63話 探偵、ナルリスのスキルについて話す
俺は、視界に表示されたナルリスのユニークスキルの説明文を見ていた。
いつの間にか情報屋の姿は消えている。
俺は気にせず、(このスキルでどんなことができるだろうか?)と思考を巡らせる。
考えにふけっていると、周囲からは町の人たちの声が聞こえてくる。
スカーフを巻いた地元民と、冒険者風の男が、ナルリスを見てこのような会話をしている。
「誰だい、あの馬に乗っている人は?」
「知らないのかい、旅人さん。あれはS級冒険者のナルリス様だよ」
「へえ! S級! それはすごいねえ。後ろにいる人たちは誰だい?」
「あれは宝石人さ。レベルが低いくせに人間様に従わない生意気な連中だったんだが、ナルリス様がこらしめて、奴隷にしてしまったのさ」
「ははあ、あれがあの珍しい宝石人か。初めて見たよ。確かに、すっかり大人しく言いなりになっている感じだな。ナルリス様って人はすごいんだねえ」
別の所からは、こんな会話も聞こえる。
「ナルリス様は2日後に宝石人達を全員引き連れて、地下遺跡に入るらしいわよ」
「え、そうなの? すごい大勢ねえ」
「ほら、最近うわさになっている例の仕掛けがあるじゃない。あれを突破して、魔王を倒しに行くらしいわよ」
「あら、そうなの。いよいよ魔王と戦うのね。でも、大丈夫かしら」
「ナルリス様なら平気よ。もし失敗したら、きっと宝石人達が低レベルで役立たずなせいだわ」
「そうね。そんな役立たずな宝石人は公開リンチよ」
彼女たちが言うには、ナルリスは月に一度、『役に立たなかった宝石人』を広場に何人か連れてきて、町の住民達にボコボコにさせるという。
「さあ、思う存分いたぶってください」というナルリスの言葉に、住民達は最初とまどっていたが、ナルリスから、
・彼らは、人間よりレベルが低いくせに、人間に従おうとしないことで有名な宝石人である。
・ナルリスが回復魔法を適宜かけるから死ぬことはない。
と聞かされ、「それなら……」と最初はためらいがちに、やがて遠慮なく笑いながら殴る蹴るの暴行を加えるようになったという。
宝石人の少女であるルチルからは、そんな話は聞かされていないので、彼女は幸いにも『役に立たなかった宝石人』には一度も選ばれていなかったのだろう。
(ちっ)
俺は心の内で舌打ちをした。
住民達の会話を聞いて、気分が悪くなったのだ。
のちに住民らは、自分たちがしたことへの報いを受けることになるのだが、この時の俺はそんなことは知らない。
ただただ気分が悪い。
場所を変えたくなった。
≪アマミ≫
≪はい≫
俺が考え事をしている間も、嫌な顔ひとつせずに待ってくれていた助手の少女は≪なんですか?≫と首をかしげる。
≪妖精の森に行くぞ。場所を変えたい。ついでにルチルに会いに行こう≫
◇
宿の一室から転移門を使い、妖精の森に来た俺たちは、いつものように妖精たちの歓迎を受けた後、ルチルと会った。
彼女は順調に回復しており、歩くくらいなら何ら差し支えはないという。実際、元気に歩いて見せた。
「スキップもできるのじゃぞ」
今まで体が思うように動かなかった分、元気になったことが嬉しいのだろう。
ぴょんぴょん跳ねてみせる。
俺はそんなルチルに、先ほど聞いた宝石人集団リンチの話をしようか一瞬迷ったが、すぐに話さないことに決めた。
そんな話は今するべきではない。
代わりに、情報屋から得たナルリスのユニークスキルの話をした。
「これがおそらく、宝石人達を操っているナルリスのスキルだ」
そう言って、俺は紙にスキルの情報を書いてみせた。
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『アイテム発動』
亜人限定ではあるが、触れた相手に対し、覚えたアイテムの効果を瞬時に発動できる。
このスキルを使うには、まずアイテムを覚える必要がある。
覚えたいアイテムから30センチ以内の距離に近付き、手をかざすことで、覚えることができる。
覚えたアイテムは1ヶ月間、亜人相手に発動できる。
発動方法は、亜人に触れて力をこめるだけ。それだけで、アイテムの効果が瞬時に発動する。
たとえば回復薬を1個覚えておくだけで、1ヶ月間、何度も触れた相手の傷を回復させることができる。
1ヶ月経つと、アイテムを忘れる。
アイテムの効果が持続型の場合、忘れたタイミングで効果も切れる。
忘れたアイテムは、また覚え直すことができる。
※アイテムとは、鑑定スキルを使った時にアイテムと見なされる道具である。また、本スキル使用時に発動するアイテムの効果は、鑑定スキルをそのアイテムに使った時に『人に使用した時の効果』として表示される効果である。アイテムの効果が持続型かどうかも、鑑定スキル使用時に『持続型』と表示されるかどうかで判断できる。
