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レベル1の俺が魔王を倒すと言ったら、みんな笑った。でも、前世が名探偵だったおかげで本当に倒してしまい……  作者: からくらり
4章 ジュニッツを罠にかけようとしたエリート冒険者を返り討ちにする話
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73話 探偵、魔王の記録を見る 5

 レコとキーロックが魔王と戦った時の記録も、そろそろ終盤に近づいてきている。

 俺はページをめくり、続きを読んだ。



『撤退。

 その2文字がわたしの脳裏をよぎった。


 魔王に勝つのをあきらめ、逃げてしまおうというのだ。


 魔王は強い。

 戦っても勝てる見込みがない。

 魔王の体は、無数の『破壊の粒子』によって、バリアのように覆われている。遠くからの攻撃は粒子でかき消されるし、かといって粒子が邪魔で近づくこともできない。


 こんなのをどうやって倒せというのか?

 勝てるビジョンがまるで思い浮かばない。

 経験上、こんな気持ちになってしまったら、絶対に勝てない。

 勝てない以上、撤退しかない。


 しかし、撤退したら、よほどの幸運がない限り、またこの魔王の部屋に来ることはできない。

 魔王の部屋への道順は覚えているが、明日には地下迷宮の構造が大きく変わってしまう。覚えていても意味がない。


 そうなれば、魔王に勝つどころか、またここに来ることすら難しい。

 今日、わたしたちが、この魔王の部屋にたどり着くことができたのは、偶然に過ぎないからだ。

 同じような偶然がまた起きると考えるのは楽観的すぎる。


 要するに、ここで逃げれば二度と魔王を倒せないのだ。


 そして、魔王を倒せなければ、妹にかかった魔王の呪いは解けない。

 解けなければ遠くない将来、妹は死ぬ。

 だから、撤退するということは、妹を見捨てることと同義だった。


 もっとも、迷宮の構造がどう変わろうと魔王の居場所にたどり着くための攻略法というのが、実は存在する。

 たとえば、こんな風に、入口から出口に抜ける平面の迷路の場合、右手を壁について進めば必ずゴールにたどり着くという攻略法がある。


  ■■■■■■■■■

→入口       ■

  ■■■■■ ■ ■

  ■     ■■■

  ■ ■■■■■ ■

  ■ ■     ■

  ■ ■ ■■■ ■

  ■     ■ 出口→ 

  ■■■■■■■■■


 地下迷宮は階段があるなど構造が複雑で、さすがに右手に壁をつくだけでは攻略できないが、それでも攻略法はある。

 要するに、撤退しても、実は魔王に再挑戦できるチャンスはあったのだ。


 だが、その攻略法にわたしが気づいたのは、ほんのつい先ほど(魔王から逃げ出した後)である。

 この時のわたしは、撤退すれば妹は死ぬと思い込んでいた。


 それゆえ、葛藤があった。


 いますぐ魔王に勝たないと妹を助けられない。

 でも、勝てる見込みはゼロに近い。

 どうすればいい?


