60話 探偵、町を見る
「俺にルチルの仲間救出を主導させる気はねえか?」
俺の言葉に、宝石人の少女ルチルは最初キョトンとした。
次に、言葉の意味を理解したのか、驚いて目を見開いた。
そして、遠慮した。「い、命の恩人であるジュニッツ殿にそこまでさせるのは申し訳ないのじゃ」だの「わらわたちの身内の事情に巻き込むのは、申し訳ないのじゃ……」だのと言って、俺の申し出を断ろうとした。
俺は説得した。
ナルリス目がけて自爆するしか仲間を救う方法はないと思っているルチルに対し、「俺ならもっと上手いやり方を見つけてみせる」と言った。「3度も魔王を倒した俺は、不可能を可能にする男だ。それくらいできる」と断言した。『不可能を可能にする男』とは、いささか言い過ぎな気もするが、自信なさげに説得しても仕方ない。これくらいでちょうどいいだろう。
さらには「下手に自爆なんてされたら騒ぎになり、魔王討伐がやりづらくなって俺が困る」とも言った。
「低レベルの存在は殺してもいいと思っているナルリスは、俺も嫌いだ。だから、力を貸したい」とも言った。
最終的にルチルが折れた。
「……わかった。恥を忍んで、ジュニッツ殿に全て任せるのじゃ。代わりに、わらわをいかように使ってくれても構わない。なんでもやる。だから、お願いするのじゃ」
そう言って、ルチルは深々と頭を下げた。
仲間思いの宝石人が、その仲間の救出を部外者である俺に委任するというのは、考えてみれば相当のことである。
が、そこは命の恩人である俺たちへの信用があるのだろう。
それに彼女自身、自爆などでは仲間を救える確率は低いことは分かっているのだろう。仲間のためには、魔王討伐の実績のある俺に任せるのが一番だと判断した、ということか。
「任せられたからには全力で応じよう。期待してくれ」
俺はルチルが安心するよう、自信満々な顔で力強く断言した。
ルチルは「本当に……ありがとうなのじゃ」と改めて頭を下げた。
◇
翌朝、出発しようという時である。
俺は、
(あ、やべえ。ルチルどうしよう?)
と少し慌てた。
というのも、ルチルと一緒に歩いていくことはできないからだ。
彼女はまだ病み上がりで本調子ではない。
魔王とナルリスがいるというエルンデールの町までは、まだ歩いて半日はかかるという。
それだけの距離を歩くのは難しいだろう。
といって、ルチルをおぶっていくのは目立つ。
俺を狙っているやつらはいくらでもいる、というこの状況の中、できるだけ目立つことは避けたい。
じゃあ、ルチルが元気になるまで待てばいいかというと、それもまずい。
昨日ナルリスは「ゴミ掃除も終わりましたし、町に帰りましょうか。帰ったら町で魔王を探さないといけませんしね」と言っていた。
つまり、ナルリスはしばらくの間、町に滞在して魔王を探す予定である。
とはいえ、それがどれくらいの期間になるかはわからない。
あまり俺たちがもたもたしていると、またナルリスが魔物討伐に出発してしまうかもしれない。そうなれば、ルチルの仲間がまた自爆させられ、犠牲になってしまう。
俺たちとしては、ナルリスが町にいる間に、ルチルの仲間を救出してしまいたい。
すぐに出発しなければならない。
なら、ルチルをこの森に置いて、俺たちだけで町に行くか?
論外だ。
こんな魔物のいる場所に置いていったら、彼女の身が危険だ。
さて、どうしたものか、と考えた俺は「あっ!」と思わず口にした。
笑ってしまうくらい単純な解決方法を思いついたのだ。
「そうだ、妖精の森だ」
昨日、俺はこんなことを言った。
――この世界では、魔物を倒すとポイントが手に入る。ポイントを消費すると、神の祝福と呼ばれている恩恵が手に入る。
――例を挙げれば、転移門という、2つの門の間を一瞬で行き来できる道具が手に入る。実際、この門を使って、俺は以前助けた妖精たちに時々会いに行っている。門の1つは妖精の森に設置し、もう1つの門は必要な時に取り出して設置することで(門は異界と呼ばれる空間から自由に取り出せるし、自分の近くにある門なら異界に収納もできる)、いつでもどこでも妖精の森と行き来できるのだ。
この妖精の森にルチルを預ければいいのだ。
そうすれば、ルチルはゆっくり休むことが出来る。
回復するまでは、ずっと妖精の森で静養していてもらおう。
その間、俺とアマミは町に行き、調査を進めればいい。
そして、ルチルが元気になったら、町に呼び寄せる。
転移門を使えば、いつでもどこでも、すぐにルチルを呼び出すことができるのだから。
いや、いっそのこと、元気になっても、しばらくは妖精の森にいてもらうか?
別にルチルと出歩くのが嫌というわけではない。
ただ、下手に町に連れ出して、ナルリスとばったり出くわしたら、面倒なことになるからだ。
であれば、ルチルには、ここぞという時が来るまで妖精の森に引きこもってもらうべきではないか?
