70話 探偵、魔王の記録を見る 2
かつてこの町にいた2人組の冒険者レコとキーロック。
その1人、レコが書き残した『魔王と戦った時の記録』を、俺とアマミは読み始めた。
出だしはこうだった。
『さて、一番言いたいことは既に前のページで書き終わった。地下迷宮を抜けて魔王の居場所にたどり着く方法、魔王の姿形、攻撃方法……などなど、大事なことは全部書き終えた。
だから、ここから先はわたしのとりとめのない独り言のようなものである。つまり、おまけだ』
≪……待て≫
俺は念話で待ったをかけた。
≪なんだこれは? 『言いたいことは既に前のページで書き終わった』だと? 前のページというのはどこだ?≫
俺の問いに、アマミは首を横に振った。
≪どこにもありません。資料の注意書きによると、そのページは失われてしまっているようです≫
冒険者レコの残した記録の一部は彼女自身の血で汚れ、読めなくなってしまったという話が先ほどあった。
つまり、一番言いたいことが書かれたそのページも血で読めなくなってしまった、ということだろう。
≪……残念だな≫
レコという冒険者のことはよく知らないが、一番大事なことを最初にまとめてくれたという親切心は理解できる。その親切心が無駄になったことを残念に思ったのだ。
≪でも記録が一部でも残っているのが救いですよ。せっかく残してくれた情報です。続きを読みましょう≫
≪そうだな。残念がっていても仕方ない。読むか≫
俺たちは資料の続きを読み始めた。
『さて、わたしたちがなぜ魔王を見つけることができたかだが、これは偶然としか言いようがない。
地下迷宮を散策していたら、たまたま見つけることができたのだ。
ドラマチックでなくて申し訳ない。
もし、わたしたちのことを演劇にでもしてくれるのなら、このあたりは、わたしが冴え渡る頭脳で見事に魔王の居場所を突き止めたと脚色してくれ。
そんな頭脳明晰なわたしたちについて、少し書いておこう。
わたしは26歳の女で、名はレコ。
絶妙なバランスで切りそろえた黒髪のショートヘアが自慢の美女である。髪だけでなく、全身を黒い装備で固めている。
いい女には黒が似合うのだ。
わたしは、女にしてはかなり背の高い方である。細身の剣が似合いそうだと言われることもよくある。
が、実のところ、物理戦闘は苦手だ。そこらのD級冒険者くらいが相手なら勝てるだろうが、それ以上はダメだ。
代わりに魔法を使う。攻撃、回復、支援、索敵など、おおよそ魔法でできることは何でもやる。ここらでは、なんでも魔法のレコ、と呼ばれているほどの魔法のエキスパートだ。
……いつもはこういうのは相棒のキーロックが自慢げに語ってくれるのだが、自分で自慢するしかないのは寂しいな。
さて、その相棒のキーロックは筋肉むきむきの男である。
わたしより頭半分背が高く、横幅は更にでかい。
真っ赤な短髪を逆立たせ、オレンジの色の瞳をギラギラさせ、深紅の鎧を身にまとい、朱色の大剣を武器にする。
キーロックは、魔法は全然ダメだ。
が、物理戦闘力はわたしが今まで見た中で、だんとつのトップである。
まさに物理特化の男だ。
とはいえ、力任せに大剣を振るうだけでなく、ダンジョンの通路が狭い時などは短刀を上手に使うなどの器用さもある。
こうやって目を閉じると、もう二度と会えないその姿が、ありありと浮かんでくる……。
……ともあれ、わたしたち2人は、このあたりでは名の知られた冒険者コンビだった。
ランクはS級。
ともにレベル100を越えており、国内でもトップ争いをするほどのコンビだった。
そんなわたしたちが、どうして魔王と無謀な戦いをすることになったかだが……情けない話だが、浮き足立っていたのだ。焦っていたと言ってもいい。
何しろ、いきなり魔王と戦うチャンスが舞い降りたのだから。
わたしたちは、魔王の玉を見つけ、それに触れて魔王の部屋に転移したのだ』