※同じ相手には、1日1回までしか効果を発動させることができない。
※同時に覚えられるアイテムは1つまでである。
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「これが、か……」
ルチルは、何とも言えない顔でスキルの説明文を見る。
自分たちを今まで苦しめてきたものの正体を見て、形容しがたい気分になっているのだろう。
「……亜人、というのは人間以外のヒト種のことじゃな?」
「ああ、そうだ。エルフやドワーフなどを指す。宝石人も亜人さ」
ルチルの質問に俺は答えた。
亜人という言葉は、人間に近い種族という意味で、人間中心視点の言葉である。
もっとも、たとえばドワーフはドワーフで、自分たち以外のヒト種のことを亜ドワーフと呼んでいる。こちらはドワーフ中心視点の言葉である。
一方でエルフは、亜エルフなどという言葉は使わない。プライドが高くて、人間やドワーフを自分たちに近い種族などとは認めていないかららしい。
どの種族も、お互い様と言うべきか。
なお、人およびヒトという言葉は、人間やエルフやドワーフや宝石人など人型の種族全てを表す呼称である(もっともエルフはこの呼称を認めていないが)。
そのようなことを考えていると、ルチルがまた質問をしてきた。
「ナルリスのスキル『アイテム発動』は、あらかじめスキルの力で覚えておいたアイテムの効果を、触れた亜人に対して発動するものと書かれてある。ということは、つまり、ナルリスのやつは『人を操る何らかのアイテム』をスキルで覚え、それをわらわ達に使った……という理解で良いのじゃろうか?」
「それで合っているだろうな」
ナルリスが宝石人達を襲撃した時、彼に触れられた宝石人達は、たちまち操り状態になってしまった。
ナルリスが人を操るアイテムをスキルで覚え、触れることで宝石人達にアイテムの効果を発動させたと考えて間違いない。
「では、鑑定スキルというのは何じゃ? ナルリスが覚えられるアイテムは『鑑定スキルを使った時にアイテムと見なされる道具』のことを指していると書いてあるが、わらわはこのスキルを知らぬのじゃ」
「アマミ」
俺が話を振ると、アマミはこくりとうなずき、小さなビンを取り出すと、手をかざした。
「これが鑑定ですよ」
ビンのすぐ近くに、文章が表示される。
そこにはこう書かれていた。
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名称:低級回復薬
種別:アイテム
説明:一般的な回復薬。飲むことで軽い病気やケガを治すことができる。効果は使用した瞬間にのみ発揮される。
人に使用した時の効果:傷を回復させることができる。
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「ほう!」
ルチルは感嘆の声をもらした。
「すごいのう。こんな風に道具の効果が分かるのじゃな。手に持ったアイテムを鑑定できるのか?」
「手に持たなくても、ある程度近づきさえすれば、洞窟の壁に埋まった宝石とか、岩に刺さった鉄の杭とか、地面にこぼれた液状の薬とかも鑑定すればアイテムと表示されます。それに、もっと詳しい内容を表示させることもできますよ。読むのも大変でしょうし、今はやりませんけど」
「ふむ。他の道具はどうなるのじゃ?」
「そうですね。たとえば……」
そう言うと、アマミはナイフを一本取り出し、鑑定スキルを使う。
今度はこんな文章が表示された。
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名称:低級ナイフ
種別:武器
説明:一般的なナイフ。切れ味も耐久度も低い。汎用性は高く、武器としては無論、料理や木材加工にも使える。
人に使用した時の効果:刺し傷を負わせることができる
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「ふむ……種別が違うのう?」
「ええ。先ほどの回復薬は『アイテム』。今回のナイフは『武器』ですね」
「ふうむ、ということは……」
ルチルは、視線をナルリスのスキルの説明文に向けた。
「ナルリスがスキルで覚えられるのは、鑑定で『アイテム』と表示される道具だけじゃから……武器であるナイフは覚えられず、アイテムである回復薬は覚えることができるということじゃな」
「そうなるな」