うん、そうだな。
それがいい。
俺は自分の考えをルチルに伝えた。
ルチルは驚いた顔をした後、
「ジュ、ジュニッツ殿の言うことなら何でも聞くが、し、しかし、そなたらが汗を流している間、わらわだけ休んでいるというのも……」
と、申し訳なさそうな顔で言った。
とはいえ、俺が強く「妖精の森にいてほしい。もちろん日に2、3度は会いに行って、状況は知らせるから」と要望すると、「そう言うなら……」とうなずいた。
俺はさっそく転移門を取り出すと、妖精たちにルチルを預かってくれるよう依頼すべく、門をくぐった。
◇
「妖精たちとの交渉が上手くいってよかったですね」
「あれを交渉というのか?」
ルチルを妖精たちに預けた後、俺とアマミは街道を歩きながら、会話をしていた。
妖精たちはどういうわけか、俺を好いている。
「天にも昇るすてきな匂いなのです」と言って、みなで俺にすり寄ってくる。
おまけに、以前、俺は妖精たちを救ったことがあるので、俺に対して深い恩を感じている。
そのおかげだろう。
俺がルチルを預かってもらうよう頼むと、
「わかったのです!」
「それくらい、お安いご用なのです」
「ラジャーなのです」
と即答で引き受けてくれた。
それではあまりにも悪いので、何か俺に支払える対価はないかと聞いたら、族長のリリィが代表して、
「で、では、ジュニッツ様に1時間めいっぱい、すりすりしたいのです……」
と顔を赤くして言った。
信頼できる相手には、褒賞は気前よく前払いで支払うべきだと俺は思っている。
それゆえ、ついさっきまで丸1時間、200人ばかりの妖精全員から、思う存分すりすりされていたのだ。
全身には、いまだに妖精たちのやわらかい肌触りの感触が残っている気がする(嫌いな感触ではないが)。
「いやはや、朝っぱらからハーレムを満喫するなんて、ジュニッツさんは色男ですねえ」
「何がハーレムだ。ごちゃごちゃ言ってねえで、足を動かせ」
「心配しないでも、町まで歩いて半日くらいでしょう? 十分間に合いますから」
俺たちは軽口をたたき合いながら、足を進めた。
◇
ほどなくして、俺たちは街道の支道から本道へと入った。
道行く人の数もずいぶんと増えてきた。
商人風の団体、冒険者パーティーらしき集団、護衛を連れた巡礼者らしき一団も見える。
人目のあるところでは、俺とアマミは兄妹の冒険者という設定である。
アマミは時折俺のことを「お兄さま」とわざとらしく呼び、からかう。俺もそれらしく応対する。
そんなことをしながら、両側に草原が広がる街道を進んでゆく。
昼過ぎになると、道行く人々の会話から、そろそろ町が近いことがわかる。
近くには小高い丘が見える。
(ちょうどいい丘だな)
俺は街道の横に広がる草原の一角を指し、アマミに言った。
「魔物だぞ。ちょっと遠いが何体かいる」
無論、魔物などいない。
が、アマミはちゃんと「何か考えがあるんだな」と察し、合わせてくれた。
「おや、魔物がいるのですか、お兄さま?」
「ああ、俺は目が良いからな。わかるんだ」
「ふうん。狩りますか?」
「狩ろう。数は少ないし、素材もしょぼそうだが、まあ路銀の足しにはなるだろう」
そう言って、俺はアマミを引き連れ、丘のほうへと歩いて行く。
周囲から不審な目はない。
俺たちは冒険者風の格好をしている。
冒険者の仕事の1つは魔物を狩ることである。狩れば、武器や防具や薬などの材料になる様々な素材が手に入り、金になる。
街道を歩いていても、時間や体力に余裕があれば、寄り道をして魔物を狩るなど、冒険者にはよくあることである。
無論、俺たちの目的は魔物ではない。
俺はずんずんとアマミを連れて歩いて行く。
≪で、どういうことですか、ジュニッツさん?≫
アマミが俺に念話で聞いてくる。
≪あの丘、あるだろ?≫
≪ええ≫
≪町……たしかエルンデールという名前だったか。そのエルンデールの町が、丘の上からなら見えるんじゃないかと思ってな。アマミは目がいいだろ?≫
≪ああ、なるほど≫
アマミは察してくれた。
これから俺たちは、エルンデールの町を舞台にして、倒すべき魔王を探し、またナルリスにとらわれた宝石人達の救出方法を探す。
その舞台である町の全景を、一度確認しておこうという算段である。見ておいて損はないはずだ。
丘に登ると、周囲に人が居ないことを確認してから街道の先を見る。
点のようなものが見える。
あれが町だろうか。
「あの点が町か?」
「ええ。あれがエルンデールの町でしょうね。ただ……」
「ただ?」
「さすがに遠すぎて、町の細かい作りまではわかりませんね」
そう言いながらも、アマミはわかる範囲で地図を書いてくれた。
下記の「町」と書いてある部分が町である。
道↓俺たち
道
道
川川川川川橋川川川川川
壁町町道町町壁
壁町町道町町壁
道道門道道道道道門道道
壁町町道町町壁
壁町町道町町壁
壁壁壁門壁壁壁
道
道
「ふうん、交易都市か」
俺がつぶやくと、アマミが反応した。
「そうですね。街道の交わるところに、自然と町ができたという感じでしょう」
「町の北側は川で、天然の防壁になっているのか。川には強力な魔物は少ねえからな。で、残り三方に壁を作ったってわけか」
「あと、町全体がちょっとした台地になっていますね。周囲より少し高くなっています。それが自然のものか、人工的に盛ったのかはわかりませんが」
役に立つかは分からないが、俺は一応、これらの情報を簡単に頭の片隅に入れておいた。
「よし、じゃあ町に行くか」
今後の投稿ペースですが、最低でも週1回投稿、できれば週2回投稿、というペースで進めます。
思ったより書くのに時間がかかってしまっていますが、最後まで書き上げます。




