこないのが迷宮です≫
≪この町の地下にあるのは迷宮ってことか。だが、金目のものがないのに、地下迷宮に潜るやつなんているのか?≫
≪慣らしのために潜る人が多いようですね。
ダンジョンには独特の空気があって、理由は解明されていませんが、中に入ると体の動きが少し鈍くなってしまうんですよ。慣れれば平気なんですけどね。
で、この町の地下迷宮にも、ダンジョンと似た空気があるようです。
この町から出てしばらく歩くと、大きなダンジョンがあるらしいんですが、そこに行く前に体を慣らそうとして、地下迷宮に潜る人は結構いるようです≫
聞くところによると、地下迷宮に潜ると1ヶ月くらい体に慣れが残るらしい。
その慣れが残っている間に、ダンジョンに行こうというわけだ。
≪あと一応商会連合は、魔王討伐と、魔王の有力な情報に、懸賞金をかけています。その懸賞金目当てで潜る人がいますね。
もっとも、懸賞金を得られた人は長年いないので、半ば形骸化しているそうです。
ただ、それでも『誰もが魔王討伐を目指すべきである』という建前はありますからね。世間体のため、というと変ですが、みなさん時々は潜っているみたいです≫
≪ちゃんと帰ってこられるのか?≫
≪わりと安全らしいですよ。魔王以外魔物も出ませんし、浅い階層ならトラップもないみたいですからね。
もっとも、迷宮の構造は定期的……ほぼ1ヶ月に1回のペースで変わるようですから、全体の地図なんてものはありません。
構造が変わって1週間もすれば、浅い階層の地図が出回るみたいですが、若い人だと『そんなのは腰抜けの使うものだ』と考える人も中にはいるらしく、それで迷子になっちゃうみたいですね≫
≪ちなみに、前回迷宮の構造が変わったのはいつだ?≫
≪4日前の夜明け前……深夜3時くらいに変わったそうです。なんでも、ゴゴゴゴという音が地下から聞こえたらしく、それが構造が変わる合図だそうで。ほぼ毎回深夜に構造が変わるようですね。
町の人からすれば、毎月のことなので、本来はたいして騒ぐことではないのですが……今回は盛り上がっているようです≫
≪というと?≫
≪深い階層……地下20階まで、すぐ行けちゃったんですよ。
普通は、地下3階からトラップが出てきて、容易には進めないんですが、今回はトラップと階段の配置がかなり都合のいいものらしく、生還者の最高記録である地下14階を楽々突破できちゃったんです。町中では、100年に1度の奇跡と言われています≫
俺はアマミの言った「都合のいい」や「奇跡」という言葉に対して、あることを言おうとした。
が、話の腰を折るのもなんだと思い、今は言わないことにした。
アマミはこう続けた。
≪そして、地下20階には、下に行く階段が見つからなかった代わりに、大きな扉が見つかったんです。
扉はどうやっても開きませんでした。
ただ扉には、光る宝石が埋め込まれていました。しかも暗号文らしきものまで刻まれてたんです≫
暗号を解いて、光る宝石を操作すれば扉が開くということだろうか。
≪いかにもだな≫
≪ええ、いかにもです。これは魔王の部屋に通じる扉なんじゃないか、ということで盛り上がっていますよ。町では、この暗号付き扉のことを『例の仕掛け』と呼んでいます。『例の仕掛けを突破すれば、魔王まですぐだぞ』と≫
アマミはそう言って言葉を句切った。
話はこれで終わりのようだ。
俺としても特に訂正することはない。
俺はうなずくと立ち上がり、こう言った。
≪よし、事前の情報収集はこれくらいでいいだろう。いまから地下迷宮に行くぞ≫
2022/5/13
今回「ジュニッツが酒に弱い」と書きましたが、前の話で「ジュニッツは酒に強い」と書いていたため、酒に強い方を正式設定とし、酒に弱いという今回の描写を修正しました。
なお、ジュニッツの酒の強さは、謎解きとは何の関係もありません。