 そんな葛藤である。


 だが……答えなど初めから決まっていた。

 魔王に無謀な挑戦をすれば、わたしだけならともかく、キーロックまで死んでしまう。

 そんなことに彼を付き合わせるわけにはいかない。

 付き合わせていいわけがない。


 だからわたしは撤退を宣言しようとして……。


「ありゃあ勝てないな。撤退しよう」


 キーロックがわたしより早く、そう宣言した。


「遠距離攻撃は効かないし、近距離攻撃をしようにも近づくことすらできないんだ。無理だ。撤退しよう。な?」


 重ねてキーロックがそんなことを言う。


 そんな彼の表情を見て、わたしは理解した。

(ああ、わざとだ)と。


 わたしがもし自分の口から「撤退」を宣言してしまったら、理屈はどうあれ、わたしは自分の意思で妹を見捨てたことになってしまう。

 そうなれば、わたしはその事実に、この先の生涯ずっと苦しんでしまうだろう。

 だから、そうなる前に、キーロックの口から撤退を提案し、彼がわたしの妹を見捨てたという形にしたのだ。


「……ありがとう」


 わたしの言葉にキーロックはただ黙っていた。反応すれば自らの気遣いを認めることになる。この男は、自分の気遣いを認めたがらない。代わりに、魔王を見て言った。


「あの魔王が、イカの一種であるリゾックと生態がそっくりだ、という話はさっきしたよな?」

「ああ」

「そのリゾックなんだがな。まずい性質を1つ持っている」

「……聞きたくないな」


 嫌な予感がして、わたしはそう言った。


「オレも言いたくない。だが、言わないわけにはいかない。リゾックはな、風の刃を飛ばすんだ」

「風の刃? 風魔法の一種か?」


 わたしはたずねた。

 風魔法には、空気で魔物や木々を切り裂く魔法がある。


「ああ、それに似ている。でな、リゾックはその風の刃をいつ使うかというと、近づいてきた獲物が離れようとした時に使うんだ」

「離れようとした時……」

「そうだ。リゾックはまずスミを飛ばす。目つぶしにしかならないスミだから、相手はリゾックを『そんな攻撃しかできないのか』と(あなど)り、狩ってやろうと近づく。そうやって、おびき寄せた相手を破壊の粒子で粉砕するんだ。で、もし近づいてきた相手が破壊の粒子に気づいて逃げようとしたら、リゾックは今後は風の刃を飛ばして切り刻む。これがリゾックの狩りのやり方だ」

「やっぱり聞きたくなかったなあ……」


 わたしたちは、魔王から逃げようとしている。

 まさにキーロックの言う『近づいてきた相手が逃げようとしたら、風の刃で切り刻む』という状況そのものである。

 つまるところ、我々が逃げたら、その瞬間に魔王の風の刃が襲ってくる可能性が高いのだ。


 わたしはキーロックにたずねた。


「リゾックの風の刃は、どれくらいの威力なんだ?」

「たいしたことはない。冒険者相手なら、ちょっとした切り傷ができる程度だ」

「だが、それはあくまでリゾックが放つ風の刃だから、弱いんだろう?」

「そうだ。破壊の粒子だって、リゾックの破壊の粒子は大したことはないが、魔王の破壊の粒子は異常なほどに強力だ。だから……」

「魔王の風の刃をくらえば、S級冒険者のわたしたちでも致命傷を負いかねない、ということか……」


 魔王の攻撃なのだから、強力なのは当たり前……と言ってしまえばその通りなのだろうが。


「でだ、レコ。その風の刃なんだがな、確かにすごい威力だが無敵じゃない。剣や魔法を叩き込めば、かき消すことができるんだ」

「……魔王の風の刃だぞ? 我々の剣や魔法で防げるのか?」

「魔物の放つ風の刃は、どれほど威力があろうとタイミングさえ合えばかき消せるのさ。最初はオレが見本を見せる。何度か見りゃレコもできるだろ?」


 わたしはキーロックの言いたいことを理解した。

 彼はこう言っているのだ。今から2人で逃げよう、と。逃げながら、風の刃を剣や魔法でかき消し、なんとか2人で出口までたどり着こう、と。

 わたしは納得した。確かに、これしか撤退方法はないだろう』



 ここまで読んだところで、俺はふと、アマミが妙な顔をしていることに気がついた。


≪どうした、アマミ?≫

≪いえ、『これしか撤退方法はないだろう』って書いていますけど、ジュニッツさんがレコさんだったらどうするのかな、と。何か別の方法を採用するんじゃないかな、と思いまして≫

≪ふむ……≫


 アマミの言葉に、俺は少し考える。


≪まあ、別の撤退方法がないわけではないが、あまり良いやり方じゃないぞ?≫

≪どんな方法です?≫


 アマミの問いかけに、俺はこう答えた。


≪『煙を出す』だ≫

≪煙、ですか?≫

≪ああ。魔王は、相手が逃げようとすると風の刃を飛ばしてくる。だが、相手が逃げようとしているだなんて、どうやって判断している?≫

≪どうって、普通は目で見て判断するのでは……?≫

≪そう。だから、魔王の視界をふさぐために、煙が出そうなものを燃やす。レコとキーロックの持ち物次第だが、魔物の素材とか、魔法関係の薬品とか、とにかくモクモクと大量に煙が出るものがあれば魔王の周囲で燃やすんだ。そうやって煙が立ちこめれば、レコとキーロックの姿は見えなくなる。見えなきゃ、魔王は2人が逃げても分からねえから、風の刃も飛んでこない。安全に逃げられる、ってわけだが……≫