俺はいったん読むのをやめ、アマミにたずねた。
≪魔王の玉ってなんだ?≫
≪昔、一度だけ見たことがあります。ドブのような色で光る、両手で抱えられるくらいの大きさの玉のことです。動かすことができず、常に宙に浮いています≫
≪何かのアイテムか?≫
アマミは首を横に振った。
≪いいえ、なんていうか上手く言えないんですが……あれは魔王の分身です。魔王の一部、と言ったほうがいいでしょうか。レベルが高くなると、そういう魔王の気配のするものは一目でわかります。たぶん魔王自身が作り出したんでしょうね≫
≪その玉に何か意味があるのか?≫
俺の問いに、アマミは答えた。
≪魔王は周囲の魔物を強化するでしょう? その玉も周囲の魔物を強化するんですよ。ある意味、魔王の分身ですね。つまり、魔王自身と、魔王の玉の両方の周囲で魔物が強くなるんです。玉自体が周囲に攻撃するわけではないんですが、そういう性質を持っているんです≫
≪……そいつはやっかいだな≫
俺はつぶやいた。
≪ええ、魔王はどれだけ遠く離れたところにも玉を作り出せると言われていますし、やっかいです。それと特徴がもう1つ。魔王の玉に触れると魔王のところに転送されます≫
≪転送?≫
≪ええ。触れただけで魔王の近くまで瞬間移動されるんです。どういう原理かはわかりませんが、魔王の分身として、なんらかの形で魔王本体とつながっているのでしょうね≫
俺は一瞬黙った後、こう言った。
≪……分身したり、転送したり、よくわからないものだな≫
≪魔王ってのは、元々よく分からない存在なんですよ。たとえば、ほら、海の魔王の話って聞いたことありません?≫
≪ああ、たしか……ある海域だけやたらと魔物が強くて、調べてみたら海底に魔王がいると分かった、って話だったか≫
俺の言葉にアマミはうなずいた。
≪ええ、それです。それから空の魔王もいます≫
≪たしか上空に浮かんでいる魔王だったか≫
≪そうそう、それです。そんな風に魔王ってのはどんな異常な場所に現れてもおかしくない存在なんです。奇妙な存在なんです。ですから、分身をちょっと作るくらい、おかしな話じゃないんですよ≫
≪ふむ……まあ、そうか≫
いずれにせよ、その魔王の玉をレコたちは見つけた、ということだろう。
俺は先を読み進めた。
『わたしたちのパーティーは、魔法を使うわたしが後衛、剣を使うキーロックが前衛という構成である。
こう書くと、わたしが慎重な頭脳派で、キーロックが積極的な肉体派のイメージがあるかもしれない。
が、実際は違う。
どちらも積極的なのだ。
だからだろう。
地下迷宮で、ドブ色に輝く魔王の玉を見つけた時、わたしは、
「お……お……おおっ! これ……この形! それに魔王の気配! 間違いない! 魔王の玉! 玉だろ、これ!? すごい、すごい! 魔王を倒すチャンスではないか! 行こう、キーロック!」
と興奮し、一方でキーロックは、
「おいおい、レコ。オレたちゃ仲間だろ。お前の気持ちくらい、言わなくてもわかってる。行こうぜ」
と言った。
正確には、キーロックの「おいおい」は「おぉいおぉおーい」とでも言うべき発音である。野太い声で、口元をニヤリとさせ、体を揺すりながら「おぉいおぉおーい」と言うのだ。
この「おぉいおぉおーい」は、彼がやる気に満ちあふれている時に出る言葉だ。
わたしもやる気に満ちあふれている。
妹を助けたいからだ。
わたしには妹がいる。妹は寝たきりである。日々苦しんでいる。最近はいっそう衰弱が激しい。明日にでも死んでしまうかもしれない。それくらい弱っている。
原因は、魔王の呪いである。ごくまれに、魔王の影響で呪いにかかってしまう体質の人間がいる。周囲の魔物を強化させる魔王の性質により、悪影響を受けてしまう人間がごく少数ながらいるのだ。
妹もその1人だ。呪われている。
呪いにかかると徐々に体がむしばまれ、やがて死に到る。
呪いを解くには魔王を倒すしかない。
