69話 探偵、魔王の記録を見る 1
「次は町の書庫に行くぞ。情報を集めたい」
俺はアマミにそう言った。
書庫という施設は、それなりの規模の町に行けばたいてい存在する。
様々な本や資料が収納されており、料金を払えば誰でも閲覧できる場所だ。
元々は、とある高位冒険者が、膨大な量の書物を残したのが始まりである。
高位冒険者ともなると地元の名士でもあるため、屋敷には立派な本棚とぎっしり詰まった本がないと格好がつかないと考えている者は結構多い。中身は読んでなくても本を飾ることが重要、ということだ。
もっとも、その冒険者は珍しくも実際に本が好きであり、愛好家として本をコレクションしていたようだ。
そんな冒険者が死んだ後、家族も親戚もいない彼女が残した数多くの書籍は、地元の町が引き取った。
町の役人たちは、本を適当な倉庫に放り込んだ。
売ればそれなりの金にはなるだろうが、書物というのは価値の判断が難しい。豪華な装丁の本がたいした金にならない一方で、ボロボロの紙束をひもでくくっただけの本に宝石のような値がついたり、ある国ではタダ同然の本が、山をひとつ越えた別の国では家が建つほどの値で売れたり、といったことがよくある。焦って売って、後で「高価な本を安売りしてしまいました」なんてことが発覚したら、役人たちの責任問題になってしまう。
それに、地元の英雄でもある冒険者が残したものを、死後すぐに売るのは体裁が悪い。
そういった事情から、ある種やっかいもの扱いされた大量の本は、ひとまず町外れの倉庫に放り込まれた。
書物の倉庫だから書庫と呼ばれたその建物は、当初だれも訪れる者はいなかった。
が、やがて、どこから噂を聞きつけたのか、本を読みたいという人々が現れるようになった。
ある者は「高レベルの英雄の残したありがたい本を見たい」と言い、ある者は「高レベルの冒険者が残した本を読めば、自分も高レベルになれるかもしれない」と言った。
そういった声がたくさん湧いてくれば、町も無視できない。
町は書庫を開放した。当初は無料だった。
だが、そうやって人が集まると、警備やら揉め事の仲裁やらで、手間と金がかかることがわかった。
そこで、当時の町長が入館料を取ることを思いついたのだ。
金を取れば集まる人は減って管理運営が楽になる。収入源にもなる。一石二鳥である。
この仕組みは世界中に広がっていった。
扱いに困った本を抱えている町は、けっこうあったのだ。
今では中規模以上の町であれば、たいてい書庫がある。
俺たちが今いるエルンデールの町にも存在しており、それなりの量の書籍が収められているらしい。
そこに俺は行きたいと考えている。
入館料は決して安くはないし、資料の持ち出しは禁止だし、書き写しにも別料金がかかることが多いなど、制約は多いが、それでも知りたいことがあったからだ。
人を操るアイテムの情報、である。
ナルリスは、アイテムの効果を亜人に触れただけで発動できるユニークスキルを持っており、そのスキルの力で宝石人を操ってきたと推測できる。
だが、これまで言ってきたように、人を操るアイテムなんてものは、俺もアマミも聞いたことがない。
アマミなど、わりとアイテムには精通しているほうだが、そんな彼女であっても、そのような効果を持つアイテムなど、噂や伝承ですら聞いたことがないと言うのだ。
そこで、該当するアイテムがないかを調べるため、書庫に行くことにしたのだ。
案外このあたりの地元では、人を操るアイテムはよく見かける物であり、地元の情報が集まる書庫にいけば意外とあっさりとアイテムの正体が分かるかもしれない、という期待があったからだ。
ちなみに、町でアイテムについて聞き込みをしなかったのは、そんなことをして、もしナルリスの耳にでも入ったらやっかいなことになると思ったからだ。
書庫ならば、こっそりと情報を集めることができる。
「あ、ジュニッツさん、見えてきましたよ。あそこが書庫です」
「よし、入るか」
◇
書庫に入った俺たちは、さっそく人を操るアイテムの情報を探して回った。
俺もアマミも読むのは速い方である。
おまけに、今回は別に資料を全部熟読する必要は無い。まずは、必要なアイテムの情報があるかどうかを調べるだけでいいのだ。ほとんど流し読みでよい。
ぱらぱらと高速でページをめくる。古い資料だと巻物形式のこともあるので、そういうのはぐるぐるとすばやく広げる。そうして、次から次へと目を通していく。
が、結果はというと……。
≪……あったか?≫
≪ダメですね。魔道具関係の資料は一通り見ましたけど、全滅です。ジュニッツさんの方は?≫
≪俺もダメだ。薬や呪具の本、さらにはその他マイナーなアイテムの本にも目を通したが、どこにもそれらしい記述はなかった≫