 実のところ、この方法は不確実である。

 相手が逃げているかどうかを、魔王が目で判断しているなら良いが、気配とか生命力とか、そういうので感知していたら壁は無意味である。

 魔王の判断方法が分からない以上、賭けになる。


 そして、もし魔王が目以外でレコ達を認識することができるのなら、煙は逆効果である。

 何しろモクモクと立ちこめる煙のせいで、魔王の放つ風の刃がレコ達には見えづらくなってしまうからだ。

 自滅以外の何物でもない。


≪あと、他の撤退方法としては、土魔法を使うってのがある≫

≪土魔法をどう使うんです?≫

≪魔王の周りに土の壁を作るんだ。そうすりゃ魔王が風の刃をいくら飛ばそうと壁が防いでくれる。その間に悠々と逃げるというわけさ≫


 もっともこの方法にも疑問はある。

 レコの記録によると、魔王は体高30メートルはある。必然、土の壁も30メートル級の巨大な壁になるが、そんな巨大な壁をホイホイ作れるだろうか?

 それにそもそも土の壁を作ったからといって、魔王の風の刃を防げるだろうか?


 アマミに聞いてみたところ、


・そんな巨大な壁、土魔法に特化した高レベルの魔法使いでも難しい。

・魔王の風の刃なら、土魔法の壁くらい貫通する。


 とのことである。

 案の定というべきか、予想内の答えが返ってきた。


≪まあ、そう上手くはいかねえってことさ。結局、レコ達は『走って逃げる』という手を採用したわけだが……≫


 その結果、2人はどうなったのだろうか?

 俺は続きを読んだ。



『キーロックは、わたしに「準備はいいか」と言った。

 魔王から撤退するため、2人で出口に向かって走る。その準備はいいかと聞いているのだ。

 わたしは「いつでも構わない」と答えた。


 2人で顔を見合わせ、うなずく。

 そして駆けだした。

 魔王に背を向け、部屋の出口に向けて一気に走り始めたのだ。


 その瞬間、背後から風の圧を感じた。

 振り返ると、すさまじい速度で風の刃が飛んでくる。大きさといい、込められた力といい、まともにくらえば即死だろう。

 だが……。


「はあっ!」


 キーロックが気合と共に、振り返りざま、剣を振るう。

 迫力のある剣圧が風の刃と正面からぶつかる。

 風の刃はパァンという音と共にかき消えた。


「足を止めるな!」

「ああ!」


 わたしたちは駆ける。

 いくつもの風の刃が襲ってくる。のみならず、スミまで飛んでくる。この切迫した状況の中、スミで目が見えなくなれば致命的である。


 だが、スミは遅い。

 よけるのに苦労はない。


 問題は風の刃であるが、これはキーロックの剣とわたしの魔法をぶつけて、かき消す。

 最初の3回はキーロックがやったが、それを見てわたしがタイミングを覚えると、次からは2人で交互にかき消す。

 風の刃は威力と速度はすごいが、動きが直線的である。落ち着いてやれば、対処は難しくない。


 しかし……。


 200メートル近く進んだところで、突如、風の刃の動きが変わった。

 それまで直線的だったのに、突然、曲がるようになったのだ。


「っ!」


 わたしは、その動きに完全に意表を突かれた。

 正面から飛んできたと思ったら、突然真横からこちらに向かってきているのだ。

 キーロックも驚愕の顔をしていたから、彼にとっても意外だったのだろう。

 これはもう避けきれない。死ぬ。

 そう思った瞬間である。


 どんっ!


