61話 探偵、町を歩く
<三人称視点>
宝石人達を操るS級冒険者ナルリス。
彼は今、自分が町に仕掛けた罠の様子を確認している。
ジュニッツをとらえるために、彼自らが用意した罠である。
「うん、問題ないですね」
ナルリスは満足そうに微笑んだ。
彼は史上最高の罠を用意したと、ほくそ笑んでいた。
(さすが、私。賢いですねえ)と自画自賛している。
(ジュニッツのような愚か者には、もったいないくらいに優れた罠です)と笑っている。
だが、実のところ、その罠はごく単純なものである。
さほど凝ったものではない。
とはいえ、罠は複雑であればよいというものでもない。
シンプルであるがゆえに、効果を発揮する罠というのもある。
ナルリスの用意した罠も、うまくいけば十分ジュニッツを捕まえることができるだろう、
ましてや、ジュニッツはまだ罠の存在すら知らないのだから。
◇
<ジュニッツ視点>
「さて……」
俺とアマミは、丘の上からナルリスがいる町を見下ろしていたが、そろそろ出発することにした。
だが、その前にやっておきたいことがある。
神の祝福の使用である。
俺はポイントボードを開き、祝福の1つを表示させる。
『帰還の杖』
帰還の杖が手に入る。
「ここを覚えろ」と言って杖を振った後、別の場所で「戻れ」と言いながらまた杖を振ると、「ここを覚えろ」と言って杖を振った場所に転移する。
(消費ポイント:3000)
※移動するのは、最後に「ここを覚えろ」と言って杖を振った場所である。
※一度転移すると、杖は1週間使えなくなる。
※杖を持つ者と体が接触していれば、複数人で同時に転移できる。
※杖を振り終わってから転移が始まるまでに3時間かかる。その間、転移する人間が1人でも体を動かしたら、転移はキャンセルされる。
「あ、これ、このあいだ手に入れた祝福ですね」
アマミがポイントボードを見ながら言う。
彼女の言う通り、この祝福は最近手に入れたものである。
今まで手に入れなかったのは、この祝福が最近になってポイントボードから取得できるようになったからである。
これまではどういうわけか3000ポイント以上所持していてポイントが足りているにかかわらず、ポイントが不足している祝福と同様、表示がグレーになっていて取得できなかった。
それが気が付くといつの間にか、特に『神』からのアナウンスもメッセージもなく、取得できるようになっていたのである。
何らかの条件を満たすと(例えば累計獲得ポイントが20000を越えると)、取得できるようになるのかもしれない。
さっそく3000ポイントを支払って杖を獲得し、使ってみた。
効果は確かなようだった。
まず、森の中で「ここを覚えろ」と言いながら杖を振る。
それから1分歩き、今度は「戻れ」と言いながら杖を振る。すると光が発生して全身が包まれ、ゴオオオという大きな音が響く。そして3時間後、最初に杖を振った場所に一瞬で転移できたのだ。
要するにマーキングした場所に転移できる、ということだ。
ただし、転移できるのは一週間に一度だけである。
おまけに、杖を振ってから転移までに3時間もかかる上、その間はじっとしていないといけない。息をしたり、まばたきしたりするくらいならいいが、歩いたり、魔法やスキルを使ったり、剣を振るったり、といった大きな動きをしたらダメである。その場合は、もう一度杖を振ってまた3時間待たないといけない。
俺はこの帰還の杖を、町からの脱出に使おうと思っている。
俺たちが今から向かう町エルンデールには、魔王が潜んでいるという。
ナルリスもこんなことを宣言していた。
――「私たちの住む町に潜む魔王。やつを倒すのはこの私です!」と宣言し、喝采を浴びた。
『魔王が潜む』の意味はまだわからないが、おそらく町のどこかに魔王がいるのだろう。
その魔王を俺が倒したらどうなるか?
『エルンデール滞在中のジュニッツ(レベル1、G級冒険者)が魔王を倒しました』
こんな『神の知らせ』が全世界に通知されるに違いない。
当然、エルンデールの町は大騒ぎだ。
町は封鎖され、ジュニッツを探し出そうとするだろう。
見つからないようにするためにも、脱出の手段が必要だ。
それがこの『帰還の杖』である。
もっとも、杖を使っても、転移するまでに3時間かかる。おまけに全身が光に包まれ、ゴオオオと大きな音がして目立つ上に、動くこともできない。
当然、誰かに見つかってしまう恐れがある。
が、そこはちゃんと対策を考えてある。別段難しい対策ではない。その時になればまた話そう。
俺たちは丘から降りると、帰還する場所……つまり、町から脱出して転移する場所を探した。
「このあたりがいいでしょう」
ほどなくしてアマミがそう言った。
そこはちょっとした窪地だった。
街道からも見えづらく、足跡もないので人が立ち寄る場所でもなく、ちょうどいいと言う。
「転移するにはかっこうの場所ですよ」
「よし。なら、ここにするか」
俺は窪地に降りると、「ここを覚えろ」と言って杖を振った。
これで、いつでもここに転移できるようになった。
◇
寄り道を終えると、俺たちは街道に戻り、エルンデールの町へと向かった。
町に着いたのは、昼と夕方の間くらいの中途半端な時間だった。
偽装したレベルボードを見せ、手続きをして町に入る。
あらかじめ偵察していた通り、交易都市だった。
人が大勢行き交う。荷を積んだ馬車が何台も大通りを行き来する。