静かにするのが暗黙の了解となっている書庫内で、俺とアマミは念話で互いの状況を報告し合ったが、その内容はかんばしいものではなかった。
要するに、お互いに成果はゼロであったのだ。
≪やっぱり『人を操る』というのは、極めて珍しい効果なんでしょうね。そんな効果のアイテム、世界中探しても1種類くらいしか見つからないんじゃないですかね≫
≪だろうな。珍しすぎて全然見つからん≫
もっとも珍しいというのは、悪いことばかりではない。
というのも、ここまで珍しいとなると、そんな珍しい効果のあるアイテムが2種類も3種類も存在する可能性は低いからだ。アマミの言う通り、世界中を探しても1種類しか見つからない可能性が高い。
であれば、今後もし人を操る効果のあるアイテムが何か1つ見つかったら、それこそがナルリスが使っているアイテムである、と考えてよいだろう。
無論、「実は2種類以上存在していました」という可能性ももちろんある。
だから、そういったケースにも備えて、対策は立ててはおく。
だが、基本は「1種類しか存在していません」という仮定に基づいて行動する。
俺は自分の考えをアマミに伝えると、彼女も
≪その考えでいいと思います≫
と同意した。
≪といっても、肝心の操るアイテムが見つかりませんけれどね≫
≪そうだな。なら……視点を変えてみるか≫
≪と言いますと?≫
≪日記だ。過去の日記とか冒険者の活動記録とか、そういうのに操るアイテムの記録が残っているかもしれねえ≫
≪ああ、なるほど。アイテムに詳しくない冒険者が、よくわからないまま記録に残しているかもしれませんねえ≫
≪よし、その線で探してみるか。俺はこっちの本棚を見るから、アマミはあっちのほうを見てくれ≫
≪了解です≫
俺とアマミは2人して再び本の山に向き直った。
それから数時間後……。
≪ダメだな。俺の方は、何の手がかりもねえ。アマミの方はどうだ?≫
≪わたしもさっぱりです。ただ……≫
≪ただ?≫
≪人を操るアイテムの情報は見つかりませんでしたが、興味深い資料がありました≫
≪ほう≫
どんな資料だ、とアマミに聞くと、彼女は古い紙の束を取り出した。
≪これは?≫
≪昔、この町にいた冒険者の残したメモです。彼女は、この町に潜む魔王と戦ったそうです≫
≪ほう! というと、これはその時の記録か?≫
≪ええ。だいぶ散逸しているようですが、部分的に残っています≫
アマミが言うには、レコとキーロックという男女2人組の冒険者がかつてこの町にいたという。
レコの方が女性で、キーロックの方が男性である。
なんでも、この2人は、この町の地下迷宮の奥深くに潜むと言われている魔王を見つけ出し、戦ったらしい。
が、敗北した。
キーロックは魔王に殺され、レコの方も命からがら逃げ出したが、瀕死の重傷を負っており、町に戻る前に地下迷宮の途中で力尽きてしまった。
どうやら生きて帰還できそうにないと悟ったレコは、せめて魔王の情報だけでも残そうと、知る限りの情報を紙に書き記した後、そのまま死んでしまったという。
それが、アマミが今手にしている資料だという。
≪写しか?≫
≪いいえ、原本です。さすがに写しは別にとってあるみたいですけど、ここにあるのは紛れもない原本です≫
≪よくそんな貴重な資料が、書庫に無造作に置かれているな≫
写しがあるとはいえ、魔王と戦った大事な記録ではないか、と思う。
≪情報がだいぶ散逸していますからね≫
アマミが言うには、レコの資料には後から町の役人が付け加えた注意書きがあり、それによると、資料はレコ自身の血でぐしゃぐしゃになって読めなくなってしまっている部分が結構あり、今残っている資料は断片的なものだという。
≪それに、本気で魔王を倒そうという人なんて、そんないませんよ。そりゃあ建前としては、魔王討伐は目指すべきものですし、近くにいる魔王のことは最低限は知っておかないと恥ずかしいという風潮はありますが、だからといって死ぬ危険を冒してまで本気で魔王と戦おうとする人なんて、ごく少数派です。ですから……≫
≪魔王と戦った貴重な記録も、実際はそんなに需要がない……ということか≫
≪ええ、そうです。言っておきますけど、ジュニッツさんみたいに、嬉々として魔王に襲いかかるのは変人ですからね?≫
≪誰が変人だ、誰が≫
俺はアマミにデコピンを食らわす。
アマミはわざとらしく痛そうな顔をした後、
≪で、読みますか? わたしもまだ流し読みしかしてなくて、詳しい内容はわからないんで、これから読もうと思っているんですが≫
と言った。
≪ああ、読もう。なにか役に立つことが書いてあるかもしれねえ≫