ナルリスが覚えた『人を操るアイテム』も、鑑定でアイテムと表示される道具ということになる。
「それで……その『人を操るアイテム』とは具体的に何なのじゃ?」
「まだわからねえ。そんなアイテムなんて聞いたことがねえしな。だが、アイテムである以上、いくつか特徴があるはずだ」
鑑定スキルでアイテムと見なされる道具には、共通の特徴がある。
まず、大きすぎないこと。
だいたい人間が1人で持ち運べるくらいの大きさであることが条件である。
それより大きいと設備とか施設とか、そういう風に鑑定される。
次に、一般に武器防具と見なされるものではないこと。
剣や盾や弓矢など、武器屋に置いてあっても不自然でないものは、だいたい武器や防具と鑑定される。
それから、人が身につけるものでないこと。
服や帽子は衣類だし、指輪はアクセサリと鑑定される。
「逆に言えば、これらの条件さえ満たせば、全部アイテムです。ぶっちゃけアイテムって、その他いろいろな道具のことなんですよね」
アマミの言葉に、ルチルは表情を険しくした。
「……つまり、『人を操るアイテム』の候補は、たくさんあるということじゃな?」
「残念ながら、そうなりますね」
「ううむ……。ナルリスがどんなアイテムを使っているかは、簡単にはわからぬということか……」
ルチルはうなった。
実を言うと、俺もその点で困っていた。
正直、俺はナルリスのユニークスキルは『人体操作』とか、そういう直接人を操るスキルだと思っていた。
しかし、ふたを開けてみれば、『アイテム発動』というアイテムを便利に使うためのスキルであり、肝心の宝石人達を操る方法は『何らかの人を操るアイテムを使っている』という程度のことしか分かっていないのだ。
もっとも現時点でもある程度のことは分かっている。
たとえば、ナルリスがどんなアイテムを使っていようと、要するに『やつに触れられた亜人が操られる』ということは確定している。
言い換えれば、人間である俺とアマミは、操られないということである。
(いや、『亜人しか操れない』というのは、スキル『アイテム発動』を使ってアイテムの効果を発動させた場合だけか。ナルリスが持っているであろう『人を操るアイテム』を直接俺たちに使えば、俺もアマミも操られちまうかもしれねえ。安心はできねえな)
それでなくても、今回はやることが多いのだ。
宝石人達を救う。
魔王を探す。
魔王を倒す。
全部やらないといけない。
ナルリスのことばかり考えているわけにもいかないのだ。
さて、どうしたものかと俺は空を見上げる。
その時である。
ざわり、とした奇妙な感覚を覚えた。
頭が一瞬、異様に冴え渡って、あっという間に答えを閃いてしまった経験はないだろうか。
しかも、冴え渡るのはほんの一瞬であるため、答えのごく一部しか頭に残らないのである。
今の俺がそれである。
宝石人達を救い、魔王を見つけ出し、魔王を倒す。
この全てをまとめて実現できる方法。
その答えの一部が見つかった気がしたのだ。
おそらく、頭の中でずっと考えて考えて考え続けてきたことで……それこそアマミと話している時も、メシを食っている時も、頭のうちでは『どうやって宝石人を救って魔王を見つけて倒すか』をぶっ通しで考え続けてきたことで、無意識のうちに閃いてしまったのだろう。
ぶるりと体が震える。
心臓の鼓動がドクンドクンと速くなる。
俺は震える手でスキルボードを開いた。
頭から閃きが消えてしまわないうちに早く、と気持ちが焦る中、ページをめくっていく。
(……あった! これだ! この能力とこの能力とこの能力。この3つを使えば、全部解決する……気がする。いや、具体的に、3つの能力をどう使えばいいのかは全然わからねえ。それはこれから推理する必要があるし……本当にこれで全部解決するのか証拠を集めて裏を取る必要がある。たぶんだが、俺が閃いたのは、いくつかの仮説にもとづいたやり方に過ぎねえ。仮説が本当に正しいか裏を取ってからじゃねえと、能力をどう使えばいいか分かったとしても、実行に移すわけにはいかねえからな。……ん?)
ふと見ると、急に俺が黙り込んでしまったせいか、アマミとルチルが心配そうな顔をしている。
「悪いな。考え事をしていた。まずはこれを見てくれ」
そう言うと、俺は2人に対し、3つの能力を見せた。
2022/5/13
「岩に刺さった鉄の剣」がアイテムと鑑定されると書いていましたが、剣は一般的に武器なのでアイテムとは鑑定されません。
「岩に刺さった鉄の杭」がアイテムと鑑定される、と修正しました。
なお、修正した「岩に刺さった鉄の杭」の部分は、謎解きとは何の関係もありません。