人々も服装も様々で、東西南北あちこちから人が集まっていることが分かる。
≪ちょっと町を歩いてみるか≫
俺はアマミに念話で言った。
≪町歩きですか?≫
≪ああ。宿を探しつつ、まずは一度、ここがどんな町か見てみよう≫
≪わかりました。デートですね≫
≪ちげえよ。調査だ≫
≪なるほど、調査デートですか≫
俺はアマミと共に、町を歩いて回った。
設定としては、初めてこの町にやって来た冒険者兄妹が、観光がてら町を歩いて回っているというものだ。
俺たちは通りを歩いた。
露店を見て回った。
屋台で買い食いをし、ついでに世間話をした。
宿を確保した後は、酒場に顔を出し、人にものを教えるのが好きそうな地元民に酒をおごりつつ、話を聞いた。
人が多く集まる交易都市という土地柄か、旅人相手に愛想良くするのも世渡りのうちと考えている者が多く、すんなりと話が聞けた。
まずわかったのは、地元民はみな、首にスカーフを巻いているということである。
色はだいたい白であるが、たまに黄色いスカーフも見かける。あれは偉い人たちらしい。
偉いのは商会連合の幹部達である。町は商会連合が支配している。
この町は自然発生的に生まれた交易都市が大きくなったもので、もともと商会の集まりである商会連合の力が大きかったが、国王に心を込めて(ついでにお金も積んで)お願いし、自治権を手に入れてからは、商会連合が正式な支配者となり、町の自治をおこなっているという。
ちなみに、国の名前はミネート王国といい、正式名称は『神に祝福されし太陽の輝く大ミネート神聖王国』というらしい。外国人でこの長ったらしい正式名称を噛まずに言うと、地元民は機嫌が良くなるので、覚えておいて損はないと星形のパンを売る男に言われた。
そう、星形である。
この辺りでは、どういうわけかパンを★の形で焼く。
「なんでそんな焼きにくい形にするんだ?」
「伝統だよ」
とのことである。
パンだけではない。
宝石も星形に加工するのが伝統だという。
ただし、星形なら何でもいいというわけではなく、トパーズのような黄色い宝石が好まれるという。
どうもこの町では、黄色と星が好きなようだ。
他にも食べ物が変わっている。
レタスが赤い。オレンジが紫色である。ナスが黄色である。
このあたりでは、これが普通らしい。
逆に、外では緑のレタスや、だいだい色のオレンジが普通だと地元民に言っても誰も信じない。「そんなのはレタスでもオレンジでもない偽物」だと言う。
交易都市といっても、野菜や果物のような日持ちしない商品は運ばれてこないから、町の近くから出ない限り、外の作物を見る機会はないのだろう。
そして当然、魔王のことも聞いた。
旅人が魔王のことを聞くのは、不自然ではない。
うっかり魔王に出くわしてしまったら命が危ういし、最もレベルが高い最強の存在である魔王のことを知らないのは恥ずべきことである、という意識はどこの国にもある。
『魔王のことを知らないなんて世間知らずで恥ずかしい』という感覚というべきか。
ともあれ、魔王の情報はいくつか入った。
聞いた話を列挙するとこうなる。
「魔王は地下の遺跡にいるんだよ」
「遺跡はいつのものかわからないですけど、崩れることなく、地下迷宮って感じで埋まってるんです。遺跡に魔物はいないのかですって? いないですねえ。魔物がいる遺跡といない遺跡がいるけど、あれ、何が違うんでしょうね」
「遺跡の構造は定期的に変わるのよ。音もなく自動でいつの間にか、通路の構造も全部変わっちゃうの。だから迷宮って言われているのよ。あれがなかったら、遺跡に住む人もいるんでしょうけどねえ」
「魔王が具体的に遺跡のどこにいるかって? さあ、誰も分からないねえ。過去には魔王と戦った冒険者もいるらしいけど、当時とは遺跡の構造も変わっちゃったからなあ」
「なんで魔王がいる町に住んでいるのかじゃと? わしらは魔王が現れるずっと前からここに住んでおったのだ。魔王が後からやって来たのじゃ。なんで、新入りのためにわしらが出て行かなきゃならんのじゃ」
「魔王がいるからって、直接被害があるわけじゃないしなあ。それに、この町は交通の要所だろ。そう簡単には捨てられないんだよ。もちろん魔王がいなくなれば、このあたりの魔物は弱体化するから、そりゃもう飛び上がるほど大歓迎なんだけど……」
「遺跡の入り口なら、町のあちこちにありますよ。手続きさえ踏めば、旅の冒険者さんでも入れます。ただし、迷って出られなくなっても自己責任ですから、気をつけてくださいね」
「魔王の姿形? さあ、わからないわね」
とまあ、聞いた限りではこんな具合である。
≪まとめると、構造が定期的に変わる地下遺跡に魔王がいる。そして、遺跡には誰でも入れるにもかかわらず、誰も魔王を見つけることができず、魔王がどこにいてどんなやつかは誰も分からないってことか。本当に魔王なんているのか?≫
夜、宿の一室で、俺はアマミにたずねた。
念のため、誰にも話を聞かれないよう、念話である。
≪いると思いますよ。なんていうかこう、地下の方に嫌な感じがするんです。意識しないと分からないですし、地下のどこかもわからないくらい漠然としていますけれども……今までわたしたちが戦ってきた魔王と同じ感じですよ、これ≫
≪魔王が地下のどっかにいるのは間違いねえってことか≫
俺は頭をひねったが、現時点では何もわかりそうにない。
続きはまた明日にして、今日は寝ることにした。