だが、ここエルンデールの町では、魔王は地下迷宮の奥深くにひそんでいて、どこにいるのかわからない。
探せども探せども、見つからない。倒したくても、居場所がわからないのだ。
他の国にいる別の魔王を倒しても意味がない。
妹は、この町の魔王に呪われているのだ。元凶であるこの町の魔王を倒さなくては呪いは解けない。
そんな呪いの根源である魔王に……今までずっと見つけることができなかった魔王に、ちょっと手を伸ばすだけでたどり着くことができるのだ。
妹を救うことができるのだ。
心臓が高鳴らずにはいられなかった。
いったん引き返して応援の戦力を呼ぶ、という選択肢はなかった。
地下迷宮は定期的に構造が変わる。
周期を考えると、明日には構造が変わってしまう。
のんきに引き返していたら、迷宮の構造が変わって、二度とここにはたどり着けないかもしれない。
……もっとも今冷静に考えれば、迷宮には攻略法があった。
つまり、迷宮の構造がどう変わろうと、その攻略法にしたがえば、簡単に魔王のところにたどりつけるのだ。
攻略法は、ついさっき気づいた。長年迷宮に潜り続けてきた経験と、今回魔王にたどり着いた経験を合わせて冷静になって考えたら、あっけないほど簡単に気づいてしまったのだ。
もっと早く気づいていればと思うが、今さら言っても仕方がない。最初のページに、その攻略法を書いたので、ぜひ活用してほしい。
話がそれてしまった。
ともかくも、あの時のわたしは、今日中に魔王と戦わないと、迷宮の構造が変わって、二度と戦うことができなくなると思っていたのだ。
だったら迷宮の構造が変わる前に……つまり今日のうちに応援を連れて戻ってくればいいではないか、と思うかもしれない。
が、それも無理だ。
地下迷宮は、どういうわけか長居することができないのだ。
悪い空気でも漂っているのか、12時間迷宮にいると、途端に体調が悪化して死ぬ。
レベルに関係なく、魔物以外の生き物であれば平等に12時間で死ぬ。
どれだけアイテムや魔法を駆使しても、迷宮に潜り続けていれば12時間で死ぬ。
魔物は、どういうわけか死なない。
過去に実験してみたやつがいたらしいが、結論は「迷宮にどれだけ長くいても魔物は死なない」だった。
当然、最強の魔物である魔王も、どれだけ迷宮に長時間いようと死ぬことはないだろう。
古い地下迷宮だし、何か妙な秘密があるのかもしれない。
いずれにせよ、わたしもキーロックも魔物ではない。
12時間、地下迷宮にいれば死ぬ。
地上に出れば回復して、また迷宮に潜れるようになるが、すぐには回復しない。回復には、潜った時間と同じだけの時間が必要なのだ。
つまり、こういう話だ。
迷宮に潜ると1時間で1のダメージを受ける。
地上に出れば1時間で1回復する。
ダメージは11までは健康に何の影響もないが、12になると途端に死ぬ。
わたしたちは、すでに6時間迷宮に潜っていた。
ダメージは6。
地上に戻るのに3時間(ダメージ3)、地上で応援の戦力を集めるのに1時間(回復1)、魔王の玉に戻ってくるのに3時間(ダメージ3)として、わたしたちの累計ダメージは6+3-1+3で11。
すでに死ぬ直前である。
そのあと魔王と戦ってまた地上に戻らなければならないことを考えると、どう考えてもダメージは12を越える。
要するに、今ここで魔王と戦うしかない、とわたしたちは考えていたのだ。
わたしは相棒のキーロックを見た。
キーロックもわたしを見た。
互いにうなずきあい、2人して魔王の玉に手を伸ばし、触れる。
とたん、視界が変わった。
魔王の部屋へと転移したのだ』
先月、小説家になろうの公式ラジオで、本作の1章前半部が朗読されました。
「ジュニッツ ラジオ」でWEB検索すると、公式チャンネルのバックナンバーが出てきて聴けます。
11/7、11/14、11/21、11/28の放送分で朗読されています。
興味のある方はどうぞ。