 わたしはキーロックに突き飛ばされた。

 彼の体を刃が襲う。


「ぐっ!」


 血が飛び散った。

 キーロックの右肩を、風の刃が切り刻んだのだ。

 彼は一級品の金属鎧を身にまとっていた。しかし、その肩当ての部分が、紙きれのようにスッパリ切れてしまい、肩に深手の傷を負わせてしまっている。

 とっさに体をひねっていなければ、肩どころか首をザックリと切られてしまっていたかもしれない。


「キーロック!」


 わたしは彼のもとに駆け寄った。

 そして、魔法のバリアを展開する。

 わたしとキーロックの周囲を、ドーム状の小さな淡い光の球が包み込む。


 魔法のバリアは、文字通り魔法の力で作られたバリアであり、たいていの攻撃を防ぐことができる。

 破壊の粒子は無理だろうが、それより低い威力の攻撃なら防げる。

 現に今、わたしたちに向かって風の刃がいくつも飛んできているが、バリアにぶつかると全て弾け飛んでしまっている。


 もっとも、このバリア、万能ではない。

 いくつか制約がある。


 第1に、動けない。

 つまり、バリアの中から外に出ることができない。一定時間が経過してバリアが消えるまで、その場でバリアに閉じ込められたまま動くことができないのだ。

 無論、バリアは動かない。もしバリアごと移動できるなら、最初からバリアに入ったまま逃げている。


 第2に、バリアの中から攻撃できない。

 バリアは、外からの攻撃を防いではくれるが、中からの攻撃も防いでしまうのだ。したがって、バリアの中から安全に魔法を飛ばして攻撃、ということもできない。


 つまるところ、中に閉じこもることしかできないのである。


 じゃあ、なんのためにバリアがあるかと言えば、時間稼ぎだ。

 バリアに閉じこもっている間に、体力を回復させたり、ケガの手当てをしたり、作戦を考えたり、そういう風に『時間を稼いで体制を立て直す』ために使うものである。


 今のわたしたちにも、時間稼ぎが必要だった。

 キーロックの右肩はザックリと切られてしまっている。

 血がだらだらと流れてしまっている。


 命に別状があるというわけではないが、このまま出血が続くのはまずいし、右腕だって満足に動かせないだろう。

 右利きのキーロックにとっては、きついはずだ。


 わたしは手当てをした。

 清浄魔法をかけて傷口をきれいにし、回復魔法をかけて傷をふさいでいく。


 その間、キーロックはずっと奇妙な格好をしていた。

 まず、手当を受けているというのに、地面に横たわるでも座るでもなく、背筋をピンと伸ばして直立している。

 また、目と口を大きく開け、魔王をにらみつけている。

 さらには、ケガをしていない左腕をまっすぐ左上に伸ばし、手のひらを大きくぐわっと開いている。

 おまけに、地面に転がっている高さ20センチばかりの岩の上に乗っている。


 彼はバリアが展開されるとすぐにそんな格好をしていたのだ。

 別段、恐怖でおかしくなったというわけではない。


「魔物相手には、なめられちゃいけない。弱っていると思われると、ますます攻撃が激しくなる。少しでも自分を大きく強く見せたほうがいい」


 キーロックは日頃からそんなことを言うやつだったが、今まさに自分を大きく強く見せるということを実践していたのだ。

 アリクイやカマキリが前脚を上げたポーズで威嚇(いかく)することがあるが、それに似ている。

 バカみたいに見えるかもしれないが、暴力のぶつかり合いである魔物との戦いは、存外そういう動物じみたことが大事だったりする。


 わたしも地面をしっかりと両足で踏みしめ、まっすぐに立ち、その体勢で治療をする。キーロックがケガをしたのが足だったら、さすがにしゃがまないと無理だっただろうが、肩であるため、その格好でも治療はできた。


 無論、肩ならケガをしても大丈夫というわけでもない。

 集中しながら治療をしていく。


 時間は限られている。

 バリアは時間が経つと消えてしまうし、一度消えると1時間は間をおかないと再度バリアを展開することはできない。

 そして、バリアを保てる時間というのは決して長くないのだ。

 焦る気持ちを抑えながら、わたしは回復魔法をかけ続ける。


 そんなわたしを落ち着かせるためだろう。

 キーロックは「大丈夫、なんとかなるさ」と言って、安心させるようにニヤリと笑みを浮かべた。

 目と口を大きく開け、魔王をにらみつけながらニヤリと笑うという器用な仕草である。


(できるかな?)


 そう思った。声にも出そうとした。でも、踏みとどまった。

 そんなことを今言うべきではない。

 代わりにこう言った。


「そうだな、キーロック。きっと大丈夫だ」

「ああ、なんとかなる。そこでだ」


 キーロックは一度言葉を区切ると、こう続けた。


「なんとかするために、オレに良い案があるんだが」』


2022/5/13 誤字脱字修正

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